2007/9/15  14:28

顕彰碑探訪 柳瀬正夢  顕彰碑探訪

顕彰碑探訪
戦争とファシズムに抵抗
画家柳瀬正夢が眠る墓所


 柳瀬正夢(一九〇〇〜一九四五年)が絵筆を武器に変えて戦争とファシズムに抵抗して激しい階級闘争を体現した多面的な絵画活動は、近代美術史の中でひときわ輝く光彩を放ち、反戦・平和の闘いを鼓舞しました。
 柳瀬正夢は『種蒔く人』の同人に加わり反戦国際連帯の思想を吸収。関東大震災時に憲兵隊に逮捕された体験を経てプロレタリア美術運動の先端で活躍。三一年に日本共産党に入党して革命運動に身を投じました。三二年、治安維持法違反容疑で逮捕、拷問に屈せず闘う。検挙中に妻梅子が死去。戦時体制下で戦争に協力せず、「ねじ釘」のサインを使って出版物の挿画や児童画などの広い分野で創作を展開。三九年に松岡朝子と再婚。四三年に東京・三鷹にアトリエを竣工して大戦終結後の創作に備えたが、戦争終結を目前にした一九四五年五月二五日の東京大空襲下で彼がもっとも憎んだ侵略戦争の犠牲となった。
 柳瀬正夢は、西武新宿線小平駅から徒歩十数分の東京都東村山市の「圓龍寺」の柳瀬家の墓に眠っている。生地松山では、夫人の願いが実って柳瀬の遺作が愛媛県美術館に収まったのを記念して顕彰碑を建立する機運が生まれている。(文・柳瀬正夢研究会甲斐繁人)
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