これはやはりスペインで見た別の建物の工事写真です。
古い建物のファサード(正面デザイン)だけを残して、内側を取り壊し新しい建物を増築している最中だと分かると思います。
この建物の機能・用途が何かは分かりませんが、やはり柱が細くてスラブ(床)が厚く梁形が無いという特徴はそのままです。
やはり僕ら日本人の感覚からすると柱の細さは特に気になりますよね。
今日はちょっと目先を変えて建物の「構造」というフィジカルな物をちょっとだけ抽象的にイメージしてみたいと思います。
地震が建築に与えるインパクトを想像する一助にでもなれば幸いです。
一般の方はちょっと驚くかもしれませんが、少なくとも日本には「コンクリート造」という構造形式はほとんどありません。
正確には「鉄筋コンクリート造」です。
英語では「Reinforced Concrete」と言います。
直訳すると補強されたコンクリートと言う意味です。
つまり鉄筋で補強されたコンクリートなんです。
(ちなみに鉄材が不足した戦時中は「竹」を鉄筋代わりにした「竹筋コンクリート」なるものもあったそうです)
なぜ補強が必要なのか、順を追って説明してみます。
まず「セメント」という灰色をした粉末の物体があるのをご存知だと思います。
そのセメントに水を混ぜたものを「セメントペースト」呼びます。
セメントペーストに細骨材(砂)を混ぜたものが「モルタル」です。
モルタルに骨材(砂利)を混ぜたものが「コンクリート」です。
このコンクリートの塊は、押しつぶすような圧縮力にはとても強いのですが引張りや曲げには脆いという特徴があります。
昔学校で使ったチョークを思い出してください。
チョークを縦に親指と人差し指で押しつぶそうとしてもなかなか潰せませんよね。
でもよこからピンと軽く弾いただけで簡単に二つに折れてしまいます。
コンクリートの細長い柱状の塊と言うのは、そういうものなのです。
そんな風に簡単に横からの力(実際の建物では風や地震による横揺れ)で折れてしまっては困りますよね。
脆いコンクリートを粘り強くしなければなりません。
どうするかと言うと鉄筋をコンクリートの中に入れることで対応します。
鉄筋の特徴は針金と一緒ですからイメージしやすいですよね。
単体では簡単に曲がっちゃいますけれど、引っ張っても引きちぎることは困難です。
ですから鉄筋を中に入れた(配筋)コンクリートの構造、つまり「鉄筋コンクリート構造」は圧縮する力(自重や家具、雪の重さなど)をコンクリートが受け持ち、風や地震など建物を曲げようとする横からの力に対しては鉄筋が粘り強く抵抗していると言うことになります。
耐震偽造の問題で鉄筋の数が通常よりも少ないと言われていましたが、そのことが何を意味していたか、鉄筋コンクリート構造の原理を理解すると良く分かりますね。
構造計算時、地震力を低減(偽造)しなければ少ない鉄筋で計算を成立させることはできないのは当然です。
逆に言うと、地震が無いのなら鉄筋が少なくて済むということもできます。
その場合はコンクリートの特徴である圧縮(上からの力)に耐えればよいのですから当然柱の断面寸法も小さくなるのでしょう。
これで理論的にはスペインの建物の柱の細さの秘密が分かりましたね!
そして僕らの日本の建物がいかに地震との共生を目指しているかも、今更ながらですがイメージしていただけたかと思います。
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もう一つ、実はヨーロッパの建物と日本のそれとでは構造のイメージが決定的に異なる部分があるように思います。
もちろん地震の影響のために、です。
前述の通り鉄筋コンクリート構造とは、硬い反面脆いコンクリートを鉄筋のしなやかさを合わせて地震力などに対して粘り強く抵抗する構造です。
繰り返しますが、粘り強さが必要なのは地震に対してです。
構造力学の原則は建物に加わる力をなるべくスムーズに地面に伝えることです。
その地面が動いてしまうのが地震ですから、(少々語弊がありますが)建物がいくら硬く強くても意味がありません。
地面のゆれをしなやかに逃がすことしか建物にはできません。
安定した地盤の上に建つことが原則の建物が、地盤そのものの運動に適うはずがありませんから。
もう一度。
地震が無いということはつまり、建物がしなやかである必要がないと言うことになります。
鉄筋量が少なくて済むと言うことです。
コンクリート本来の特性である、圧縮力のみに依存して建物の構造を任せることができると言うことです。
粘りは必要ないのですから、重要なことはコンクリートの持つ硬さとなります。
以前、某大手建設会社の工事担当者であった親戚のおじさんと、お酒を囲みながらスペインの建物について話をしたことがあります。
話題は当然ガウディになったのですが、建設中のガウディの建物(サグラダ・ファミリア教会)は完成まで後数百年必要だそうです。
「鉄筋コンクリートで工事していますけれど、そもそも耐用年数考えたら完成するまでにコンクリートが崩れ始めるんじゃないですか?」と質問してみました。
ちなみに僕はその建物を実際に見たことはありません。
実際に見てきたおじさんは、「コンクリートだけど鉄筋なんてほとんど入ってないんじゃないかなぁ。分厚くコンクリート打って、その上に石を張ったらコンクリートの劣化なんてほとんど無いのかもしれないよ。日本の建物と違うからね」と答えてくれました。
コンクリートはもともとアルカリ性です。
それが時間が経つにつれ徐々に酸性へと変わっていきます。
分かりますよね、鉄筋コンクリートは中に鉄筋が入っていますから、コンクリートが酸性になると鉄筋が錆びはじめます。
鉄筋が錆びると、鉄筋が膨張してコンクリートに亀裂が生まれ、そこから水が入って鉄筋がもっと錆びる…。
こういった鉄筋コンクリートの経年変化(劣化)を考慮して、一般的には鉄筋コンクリート構造の耐用年数は70年くらいだと言われています。
先の僕の質問はここから来ています。
かの建物が完成する前に、今作っている部分が崩れ始めるのではないかと。
でもおじさんの答えは違いました。
構造そのものが僕らが知っているものとは違うんだと。
地震が無いから鉄筋量が少ない(錆びる原因が少ない)。
コンクリート量がとても多い(酸性化するのに時間がかかる)。
これなら鉄筋の周りを取り囲むコンクリート量が大きいので錆び難いのは当然だし、万一錆び始めても鉄筋を押さえるコンクリート量が多いので、当然コンクリートに亀裂が入りにくいと言うことになります。
さらにそのコンクリートの表面に石でも貼って仕上たなら、さらに構造体(コンクリート)が保護されることになります。
おじさんの最後の一言が印象的でした。
「あれは建築って言うより土木だな。ダムの造り方に近いよ。」
!!!
なるほど。壁厚が厚く、鉄筋量が少ないならより硬いコンクリートが使えます。
構造は粘りより剛性、硬さが重要なんですね。
それは僕らの感覚ではむしろ土木に近いのですね。
そういえばヨーロッパでは一般的に構造技術者に建築と土木の垣根はありません。
建物の構造設計(構造計算)をするエンジニアは橋やダムの構造設計も行ないます。
蛇足ですが、今ヨーロッパで最も個性的な建築家の一人であるサンチアゴ・カラトラヴァ氏は、もともとはスペインのエンジニアでした。
力学的特性に裏づけされた非常に美しい建築を、構造体を、造り続けています。

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