業界最高年齢社長Halのゲーム日記 その3 レトロ編続き

2009/5/30 | 投稿者: Hal

ある文化が勃興し成熟し、爛熟してついには崩壊に至る。 そして次の文化も同様の過程を辿る。 その爛熟から崩壊の狭間に、その文化の最も優れた成果が生み出される、という現象は歴史上しばしば見られることである。

戦国時代末期しかり、江戸時代末期もしかり。 コンピューターゲームでも、ひとつの時代とその次の時代の狭間に傑作が多く生まれている。

PCゲームの場合では、1987.8年と1995年がそれにあたる。 87.8年はPC88からPC98への移り変わり、95年はMS−DOSからWindowsへの大変動だ。

このブラックオニキスを始め、軽井沢誘拐案内、エルドラド伝奇、ジーザズなどの一連のエニックス作品は、その変動期以前の、いわば第1期のゲームというべきものである。 その特徴としては、視覚的聴覚的表現技術は未だ未発達というものがある。 表現技術は稚拙でもゲームの本質は押さえている(勿論それは傑作の場合のみである 念のため)、というものだ。

87.8年頃になると表現技術も大分進歩し、現在と比べてもそれほど見劣りしないものが出現してくる。

この頃は日本のゲームの第一期黄金時代とでも言うべき時代で、エニックスのバーニング・ポイントやアンジェラス、リバーヒルのマンハッタン・レクィエムや琥珀色の遺言、シンキング・ラビットのThe Man I Loveなど、傑作の杜という状態だった。

そしてもう一つの衝撃、それは「スナッチャー」だった。 

当時流行のサイバーパンクを名乗っていたが、ギブソンの小説より映画ブレードランナーの影響を強く感じた。 ストーリーの基本ラインもブレードランナーのパクリとも言えるものだ。

スナッチャーの魅力は、波瀾万丈意外性のあるストーリーのうまさ、細部まで入念に考えられた演出とその効果の良さ(例えばタクシーの運転手が振り返るシーン)、アニメなど使った当時としては最先端の表現技術の冴えなどなどである。

唯一にして最大の欠点は、PC88版では尻切れトンボでストーリーが完結していなかった、という点であろう。 後にPCエンジンやPSで完全版と称するものが作られたが、88版以後に相当するストーリー展開が簡略に過ぎ、おまけに本来のものとはかなり違っていて(ランダム・ハジルの扱いとか)、根っからのスナッチャーファンには大いに不満が残った。

この「本来のもの」とは、MSXのSDスナッチャーのことであり、88版+SDスナッチャーの後半というものが、恐らくは小島秀夫氏が当初考えていたストーリーだったと思われる。

それが88版はあまりに巨大になりすぎて全てを収めることができなかった。 5インチ2D(320kb)×5枚という、当時としては破格の超大作だったにも関わらず、これで元々の構想のようやく半分強を収めたに過ぎなかった(のだろうという推測)。

しかも、MSX版の後半もこれまた相当な規模であり、これだけで通常の一作分位のボリュームがあるため、これを全て盛り込むと、通常の3作分かそれ以上というとんでもないことになる。 で、やむを得ずあのような形になったのだろうと思われる。
出来うれば、88版+SDスナッチャーの後半という「本当の完全版」をプレイしたいという願望は、今現在でも私の中に強く存在している。

1995年という年は、日本のパソコン界にとって大激動の年であった。 この年は、PC88からPC98へと、80年代始めから日本のパソコン界を制していたNECの没落の年である。 Windows95という、ハードを選ばないOSの登場で、PC98の存在意義はほとんどなくなってしまった。 この後NECは急激にシェアを落とし、「唯一の存在」から「普通のメーカー」となってゆく。

また、MS−DOSによって世界を制覇したマイクロソフトが、更にその独占度を高めて、事実上パソコンOSを独占(Macを除いて)した年でもあった。

栄枯盛衰その定まるところを知らず。 傲れるものは久しからず、ただ春の夜の夢のごとし・・・

このPC98の爛熟から崩壊の狭間にも、歴史に残る傑作ゲームが頻出している。 YUNOや同級生、ドラゴンナイト4、エル、デジャ2、イブなど名作佳作が目白押しである。

メーカーとしてはエルフの黄金時代であり、クリエーターとしては、蛭田昌人氏や菅野ゆきひろ氏が大活躍した。 その後残念ながら蛭田氏はゲーム界を去り、菅野氏も最近は作品を発表してもさして話題には登らなくなってしまった。

この頃になると、入力デバイスとしてはマウスが一般的となり、キーボードからのコマンド入力というスタイルは、激減して行く。 それによって操作感は現在のゲームと殆ど変らないものとなっている。 この時代のゲームを、あえて「レトロ」と言っていいものか、疑問とすら言える。

この時代のゲームの特徴は、ストーリー性と表現技法が程よく調和した所であり、ある意味史上最良のゲームが生まれた時代であったと思う。 この時代は、日本のゲーム界にとって、第二期のそして最後の黄金時代だったのだ。

現在の欧米のアドベンチャーゲームは、ポリゴンによるアクションアドベンチャーが主流であり、他にはミストシリーズに代表されるポリゴンによる超美麗なCGと、それに反比例してほとんど意味と内容のないストーリーが同居し、これまた内容とは大して関係のないパズルによる進行、という奇怪なスタイルがもう一つの流れとなってしまった。

たまにシベリアのようなまともなアドベンチャーが発表されると、かえって奇異にさえ感じられる有様である。 私のようなストーリー志向の者には、なんとも嬉しくない時代ではある。

日本のゲームの場合は、幸いにして欧米のものほどポリゴンとパズル一辺倒、ということはなく、コンシューマーPCを問わず、又ADVでもRPGでも、各社それなりに工夫を凝らしたものになっている。 しかしゲーム業界を取り巻く諸環境は、次第に厳しくなってきているようだ。 これは特に18禁ゲームの場合に強く感じられる。 
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