2009/2/14  0:46

今までの秘密がバレンタイン  お知らせ

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 節分の日のブログで「オニでもなんでもいらっしゃ〜い!」ナンて言ったら、ほんとに来てしまってたんです・・・
3日の夜中、2時半に病院から携帯が。
 丁度その頃私は、明くる日から始まるカルチャーロビー展に出す作品をドロナワで仕上げつつあるところでした。
「こちらは大阪○○センターですが、ご入院中の小西友(絹甫の本名)さんが脳梗塞をおこされまして、左半身にマヒが・・・」
12時頃、左手の感覚がないのに気づきナースコールをしたとか。
 電話で話している間は、落着いて状況を伺っていたのですが、聡甫に連絡して病院に向かう間中、ガタガタガタガタ全身の震えが止まりませんでした。
生まれて初めて感じるような衝撃・・・
 考えてみれば、こんな年で初めて親の生き死にに関ることでショックを味わうなんて、恵まれすぎてたんだな〜って。
もっと早くに親御さんとの別れを体験した友たちの顔が次々浮かんできた途端、体の震えが収まりました。
 病院に着くと、意識はしっかりしており、ろれつが少し廻らないのと左手左足が動かないのと・・・
でも、右手が無事でよかった!左もそのうち、絶対に動く!
そう信じながら、朝までずっと、眠る間も揉み続けました。
 何より恵まれていたのは、入院中に起きたことと、しかも当直の先生が脳卒中のご専門でいらしたお蔭で即、検査をしながらの治療が始められたことです。
それと、膝の手術が済んでからだったのも、有難かったです。
でなければ、当分手術は出来ないどころか、痛みのある足で脳梗塞のリハビリをしないといけなかったわけですから。
 先生や看護師さん達の、それはそれは温かい治療と本人のたゆまぬ努力で、先生方も目を見張られる回復ぶりを見せております。
言葉も100%完璧に、左手もしっかり力が入り、自分でコントロールできるところまで戻りました。
ただ、皮膚の感覚に関しては、まだ時間がかかりそうです。
 再発の危険性が最も高いのが発症後1週間ということで、ず〜っと点滴が3本つながれたままの絶対安静でしたが、それも無事通り越し、やっとひも付きから解放。
これまで、美しい世界を求め、仕事一筋にカリスマ性を発揮しながら生きてきた絹甫の身に、こんなことが起きようとは、思ってもみませんでした。
 何が待っているか、予想の立たないのが人生ですねぇ。
でも、3日目ごろ、こう言ってくれました。
「いつも言ってきたように、指先を使う押絵の作業が、どれほど良いリハビリになるか、これからは自分の体で見てもらうようになるね」と!!
この状態でこれを言えた絹甫は、やっぱりすごい!!と心から拍手を送りました。
 例え不自由な状態であろうと、出来るだけ早く教室に復帰し、今度は皆さまの力をお借りしながら押絵に携われることが、真の意味で生きる喜びになることでしょう。
昨日のちょっと不可解なブログのナゾ、お解りいただけましたか?



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