2007/1/18  9:40

12回目の1.17  あれやこれや

クリックすると元のサイズで表示します

今年も暖かで穏やかな1月17日の朝を迎えました。
考えてみると、あれから12年、自然があれほど大きなエネルギーで暴れまくったのはあの年だけでしたね。どうしてあの年、あの日、あの場所だったの・・・?と、思ってしまいます。
あの地震が起きるまでにも、大きな事故や天変地異はもちろんありましたが、自分の近くでは起きないという、なんの根拠もないのに不思議なくらいの確信で過ごしてきたような気がします。
不公平だらけの人の世で、生老病死だけは公平に与えられる物だと知ってはいても、身をもって経験させてもらった、貴重かも知れませんが残酷すぎる瞬間でした。
自然の猛威を恨んだり、呪ったりもしましたが、それこそ自然は自然に存在しているだけなのであって、その自然と上手く付き合えなかった時に、悲しいことが起きるんでしょうね。
去年の夏には、ごく親しい仲間が穂高から滑落し、1週間後に悲しい姿で見つかるまで身を裂かれるような日々でしたが、その時にも「まさか、どうして、なぜあのひとが?!」の思いをどうすることもできませんでした。
身近な人たちが体を張って、それこそ命を落とすということで、私たちに教えてくれた「命」の尊さ。これを学習しなければ、先に逝った人たちに申し訳ない気がします。
私の部屋には、「亡くなった人のコーナー」というのがあって、祖母、曾祖母はもちろん、お世話になってた先生、大好きだった身近な人、友人etc...の人たちの写真が、みんな一緒に集っていただいてるんです。周りの人々の支えは、勿論日々感謝するところですが、亡くなった方たちが守ってくださる力って、一緒に過ごしていた時以上に強く感じることがよくあります。困った時、迷った時に、「みなさ〜ん、どうしましょう・・・」って。欲張りでしょ〜?

写真のお寺は、神戸三宮にある「常光院」(高野山真言宗)です。
高野山大学でお世話になっていた世界的密教学者でいらっしゃる山崎泰黄(本当はこの黄の上にガンダレがつきます)先生のお寺で、右の方に見えているのが千体地蔵の額、上の欄間に舞っているのが押絵の飛天です。ここには写っていませんが、祖母(阪神押絵研究会代表)の屏風も奥のほうに。
1階の護摩堂には、初代の「風神雷神」の大額も掛けていただいており、初代から各代の作品が一つところでご覧いただける唯一の場所です。いかにも曼荼羅の世界でしょ?




トラックバックURL

トラックバック一覧とは、この記事にリンクしている関連ページの一覧です。あなたの記事をここに掲載したいときは、「記事を投稿してこのページにお知らせする」ボタンを押して記事を投稿するか(AutoPageを持っている方のみ)、記事の投稿のときに上のトラックバックURLを送信して投稿してください。
→トラックバックのより詳しい説明へ



teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ