・・・レガシーか。
僕がまだSEでY2K対応(死語)なんかしてた時分、メインフレーム系の基幹システムがこのように呼ばれ、まるで悪の権化のように叩かれていた頃があったけど、要は環境変化に対応していく中で巨大化し複雑化しリヴァイアサン(?)のようになってしまったアプリケーションに対する担当者の呪詛の言葉だったのかしらね。「どこから手をつけたらいいか分からない」、「刃が立たない」、みたいな。
同じことをこのところ僕もよく感じる。相手はソフトウェアではないけれど。
あまりに大きくなり過ぎた製品は、わずかな変化でも既存顧客が離れていく可能性があるため、なかなか思い切って変わることができない。
そしてこれは会社にとっても同じこと。
今まで慣れ親しんできたプロトコルから外れることへの戸惑いと反発。変わらないことを前提に組み立てられた作業や設備の数々。
でもこれをなんとかやり遂げないとね。
生き残るためには時代に即していくことが必要だし、それに長年にわたって僕らの給料やボーナスの原資を稼いできてくれた商品だから、僕の時代で火を絶やすわけにはいかない。大変だけど頑張らなきゃ。
夕方からは中国に赴任してらっしゃるお取引先様が来社。
あれやこれやと世間話などしつつ、定時後は場所を大井町のビストロに移し、フランスの家庭料理に舌鼓。
そして二次会は若い(?)ものだけで品川のオーセンティックバーで痛飲。
そこでお取引先様から「タローさんは他の方と違って一緒に問題解決してくださいますよね」と言われる。
そうか、他の弊社員達は課題解決をお取引先様に投げっぱなしなのか、と少し恥ずかしく思ったけど、これってもしかしたらSE時代の体験が役に立っているのかもと思い。
というのは、企業内のプロジェクトマネージャーにとって、ソフトウェアハウスのSEさんやプログラマーさんは、お金の支払こそ発生するけれど、みんな仲間というか身内のようなもの。
だから一緒にディスカッションもすれば、徹夜もするし、一緒に手を動かしてシステムを構築していく。
入社以来そういう文化の中に育ってきたから、今の部署でも自然にそう動いているだけなんだけど、今みたいに売る側と買う側みたいな関係の中だと、確かに僕みたいな人間は珍しいのかもしれないわね。
でも変な話、こういうのも一つの「レガシー」。遺産は遺産でも、いい遺産はどんどん活用すればいいのよね。古いものはぜんぶ悪いと決め付けるのは、頭の悪い人のやることだと思いました。
べろんべろんになりつつも終電で帰宅。

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