2011/6/25  23:40

23年に幕  やや個性派ねこ

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両親の家に居たミー子、23歳。
人間に換算すれば、軽く100歳を超えていたでしょう。
父以外の誰にもなつかず、食事も父から貰うだけ。
そのミー子が23日の夜、静かに、あっぱれな最期を迎えました。

23年前の春、当時外ネコ用に置いていた小屋の中に、グレーのちっちゃな子猫がいました。居たというより、誰かに置いていかれたんでしょうが・・・

中へ入れ飼い始めたところ、食べたものをすぐに吐いてしまうんです。
獣医さんに伺うと、肺が胃を圧迫しているので、ほんの少しの食事を、1日何回にも分けてやってくださいと。
それと・・・
残念ですが、こういう子は長生きはできませんね・・・と。

それから23年。
正に父の献身的な愛のお蔭で、他に類を見ないまでの天寿を全うすることができました。

当時まだ会社に通っていた父は、
「ミー子の食事の時間  ○○時、○○時、○○時、よろしく!!」
と書いた紙を台所に貼ってみんなに頼んで出かけるのですが・・・
父にしかなつかない、可愛げのないミー子のことを、みんなはついつい忘れがち
父が帰ると、まるで留守の間のことを訴えるかのようにベッタリ
それがまた憎たらしくてね〜

でも、病気と寿命はほんとに別物で、そんな大変な体の子でしたが、お医者さまにはそれ以来かかることもなく、最期の4日間、自分で食事も水も断ち、静かに横たわったまま、父やみんなに看取られ息を引き取りました。

生まれて初めて、父が号泣する姿を目にした私達でした。
ミー子が逝った淋しさより、父の悲しさ辛さの方が心配で・・・
「ありがとうありがとうミー子、23年もそばに居てくれて、ほんとに幸せだったよ。
何が食べたいとか、こうして欲しいとか言ってくれたら、まだ仕方があるけど、何も言えずに辛かっただろう?もうゆっくりお休み。ありがとう、ありがとうな

お線香をあげ、嗚咽にむせびながらも父は、般若心経を最後まで唱え切りました。
翌朝、私の家の共同墓地?に、仲の良かったアカキチやサンちゃんの横に埋葬してやり、父もようやくホッとしたようです。

いつものことながら今回も、教室や父の会合が重なる金曜日をちゃんと外し、木曜のうちにみんなを安心させて旅立ったミー子。
猫たちの、空気を読める配慮にいつも感心します。

以前のように出入りが自由でなくなった今、姿を消しているつもりを保ってやりながら、最期まで見届けないといけない辛さを、ここ数年の間に10回も経験してきました。
今回もほんとにあっぱれな最期の姿でした。
苦しいはずなのに、ひと声も発することなく、枯れ木が朽ちていくように体を横たえ、自然に戻る・・・
自分たちの目標を、いつもこの子たちに教えてもらえる気がします。
お疲れさま、ミー子

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