2006/1/8

嘉手刈林昌 琉球情歌行  音楽

70年代のはじめから、沖縄返還運動に始まり、海洋博のドタバタまでのいわゆる第1次沖縄ブームのようなものが。
当時、どっと本土にはいってきた沖縄関連の情報のなかで、いわゆる島唄のレコードがたくさん発売されたり、コンサートがありましたね。

僕は紫やコンディション・グリーンといった「アメリカに一番近いロック」としてのオキナワンロックに魅せられたので、そちらのほうは細野晴臣とか久保田麻琴、遠くはライ・クーダーといった外堀からの接点しかなく、正直熱心なリスナーとはいえなかったです。

ま、喜納昌吉くらいは知っていた程度ですね。

で、嘉手刈林昌です


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2000年に出たこのアルバムは、73年の渋谷ジャンジャンでのライブですから、ちょうど沖縄返還で揺れた時代。
しかしこの当時のミュージックマガジンを読み直してみて、あらためてわかったのが、こうした今や伝説ともなっている林昌さんの歌が、あのころ沖縄ではかなり見下されていた、といってもあくまで伝統音楽の立場のほうの見方ですが。
プロデュースをしていた竹中労氏もそんなバッシングにあって、かなり困惑していたようですね。

自由奔放、歌詞はそのときの気分でかわり、下ネタ大好きという歌は伝統音楽からはおそろしく逸脱したものに写ったんでしょうか。

島唄のライブを一度体験すればわかりますが、おしゃべりはもちろん、歌も時節によって変化し、観客もいっしょになって飲んで騒いで、泣いて笑って、というところはブルーズと共通するところ大有りですね。

このライブの時は大工哲弘大城美佐子など、豪華な面々です。


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