2012/3/15

Ravi ShankarとDavy Jones  音楽

この二人、まったく脈略ありません。

Monkeesは60年代から70年代にかけ、一世を風靡したポップアイドル。
僕の小学生のころの洋楽入門バンド。
(他にパートリッジ・ファミリー、アンディ・ウィリアムスショー、オズモンドブラザーズなど日本のテレビはドラマ含めアメリカに占領されていたような勢いでした)

そのリード・シンガーだったデイビー・ジョーンズが心臓発作で急死。
故郷のイギリスで追悼ライブなどがあったそうです。

当時のアメリカ音楽界がイギリス勢の進出に恐れをいだき、作り上げたグループで、最初はメンバーもろくに演奏ができなかった、というのは有名な話。
後のイギリスにベイシティローラーズ、というバンドが生れたのは皮肉といか、どこも同じこと考えるんですよね。

ビートルズやストーンズよりもアルバムの売上げが高かった、というくらいですから、その頃の人気度は相当なもので、日本でもテレビ、ラジオから流れる音にティーンは熱狂していたものです。

かたやラビ・シャンカール。
デイビーの亡くなった直前に、海外のニュースで「ラビ・シャンカール死亡」という記事をタイトルみて絶句しました。


ところがどうやらラビ違い。同姓同名でインドの著名な作曲家がいたんです。
そちらを存じ上げておりませんで、てっきり本人が亡くなったのかと(汗)

でも御大も90歳こえてますからね。。

ラビといえば今はノラ・ジョーンズの父、というのがしっくりくるのかもしれないけどやっぱりジョージ。
ビートルズに多大な影響を与えたシタール奏者です。




シタールとい楽器、インド音楽を世界中に広めたのは他でもないビートルズの功績だし、その陰にラビの存在なくして(もうひとりあやしいマハリシ・ヨギって麻原の原点みたいなのもいたわけですが)は語れないわけで。

そう、ラビとデイビーの共通点はともにビートルズというバンドなくしてはありえない存在であるわけです。

デイビー自身、元は競馬のジョッキーで、舞台役者として活動を始めていたところ、ビートルズなどのバンドをみて、ミュージックビジネスに入ろうというきっかけをつかんだわけで、そこにアメリカのレコード会社の戦略とぴったりはまったといことで。

レコードの発売と平行してミュージックビデオの原点ともいえるテレビ番組出演、各種ノベルティの発売などメディアミクスの原点のようなバンドです。

そこはビートルズ以上にしたたかに作られた路線であったのでしょうけど、アルバムをおうごとにメンバーのオリジナル曲や、音楽性に個性がでていく一方、バンドとしての人気にかげりがでて結局解散してしまったのでした。

リスナーも成長するにつれ、バブルガムミュージックからよりハードなロックなどに移行していくなかでモンキーズは変化し切れなかったのかも。

そこはビートルズのように10年にも満たない活動期間のなかで急激に変化していったのとは好対照かな。


永遠のポップアイドル、デイビー・ジョーンズのご冥福をお祈りします。R.I.P, Davy. I love your music.






















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