2010/9/30 | 投稿者: hal


現在ではCRTモニタはもう殆ど使っている人はいないだろうが、つい7.8年前迄はCRT全盛だった。 現在ではモニタと言えば液晶のことで、CRTなどどこにも売っていない。

しかしその現在でも、「モニタはCRTがよい」という人がいるらしい。 理由は不明だが、味があるとか鮮鋭であるとか、なんらかの理由はあるのだろう。 CDとLPのようなものかも知れない。

デジタル全盛の現在でも、LPにはCDにない音と音の間の音があるという。 確かにデジタルはビットとビットの間には何もない。 又、LPなどのアナログレコードは、高音域の上限の音をすっぱり切ってしまうデジタルより、条件さえ許せば高音域迄再生できる。 よってLPにはCDにない音色があるというのだ。

しかしお立ち会い。 LPには大きな弱点がある。 致命的な弱点である。 それは、LPは使えば必ず劣化するというものだ。 レコードの溝をダイヤモンドの針がなぞる。 当然柔らかいレコードの溝は削られる。 ダイヤモンドで研磨してようなものだ。 その結果音質は、特に高音域は必然的に劣化する。 

最良の状態はせいぜい5回位迄という。 放送局などではレコードを使った回数をメモしていて、5回以上使ったレコードは大事な放送には使わなかったそうだ。

デジタルにない味のある音色というのは、劣化する以前のレコードにのみあるので、使い古して向う側が透けて見えるようなものには、そんな音質はありえないだろう。

CRTにしても、確かに液晶にはない深い色合いはあったと思うが、それも初期の状態の時だけだろう。 

通常真空管(CRTも真空管の一種)は、アノード(陽極)からカソード(陰極)へ電子流が飛ぶが、カソードからアノードへ電子流が飛ぶものもある。 これが「カソードレイチューブ」で、略称CRTとなる。

ところが真空管も使えば劣化する。 電子流の放射が次第に少なくなってくるのだ。 エミッション減、通称「エミ減」という現象である。 つまり10年も使い古したCRTはエミ減で性能はがた落ちの筈。

というわけで、「古いものには味がある」という表現は、かなりいい加減だというのが、今日のお話し。

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2010/9/30 | 投稿者: hal

現在ではCRTモニタはもう殆ど使っている人はいないだろうが、つい7.8年前迄はCRT全盛だった。 現在ではモニタと言えば液晶のことで、CRTなどどこにも売っていない。

しかしその現在でも、「モニタはCRTがよい」という人がいるらしい。 理由は不明だが、味があるとか鮮鋭であるとか、なんらかの理由はあるのだろう。 CDとLPのようなものかも知れない。

デジタル全盛の現在でも、LPにはCDにない音と音の間の音があるという。 確かにデジタルはビットとビットの間には何もない。 又、LPなどのアナログレコードは、高音域の上限の音をすっぱり切ってしまうデジタルより、条件さえ許せば高音域迄再生できる。 よってLPにはCDにない音色があるというのだ。

しかしお立ち会い。 LPには大きな弱点がある。 致命的な弱点である。 それは、LPは使えば必ず劣化するというものだ。 レコードの溝をダイヤモンドの針がなぞる。 当然柔らかいレコードの溝は削られる。 ダイヤモンドで研磨してようなものだ。 その結果音質は、特に高音域は必然的に劣化する。 

最良の状態はせいぜい5回位迄という。 放送局などではレコードを使った回数をメモしていて、5回以上使ったレコードは大事な放送には使わなかったそうだ。

デジタルにない味のある音色というのは、劣化する以前のレコードにのみあるので、使い古して向う側が透けて見えるようなものには、そんな音質はありえないだろう。

CRTにしても、確かに液晶にはない深い色合いはあったと思うが、それも初期の状態の時だけだろう。 

通常真空管(CRTも真空管の一種)は、アノード(陽極)からカソード(陰極)へ電子流が飛ぶが、カソードからアノードへ電子流が飛ぶものもある。 これが「カソードレイチューブ」で、略称CRTとなる。

ところが真空管も使えば劣化する。 電子流の放射が次第に少なくなってくるのだ。 エミッション減、通称「エミ減」という現象である。 つまり10年も使い古したCRTはエミ減で性能はがた落ちの筈。

というわけで、「古いものには味がある」という表現は、かなりいい加減だというのが、今日のお話し。

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2010/9/27 | 投稿者: hal


u17準決勝での横山久美選手のドリブルには驚嘆した。 群がる北朝鮮のディフェンダーをひらりひらりと躱して5人抜き(6人抜きとしている記事もある)、見事にゴールを決めた。 

これはもうマラドーナやメッシの世界である。 中継のアナも「ヨコヤーマヨコヤーマ」と韓国語で叫んでいた。(笑) 「マラドーナマラドーナマラドーナァッ!」というのは、かの有名なマラドーナ5人抜きのシーンでの叫びだが、こちらも「ヨコヤーマヨコヤーマヨコヤーマッ!」と叫びたくなる位の凄いプレイだった。

それにしても恐ろしい選手が出て来たものだ。 つい1.2年前には岩淵真奈ちゃんという素晴らしいFWが出現して(しかもかなりの美少女!)、ファンは大いに喜んだが、今回の横山久美ちゃんはその上を行くテクニックとフィジカルを持っているようだ。 但し動画で見た限りでは美少女とは言えない。(すみません・・・)

元々日本の女子サッカーには美人が少ないという定評がある。 もっとも皆無というわけではなく、だいぶ前の大竹由美ちゃん(今は三浦淳宏元選手夫人なので、ちゃん付けは失礼ではあるが)はとびきりの美少女だった。

一つ前の世代のなでしこにも川上直子ちゃんというかなりの美人がいたが、その後真奈ちゃんまで大分(美人の)不在時代が続いた。 世界的に見ても、アメリカやブラジル・スウェーデンは美人が多いし、北朝鮮なども中々可愛い子がいた。 なのに日本は・・・ 

尚岩淵真奈ちゃんのお兄さんは、我がFC東京のアンダー18に所属しているそうだ。

注 サッカー選手を美人度で評価するのは不謹慎であります。 以後は身を慎み更に精進して不謹慎になります。
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2010/9/24 | 投稿者: hal


「中国人船長釈放」という夕刻のニュースを聞いて唖然とした。 これは史上最大の愚挙暴挙だ。 後々の諸件への影響は絶大なものがある。 

検察が独自にこのような判断をすることはありえないし、仮にあったとしたら越権行為も甚だしい。 内々に政府の要請か強制があったことは間違いないだろう。


1 まずこれにより、尖閣諸島は中国の領土という、中国の主張を認めたことになる。 他の件で「お前は中国には認めたじゃないか」と言われたら、どう反論するのか?

2 日本は高飛車に脅せばすぐ屈するという感を諸国に与える。 諸件で対立する国々は今回の日本の行動をどう受け取りどう行動するか、考えるまでもないだろう。

3 しかも政府の判断ではなく検察独自の判断だと主張する卑劣なやり方は、およそ政治家として失格である。 日本の政治と政治家はこんなものと、諸外国は侮るだろう。


これらにより、日本の国益と日本人の名誉の損失は計り知れない。 人質外交に等しい中国のやり方に膝を屈するというこの愚劣さ節操の無さ卑劣さは、およそ優れているとは言えなかったこれまでの日本の外交の中でも、最大の失策である。 

日本の未来にまで重大な影響を及ぼすこの罪は万死に値する。 古い言葉で言えば「売国奴」だ。

このような内閣と政党は即刻辞職解散し、国民の信を問うべきである。


注 私は元来ノンポリであり、政治的発言などあまりしたこともないが、今回ばかりは例外だ。

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2010/9/22 | 投稿者: hal

モーツァルトは天才だと言われる。 確かにその通りだと思う。 しかし、彼の凄いところは、若年にしてもてはやされ、日光の猿軍団の猿のように曲芸じみた弾き方(鍵盤に布をかけて弾くとか)をしたからではない。

モーツァルトが作曲する際には、普通の作曲家のようにピアノを弾いて旋律を確かめ、それに和音を加え、構成を築き上げてゆくというのとは全く異なる。 彼の場合は最初に楽想が脳裏に浮かんだ時点で、全ての音譜、つまりスコアが頭の中に確立されていたそうだ。

後は頭の中のスコアを紙に引き写してゆくだけである。 だからモーツァルトの作曲の速度は異常に速かった。 作曲を始めた時点で、既に通常の作曲家の仕事の大半が終わってしまっているのだから、速いのも当然だろう。 勿論ベートーベンでもワグナーでも、こんな芸当はできはしない。

いったいどうすれば、完全な形のスコアが頭に浮かぶのか、誰にもわからない。 恐らくはモーツァルト自身でもわからなかっただろう。 だって、自分には特に努力せずとも簡単にできてしまうのだから、何故自分には可能であるかなど考える必要もない。 正に奇跡というべきである。 これが天才の天才たる所以だ。

しかもモーツァルトの曲の中で、とりわけ優れた楽曲は後半生、20代の半ば過ぎからのものばかりである。 彼はこの頃には既に人気作曲家の地位を滑り落ちていた。

人気作曲家であった前半生の曲は、ギャラントスタイルと言われる華麗なものではあっても、後期のような深みは全くなく、はっきり言って大したものではない。 クラリネット協奏曲や魔笛と、フルート協奏曲の違いは、比較して聞けば一目、いや一聴瞭然。 誰にでもすぐわかる程の違いがある。

天才ともてはやされた青少年時代の作品は軽く、人気を失った晩年(といっても30代の半ば前)の作品は至高の名作。 この矛盾・・・ しかも最後は袋詰めにされて露天の無縁墓地に投げ落とされるのだ。 明るくのどかにまぶしい魔笛との落差・・・

モーツァルトの後期の作品を偉大さを思えば、サリエリが嫉妬したのも当然だろう。 サリエリにとって不幸なのは、彼の才能は遠くモーツァルトに及ばないのに、モーツァルトの晩年の作品が古今に冠たる名作であることを理解できる程度の才能はあった、ということだろう。

もし、サリエリがその程度の才能さえなければ、彼は当時の大人気作家であったから、「俺の方が売れてるじゃん」で済ませることができた筈だ。 しかし、不幸にして彼はモーツァルトの偉大さを認識できる程度の才能はあった。 これもやはり悲劇である。
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2010/9/20 | 投稿者: hal

キアヌ・リーブスというと、誰しもスピードやマトリックスでのカッコええ姿を思い浮かべる。 しかしこの人、スターにも関わらず哀傷の一面を持っているらしい。

公園のベンチで一人飯。 しかもくたびれたジーンズにドタ靴、横には何かの(食い物の入った?)ポリ袋、念の行ったことに小鳥が一羽その前を・・・ まるで絵に描いたようなうらぶれシーンである。

恋人との間にできた子供を失い、妹さんは不治の病。 好きな食べ物はラーメン(それも味噌)、ちょっと名の知れたラーメン屋には、軒並み彼のサインが貼ってあるそうだ。 

このへんのエピソードを見ると、うらぶれ一人飯にはふさわしいが、マトリックスの伊達姿とは大分距離がある。

多忙な俳優生活の中で、ふと一人物思う時もあるだろう。 しかしスター俳優のつらさ、その姿をパパラッチされ、ネットの住人におもちゃにされる。 スターはつらいよ・うらぶれ人生編。

でもこの写真、なんとなく共感を呼ぶのだ。 少なくともキンキンぎらぎらの衣装で豪華レストランというシチュエーションよりは、ずっと親近感がある。 「ああ、そうなんだろうな・・・」と。

とはいえ下のコラおかしい。

http://gasoku.livedoor.biz/archives/51522775.html

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2010/9/17 | 投稿者: hal

「シネマハウスへようこそ」のことを前に書いたので、今回は「シャムハト」について書いて見たい。

以前書いたように、このゲームはギルガメッシュ神話に基づいた本格的考古学テーマのゲームであり、ゲームとしては非常に希有な存在である。

元々はTOWNS用であり、データウェスト社から発売された。 1993年だったか。 フル画面のポリゴンは当時のTOWNSの能力では完全に力不足で、一歩移動するごとにゆさゆさと画面が揺れて、とんでもない時間待たされた。

後に98に移植された時には、あまりの不評に懲りたのかウインドウを切った状態となり、動作速度はかなり改善されたが、それでも速いとは到底言えないしろものだった。

内容はギルガメッシュ伝説をアレンジした本格的な考古学ものである。 ゲームとしての難易度はかなり高い方になる。

本家のギルガメッシュ神話では、半神半人の暴王ギルガメッシュを倒すために町人が神に祈り、その結果半人半獣のエンキドゥが遣わされる。 そしてエンキドゥはシャムハトなる女性と7日7晩交わり、知を得る。 二人は7日間闘うが勝負がつかず、その後無二の親友となる。 後にエンキドゥは不治の病に倒れ、ギルガメッシュはその病を治す薬を捜して旅に出るが、ようよう薬を見つけて戻った時には、既にエンキドゥは事切れていた。 これがギルガメッシュ神話のおおよそである。

ゲーム「シャムハト」では、エンキドゥが知を得たのは、女性であるシャムハトと交わったためではなく、「シャムハト」なる冠をかぶったためとされている。

「シャムハト」とは神に等しき英知をもたらす冠であり、その冠を巡っての争奪戦と、遺跡の発掘がこのゲームのメイン部分である。 これだけ考古学を正面にすえたゲームは非常に珍しい。 

ロンドンへ留学した日本人学生が、同級生の英国人美少女と協力してイラク東部のウル或いはウルクと想定される発掘現場で、遺跡の発掘作業を手伝うこととなった。 

この発掘作業はなんとも凄いもので、出土した品物を日本人学生が勝手に処分して所持金にしてしまうというもの。 現実にこんなことをしたら、たちまち首どころかタイホされてしまうが、そこはそれゲームのことでもあり、当然のように猫ババしてしまうのだ。

発掘作業を行う内に、指導教授の言動に不審を覚える主人公。 そして地下の神殿での発見、と物語は進む。 更には数多い井戸の中から特定の井戸を探索し、そこからの脱出となる。

キシュ・ウル・ウルク・ニップールなど魅力的でエキゾティックな地名が登場し(いずれも現実のイラク東部の地名で、シュメール文明の遺跡がある)、雰囲気は非常に良い。

イナンナ(アナンナと書いたのは間違い)その他ギルガメッシュ伝説の登場神をちりばめ、シュメール文明の雰囲気を盛り上げていた。 個人的には大好きなゲームの一つである。

主人公が始めて発掘現場へ入るシーンでのBGMと壁画が最高に良い。 ノスタルジーと過去への感傷・・・ このゲーム最高の見所とも言うべきものだが、残念ながら98版では省略されている。 この最高の見せ場を削ってどうするのだ?

蛇足だが、エンディングでは主人公が新たな冒険に旅立つことが暗示されているが、実現(ゲームとして)はされなかった。 残念・・・
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2010/9/15 | 投稿者: hal

余り嬉しくもない誕生日。 これで私も20歳になりました。 リッパなおとなです。 これから振り袖を着て成人式に行ってまいります。


あるSNSの記事で、「好きなお煎餅がカメダ」。 これはちょっと悲しい。 何かあると怖いおとーさんが乱入しそうな・・・

東京の下町(本郷とか)には、間口1間から1間半位のごく小さなおせんべ屋さんが今でも存在する。 小さくても創業大正何年とか中には明治何年とかいうところが多い。 

味はお店によって千差万別だが、大量生産のものとは全く別のもので(このあたり大量生産ビールと地ビールのようなもの)、実に旨い。 知らない人には「これがほんとのおせんべなんだよ」と教えて上げたい位だ。

本郷の菊坂から真砂町、本郷三丁目にかけては、何故か特にお煎餅屋さんが多いようだ。 その中の一軒は生家に近いせいかよく行ったものだ。 

柿の種にしても、「もうちょっと醤油が濃くて、とうがらしも利いている方がいいな」というと、「じゃ今度焼く時にはそうするよ」とオーダーに応じてくれる。 オーダーメイドのお煎餅なのだ。 そのせんべい、とびきりうまかったことは勿論である。

下町にはこんな所がいまでもあるのだ。

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2010/9/12 | 投稿者: hal

宮崎監督が「紅の豚」の2を作りたいと言っているそうだ。 しかしポルコロッソは物語的には充分に完結しているから、続篇を作るのは難しいのでは?

第一宮崎監督は「私はいわゆる2は作らない」と前々から言っていたはずだ。 なのに今頃になって「紅の豚」の2とは、どういうことなのだろう?

それに続篇を作るのなら作るべき作品が他にある。 「ナウシカ」である。 元々アニメでは、原作の半分あたり迄が描かれていて、後半の波瀾万丈なところは入っていない。 ナウシカの場合は2ではなく、未完の作品を完結されると考えるべきだろう。 

ナウシカの後半は、巨神兵の雛?が「ママ〜」とナウシカにまとわりついたり、その雛が成長すると今度は「我は裁定者なり」とかわけのわからんことをぬかすので、読んでいる方ははてはてはてのはて、あれよあれよの大展開。

巨神兵って火の7日間で世界を破壊し尽くす死の最終兵器じゃなかったの? なんで死の最終兵器が「ママ〜」なの?

エンディングだが、漫画版の後半ではナウシカの表情が次第に暗く悲壮になってゆくことなどから、墓所で悲劇的活劇的討ち死にするのかと思っていたが、どっこい、そう簡単にこのお転婆姫は死なないのだ。

ラストはえらくシンプルで、「ナウシカはどこそこで*十年間過ごし、その後どこそこで死んだ」。 ??? え〜、いつ死ぬか何処で死ぬかと、ここまで気を持たせておいて、後何十年も生きるつもりなの?


ところでこの漫画と映画で宮崎監督はなにを描き、なにを訴えたかったのだろうか?

環境保護? 自然の汚染問題? 反戦? 文明の壊滅と再生? 確かにその要素は十分にあるが、それだけではなさそうだ。 アニメ映画の方は、悪い言い方をすれば「金におもねった」という面もなきにしもあらずなので、漫画版を主体に考えてみた。

この漫画は実に多様な解釈ができる。恐らくは宮崎監督自身も、描き始めた頃と最後の頃とでは、この作品の主題についての考え方にかなり大きな違いが出てきていたのではないかと思われる。

腐海は単に恐るべき瘴気を発する「ケ」の場所ではなく、むしろケガレ(残留放射能?)を癒す「ハレ」の存在へと変化する。

ラストに近い所では、墓所の主との応答でこの世界の人々は遺伝子操作を受けていたことが判明する。 彼らは腐海の毒を含まない清浄の世界では生きていけない。 つまり汚染こそ正常、清浄は異常、というわけである。 

主は現生人類を正常の、つまり清浄の地でも生きてゆける存在に変えるというが、ナウシカはこの主を否定する。 正常(清浄)であれば生きてゆけない「ケ」としての存在を受け入れるのだ。

これは蹄念であるのかそれともニヒリズムであるのか。 明るいニヒリズムとでもいうべきものなのか。


ちなみにアニメ版で最も蠱惑的なのは、腐海の描写だと思う。 美しくもおぞましいあの腐海を、一目見て痺れた。  やはり豚さんよりナウシカちゃんの続きを見たい。

もう一つ蛇足。 ミヤザキさんはやはり徹底したロリコンでパンチラ趣味だと強く思う。 ナウシカ以来数々の作品で幼女少女のパンチラシーンがないアニメはない。 魔女宅に至ってはキキちゃんのデカパン(しかもつぎがあたっている!)が堂々と部屋に干してあったりする。 私はどちらかというと宮崎アニメのテーマよりも、こちらの方が気になるのだが・・・

一つ間違えばハヤオさんがツトム君になっていたかも。(ミヤザキファンの方々、刺さないでね)
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2010/9/10 | 投稿者: hal

「ふぇいばりっと Sweet!」本日応援バナー企画当選者様発表です! 景品は今月中に発送予定となっております。

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知られざる名作などという言葉がある。 一部のコアな人たちには熱狂的な支援を受けるが、一般的には無名の作品、というあたりがその定義だろう。

PCゲームで言えば、「シネマハウスにようこそ」とか「東京トワイライトバスターズ(略称TTB)」、「妖撃隊」や「シャムハト」などがこれにあたる。 いずれも98時代の作品である。

シネマハウスとTTBはクソゲーの山を気づいていた会社が、最後に作った作品というシチュエーションがそっくりで、それが大変な傑作になってしまったという点もよく似ている。

「シネマハウスにようこそ」は、映画制作のシミュレーションであり、進行はアドベンチャーゲームの体裁になっている。 一応エロゲーというレーティングだが、エロ要素は皆無に近い。 近いというより事実上ゼロである。

未来のある惑星のある街、そこへ一人の青年がやってきて映画作りを始める。 ヒロイン3名の内1名を女優として起用し、映画を作って行くのだが、コンテストに出展し賞を受けることで有名になることが出来る。(これにより好意ポイントや評価ポイントが上がるようだ)

この惑星の街と街の人々は、いずれも優しく穏やかである。 居心地の良い街で長年の念願だった映画作りをする、天国のような日々(この街の名がパライソだから当然かも)。 コンテストで優勝し人々に讃えられる喜び。

しかし、この惑星にも戦争の波が押し寄せる。 そして主人公も出征し名も知れぬ星で最期を遂げる。

この花の静かに散るような穏やかな日々と、戦争の影との対比が、このゲームに微妙な陰影を作り、深みを与えている。


名作ではあるが、このゲームをプレイするのは中々大変だ。 残念ながら制作会社のハードは既に解散しており、eggでも発売はされていないので、98の実機でFDでプレイするか、或いはその他の方法しかない。 

TTBはeggからエミュレーターが発売されているので、簡単にプレイできるが、難易度はかなり高い。 妖撃隊やシャムハトはシネマハウス同様現状プレイするのはかなり難しい。
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2010/9/7 | 投稿者: hal

アンチャーテッドをやっていて気づいたことがある。 このゲーム九龍妖魔学園紀やシャムハトと似ているな、ということだ。

九龍妖魔学園紀は東京魔人學園シリーズと世界観を共有する伝奇アドベンチャー(&SLG&RPG)の傑作だが、考古学テーマという点、トレジャーハンターが主人公というところ、遺跡で謎やトラップを解きながら進むというあたり、かなりよく似ている。 

雰囲気的には、九龍は暗、アンチャーテッドは明とかなり異なる。 このあたりは日本とアメリカの感受性の違いなのだろうか。 アンチャーテッドはいかにもヤンキー的に底抜けに明るいのが、気に障る人もいるかも知れない。

大分前になるが、「シャムハト」という、これは完全な考古学テーマのゲームがあった。 オリジナルはうんずで、後に98にも移植されている。 当時としては珍しく背景の大半がポリゴンであり、非力なTOWNSには荷が重くて、やたら遅いのが難だった。 しかしストーリー的にはギルガメッシュ伝説をアレンジした本格的な考古学もので、日本では勿論海外でも珍しいテーマだった。 

本家のギルガメッシュ伝説では、半神半人の暴王ギルガメッシュを倒すために町人が神に祈り、その結果半人半獣のエンキドゥが遣わされる。 そしてエンキドゥは女性と7日7晩交わり、知を得る。 二人は7日間闘うが勝負がつかず、その後無二の親友となる。 ここまでがギルガメッシュ伝説の前半である。

ゲーム「シャムハト」では、エンキドゥが知を得たのは、「シャムハト」と呼ばれる英知をもたらす冠をかぶったから、ということになっている。 その冠を巡っての争奪戦と、遺跡の発掘がこのゲームのメイン部分である。 これだけ考古学を正面にすえたゲームは非常に珍しい。 

アナンナその他ギルガメッシュ伝説の登場神をちりばめ、シュメール文明の雰囲気を盛り上げていた。 個人的には大好きなゲームの一つである。

考古学メインのゲームには、大昔に「アマゾン学術探検」とかいうRPG(洋ゲー)があったが、その後はほとんど見たことがない。
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2010/9/5 | 投稿者: hal

「アンチャーテッド エル・ドラド」の秘宝をようようクリアして、現在は「アンチャーテッド 黄金刀と消えた船団」をプレイ中。 PS3史上最高の傑作という評価が多いが、今までの所は「良いゲームだが今ひとつ食い足りない」というのが私のインプレッション。

理由はアンチャーテッド1と同じで、アクションにばかり比重がかかり、謎解きやストーリー性に難があるからである。 但し、ハラハラどきどきの要素は十二分に備えているので、決して出来が悪いとけなしているのではない。

この「アンチャーテッド 黄金刀と消えた船団」は、前作に比べるとアクションの難度が総体的に下がっているようだ。 前作では、銃撃戦の地下水路とジャンプの教会で死にまくった。(;´Д⊂)

それに比べると2では特にジャンプの難度が低いようで、1では教会のジャンプで落っこちまくったが、2ではほとんど失敗しない。 銃撃戦でも相手の射撃が当たる確度が1より大分低いような気がする。 少なくとも死んだ回数は1より遙かに少ない。 それでも銃撃戦は相変わらずのわんこそばぶりだ。 一杯平らげても後から後から新手が放り込まれる。

元々アクション系のゲームは苦手で、大昔の「ポリスノーツ」では爆発物の解除がどうしても出来ず(98+マウスでプレイ コントローラーの十字キーなら楽勝)、友人のCRS氏に解除後のシーンのセーブデータを送って貰い、クリアしたという記憶が残っている。 (これを書いている時に、CRSさんのコメントがついた。なんという偶然!)

今思うと、CRSさんはあんな面倒くさいことをよくやってくれたものだと感謝している。 有難うございました。 で、道産瞬間湯沸かし器は健在ですか?

ゲームでは難度死んでも生き返れるが、リアル人生では死は只一度、一度死ねばそれっきり。 日本人の平均余命から見て、私の余命は後10年程度と思われるが、実感がないような切実なような・・・
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2010/9/3 | 投稿者: hal

若い従業員が部屋迄案内してくれた。 両側の部屋から漏れてくる若いスキー客の賑やかな声を聞きながら、しばらく行くと黒っぽく煤けたようなドアがある。 
「こちらがお客さまのお部屋です」

その『部屋』を見て、俺は驚いた。 どうやってこの『部屋』へ入るんだ? そのドアにはドアノブがない。 替わりにタンスの取っ手のようなものが、あちこちについている。

首をかしげる俺を見て、従業員が無造作にその取っ手を引いた。 タンスの引出しが出てくる。 幅1メートル強、奥行き約60センチ、高さは40センチ程の広さで、押入よりも狭くどう見ても引出しにしか見えない。

「こちらです」 

又同じことを言う。 こちらと言われても・・・ 

「予約しておいた部屋はどこなんだ?」
「ですから、こちらです」

まさか、この引き出しが部屋?

「こんな所へどうやって入れというんだ。 俺は羽織でも袴でもない
ぞ」

「はあ・・・ お客さまが、なるべく安い部屋を、とおっしゃるもので」
「安い部屋といったって、人間が泊まれる部屋の中で、という意味だ。
ウナギじゃあるまいし、こんな所で寝られるわけがないだろ」

「しかし、他のお客さまはこちらと同じ部屋でおやすみですが」
「そいつは人類じゃない。 vo\ov星かクリプトン星から来た奴だ。 俺は現世人類だからタンスの引出しでは寝られない」

「はあ・・・ それはお客さまの自由ですが、他にお客さまが泊まれる部屋はございませんし、お客さまが泊まれる宿もここにはありませんよ」

俺は従業員の言葉を聞き流し、ぶりぶりと怒りながら宿の入口へ向かった。 支配人を探して文句を付けるつもりだった。 そう言えばまだチェックインも済んでいなかった。 いい幸いだ。 支配人にイチャモンをつけて、まともな部屋にタンスの引出しの料金で泊まってやろう。

「お前のところの従業員教育はなっていない! タンスの引出しを寝室とはどういうことだ。 冗談も時と場合をわきまえろ」

「はっ 申し訳ございません。 きつく叱りおきます。 お詫びに当ロッジ最高のロイヤルスイートをご予約の料金で提供させていただきますので、ご勘弁くださいまし」

というようにはいかないだろうが、少なくともタンスの引出しで寝るよりはましだろう。


しかし、行けども行けどもフロントは見あたらない。 そもそも宿に入った時にフロントを通過した記憶がないのだ。 通路の両側には部屋が並んでいるが、どれもけったいな雰囲気だ。

山小屋の蚕棚式の二段寝台もあれば、半世紀前の温泉旅館みたいな畳の部屋もある。 蚕棚では数人の人類(らしい)がごろ寝しており、畳の部屋ではどんちゃんどんちゃんと宴会をやっていた。 なんちゅうロッジなんだ。

その内に通路がいきなりダートになった。
「なんだなんだ、これは・・・ ロッジの通路が泥んことは・・・」

前方左側に並ぶ部屋は、どうやら母屋から独立した離れらしい。 右側には湖水とおぼしき水辺が見える。 しかし離れにしても、通路が泥んこじゃ歩いていけないじゃないか。 

ああ、そうか。 母屋から離れているから離れなんだ。 だからちゃんと靴を履いていかなければならないんだ。 俺はなんとなく納得した。 納得はしたが、なんとも妙なロッジだという気持ちは益々強くなった。


これではらちがあかん。 こんなへんてこな宿を予約したのが間違いだった。 しかし、なんでよりによってこんなやくたいもない宿を選んでしまったのか、いくら思い出そうとしても思い出せないのだ。

まあ、それはどうでもいい。 今からでも遅くはないから、まともな宿を探すべきだ。 俺はようやくそれに思い至った。 まずは駅前へ戻るか。

俺は駅前へ戻ろうとした。 そしてふと気がついた。 駅ってどこにあったっけ? そもそも駅に降り立った記憶がない。 ならば俺は何故ここにいる? それに俺はここになにをしに来たんだ? スキー場のロッジにいるのだから、当然スキーをしに来たのだ。 なのに俺はスキーを持っていない。 スキーどころか荷物ひとつ持っていない。 はて、荷物はどこにおいてきたのだろうか。

慌ててポケットというポケットを探ってみた。 幸い財布はちゃんとある。
財布を開いて見ると、金もクレジットカードも入っている。 まずは一安心、俺は安堵のため息をついて財布をポケットに戻した。

記憶がないままに、おおよそこちらだろうという方角に向かって歩いてみた。 宿の玄関を通ったわけでもないのに、いつの間にか外へ出ていたらしい。 駅は見あたらないまま歩いてゆくと、また妙なところに出てしまった。 

砂や小石が無造作に積み上げられた、工事現場みたいな所だ。 なんでスキー場に工事現場があるのか、そこに立ち止まって暫く考えてみたが、これという答えは思いつかない。


寒気が身にしみる。 見れば工事現場の地面には、薄く氷が張りつめている。 やはり冬のスキー場なのだ。 寒いのは当然だ。 

スキー場に工事現場があっても別にいいじゃないか。 新しいリフトかなんかの工事なんだろう。 そう考えると、こんな所に突っ立って考えているのが馬鹿らしくなった。 

それにしても寒い。 ただの寒さではない。 身体の中から生命が流れ出るような寒さだ。 いわゆる悪寒という奴だ。 風邪を引いたのかも知れない。 こんな状態ではスキーどころじゃない。 早いところ列車に乗って家へ帰ろう。 しかし、それにはまず駅を探さなければ・・・

俺は重い足を引きずりながら、来た道を戻った。 

来た道をそのまま戻った筈だった。 しかしいくら歩いても駅もなければロッジもない。 それどころか人家ひとつまわりには見えない。 見渡せば、回り一面荒寥とした雪景色。 

しまった! 道に迷ってしまった。 そう気づくと先程からの悪寒が一層ひどくなってきた。 身体の奥底からぞわぞわと冷たい鈍色のかたまりが湧き出し、骨から肉へ肉から皮へと伝わってゆく。 湧き出す都度、視界が揺れ動く。 胴震いしているのだ。 最早歩くこともままならず、立っているのがやっとだ。 

白一面の雪景色が薄黄色に染まり、そして薄暗くなってきた。 黄昏が迫っているのだろう。 これはいかん。 このままでは凍死しかねない。 俺は生命の危機を感じた。 スキーに来て宿が見つからず、野原で立ち往生の挙句凍死なんて、馬鹿馬鹿しすぎてしゃれににもならぬ。

俺はあの宿の部屋を断ったことを後悔した。 例え引出しでもいい。 少々狭かろうが窮屈だろうが、この寒さに比べればなんぼかましだ。 しかし今更悔やんでも遅い。 体力が尽きる迄になんとしても人のいる所までたどり着かねば・・・

最早方角を見極める余裕もなく、俺は蒼惶と歩き出した。 数歩歩いた所で膝が砕け、前のめりに倒れた。 起きあがる力は既になく、雪にまみれたままよつんばいで這い進んだ。 

どの位進んだのか。 数百メートルか、それともほんの数メートルだけなのか。 もう手も足も感覚がない。 寒さも冷たさも感じなくなってきた。 ただひたすらに眠い。 ここでこのまま寝てしまったら、さぞ気持ちがいいだろうなあ・・・ 

誘惑に負けて俺は目を閉じた。 深い深い所へ引き込まれるように意識が遠のいてゆく。


と、頭の上から声が落ちてきた。

「だから言ったでしょう。 他にお客さんが泊まれる部屋はないし、お客さんが泊まれる宿ないと。 ここがお客さんにはぴったり、ここしか安心してゆっくり寝られる所はないんですよ」

目を開くと俺はあの黒っぽく煤けたドアの前にいた。 しかしそのドアは、前に見た時よりものすごくでかく見える。

そうだ。 俺もようやくわかった。 俺にはここしかないのだと。 俺の居場所はここなのだ。 ここが骨箱であろうと死体置場であろうと、もうかまわない。 
彼は俺をつまみ上げた。 彼は随分と背が高く、先程から俺は首をそらして彼を見上げていたのだ。

「さあどうぞ」

俺はその『引出し』に入った。 何故か俺の身体はその『引出し』にすっぽりと収まってしまった。 中々寝心地がいい。 悪寒戦慄は引出しに入った瞬間ぴたりと止まった。 らくらくぬくぬくとしたほの暖かい感触が全身を満たしてゆくのが感じられる。 極楽極楽、これなら一生寝ていられる位だ。 

ふと思った。 今度寝覚めるのはいつだろうか。 それはどのような目覚めだろうかと。 

そして俺はようやく全てを思い出した。 先程俺はこの『引出し』から出てきたのだ。 だから駅も通らなかったしフロントでチェックインする必要もなかったのだ。 『外』が俺にとって居心地が悪かったのも当然のこと。 俺の居場所はここだけなのだから・・・


引出しが壁に引き込まれる音がしてあたりが暗くなった。 外から声が
する。

「味觸法無限界乃至無意識界
衆生無邊誓願度
煩悩無盡誓願談
・・・」

「ごゆっくりおやすみになってください」
    
                 了
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2010/9/1 | 投稿者: hal

「アンチャーテッド エル・ドラドの秘宝」なる洋ゲーをやっている。

インカの秘宝を巡る秘境冒険ものというのは、私が最も好むジャンルなので飛びついたのだが・・・

一般的な評価は非常に高いし、実際にプレイしてみても確かに面白いことは面白い。 しかしこのゲーム、最初から最後迄(未だ最後迄行っていないが)銃撃戦と建物に飛びついてジャンプすることに終始していて、肝腎のストーリー性に乏しい。 

いや、ストーリーそのものは立派なものがちゃんとあるのだが、チェックポイントから開始するごとにいきなり銃撃戦に巻き込まれるので、ストーリーなど頭から消し飛んでしまう。 自分が今ナニを目的にナニをしようとしているのか、全て宇宙の彼方へ飛び去り、目の前の敵を倒すことだけに専念する。 随分と刹那的なゲームではある。

ポリゴンの絵はとてもきれいで、木漏れ日の陰影まで描写しているのは凄いと思うが、毎度同じような銃撃戦ばかりでは、すぐ飽きてしまう。

サイレンと比べると、ポリゴンの描写や動作では格段に勝っているが、雰囲気というかのめり込み度は、大分落ちる。 銃撃戦ばかりでとにかく単調なのだ。

どこかで投げてしまいそうな予感がチラホラと・・・
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