業界最高年齢社長Halのゲーム日記 その559 憧れと開発編

2012/9/17 | 投稿者: hal

若き日の私は山好き自然好きであり、高山や僻地奥地に憧れていた。 歳を取ってからわかったことだが、「あこがれ」というのはその「あこがれている」時が最も素晴らしい時間なのだ。 それが実現してしまえば、残るのは多少の思い出とむなしささのみである。

もう随分前のことになるが、何年かぶりで西丹沢の同角沢に入ったことがある。 西丹沢の沢は交通の便が悪いこともあり、表丹沢に比べて静寂且つ険しい沢が多い。 同角沢やモチコシ沢はその代表的なものである。 

清冽な水が積み重なった巨岩の間を流れ落ち、両岸は険しく狭く迫っている。 瀑心をよじ、時にはへつって源流に至り、急傾斜のザレ場を登ると稜線にはスズタケが密生していて全く視界がきかない。 相棒を肩車するとようやく頭がスズタケの上に出るというありさま。 

コンパスと地図を見比べながら踏み跡すらない稜線を辿ると、小さな乗越しにようよう道しるべがあり、里へ下りることが出来た。 これがおよそ50年前のことである。 

そんな美しい沢だった。 再訪の時より10年足らず前には・・・

しかし・・・ 10年ぶりで訪れた西丹沢は無惨に変形していた。 美しかった沢には砂がびっしりとつまり、水の流れさえ細々となっていた。 これは上流でダム工事や伐採などがあった時の沢の状態である。 言わば「死の沢」である。

稜線まで登って唖然とした。 あの密生したスズタケの樹林が全くない。 のっぺらぼうの山肌が醜く広がっている。 それだけではなく登山道がつけられ、道には鎖まではってある。

案内板には、数年前に神奈川で国体が行われ、その際にこの道も「整備」されたとあった。 こんな自然破壊が公然と行われるのなら、国体など不要、整備も不要だ。
これは約40年前のこと。 僅か10年の間にこの変わりようである。


この時まで私はどちらかと言えば開発支持派であった。 便利になってなにが悪い。 地元の人はみな道がなくて不便と言っていると・・・ しかし、この体験以後はかなり強度の自然保護派に転じた。

列島の横幅が300キロ足らず、高山と行ってもせいぜい3千メートル程度のこの狭い日本で、このように自然を「整備」していけば、自然などあっという間になくなってしまう。

「誰もが行けるから」という。 「老人子供でも登れるから」という。

しかし誰もが行けなくてもいいではないか。 行けなければ憧れていればよい。 「あの山の果てにはなにがあるのか」、「あの山に行きたいな」と憧れれていればよい。 誰もがヒマラヤに登れるわけではない。 しかし「誰でも行けるから」とヒマラヤに道をつけるのか? ケーブルカーを建設するのか?

「できない・行けない」ということは、『「出来ない・行けない」ということができる』ということなのだ。 だから憧れはひとつの特権である。 行ってしまえばそれはなくなる。 だから「行けない」ということも特権のひとつなのだ


数十年前の懐かしくももの悲しい思い出のひとつである。
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