2009/6/20  0:00

さらば心斎橋  今日の感動

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大阪みなみ、アメ村入り口にあるハートンホテル心斎橋。
ここを教室として通うようになって10年ほど。
現在大阪は、この心斎橋教室と朝日カルチャーの2ヶ所で月4回。
神戸、京都、東京を合わせると、月のうち9日は教室へ出ていることに。
(出ない日の方が準備で追いまくられてますけど
そこで絹甫の発病を機に、一大改革を決行
大阪の2大教室を1本化し、上阪の日を半減させることに。
ともに30年を越える長〜いお付き合いの方が多いクラス。
化石のような話になれば、初代は戦前戦後の時期、芝蘭社や堂ビル女学院といった大阪を代表する花嫁学校でお教えしてましたが、その後は制作一本。
昭和46年、今の絹甫が2代目襲名記念展を大丸画廊で開いたのがきっかけで、大丸文化サロンの教室開始。
それが心斎橋教室の母体です。
当時、聡甫や雅なんて影も形もなく、私だって花も恥らう(今は鼻もはじけるってほっといて〜〜)21才!!
大丸文化サロンの頃は、どことも営業利益を文化面に還元という時代で、大そう力を入れてくださってました。
その後、こちら単独の教室に切り替えるため、目をつけたのがこのハートンホテル。
最初は確か、ニュー心斎橋ホテルと言う名前でした。
忘れもしない震災直後の2月4日。
当時はまだ大丸文化サロンにいたのですが、教室へ出るため、前の晩このホテルに泊まり、そこで初めて絹甫も私もお風呂に入ったのです。
ま〜その時の汚いことと言ったら!!
2回ずつ入り直しましたね・・・。
そんなご縁もあったこのホテルとお別れするのは、何やらチョッピリ淋しいな〜〜と思いながらフロントに下りて来ると・・・
「長い間、お世話になりました。私なんか、入社の前からでした。」と、担当の方から美味しいロールケーキのお土産を
(続けときゃ良かったかな〜〜
教室の生徒さんにしてみても、大丸時代からすると、何回ものお引越しにひたすら付いて来てくださり、いつもいつも感謝の気持ちでいっぱいです。
7月からの新教室。
お蔭さまで絹甫も、心身共に復帰できるまでにレベルが上り、今か今かとその日を楽しみにしているところです。
ここでまた、こけないように気をつけませんとね。
大阪人だけに、♪赤い灯〜青い灯〜♪の心斎橋がどこよりも好きな絹甫。
最後の教室に出られないのは、さぞ淋しかったろうと思いますが、それを振り切るくらい、7月からまた皆さまで盛り上げてやってくださいね。
よろしゅうおたの申します〜〜
新教室のお披露目はまた、あらためて・・・




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