2010/8/30 | 投稿者: hal

ついに裁判員制度が導入された。 

市民の裁判参加という点では評価できるが、果たして実際に機能するものだろうか。 

ある放送の世論調査では、大半の人が参加したくないと回答したそうだ。 理由は様々だが、法律的知識がないということもあるが、それよりも人を裁くということに参加したくない、というのが大半のようだ。

又、内閣府大臣官房政府広報室の世論調査でも、「参加したい」とする者の割合が25.6%、「参加したくない」とする者の割合が70.0%と、圧倒的に否定的な意見が多い。 理由は「有罪・無罪などの判断が難しい」が46.5%,「人を裁くということをしたくない」が46.4%ということだ。

70%の人間が反対するような制度が、うまく機能するものだろうか。 大いに疑問である。


海外では、イギリスやアメリカ、カナダなどの英米法関係の国が陪審制度、ドイツやイタリアなどの大陸の国が参審制度となっている。 日本のこの制度はヨーロッパ型の参審制度ということになる。

これらの国でも、制度発足直後は色々と問題があったようだが、現在では市民の間に定着しているようだ。 日本の場合も同様に、発足直後はかなりの混乱が見られると思う。 これはある程度の年月が経てば解決するかも知れない。


さて、この栽培員制度に対しての私の意見である。 

何故陪審制度ではなく参審制度を採用したのか。 これがまず第一の疑問である。 

参審制の場合、有罪無罪の評決だけでなく、量刑の判断までしなくてはならない。 有罪無罪の判断は、法律的知識がなくても可能である。 つまり、裁判の過程で「こやつは犯人だ」と確信できれば有罪とすればよい。

しかし量刑の判断にはある程度の法律的知識が必要である。 「この犯罪の場合は*年以下*年以上の懲役」という程度の、刑法の条文の知識なら、それを修得することはそれほど難しくはないし、専門家である裁判官に教えて貰えばそれですむことでもある。

しかし、特定の犯罪について、「この場合は*年の懲役」という判断、それも裁判官の主導誘導でない、独自の判断を下すのは、素人にはかなり困難なのではないか。 

又、判決の前例を調べるなどは、やはり素人には煩雑すぎて手に負えないだろう。 ならば、全て裁判官の教える通りに従おう、ということにならないか。

又、裁判官と裁判員の意見が対立した場合、裁判と法律のプロフェッショナルである裁判官と、ど素人の裁判員が互角にディベートすることは、どう考えても不可能である。

結局のところ、ほとんどの裁判が、裁判官の考える方向へ裁判が進行する、というシーンが目に浮かぶ。 これでは裁判員など不要ではないか。

陪審制なら、陪審員は裁判官からは独立している。 陪審員と裁判官が判決や評決について協議するということはないし、又量刑については関与しないから、量刑に関する法律的知識も不要である。

つまり、陪審員制度の方が参加者の負担が遙かに少ないのである。 裁判に一般市民が参加するという、戦後始めての試みには、まずなにより参加するものの負担が少ない、という点を考慮すべきだったではないかと、私は考える。


さて、将来この裁判員制度が実施され、もし私が裁判員に指名されたら? 
恐らく、いや確実に断ると思う。 理由はやはり「人を裁く自信がない」ということになる。

殺人などの重罪で、裁かれる被告人にとっても、被害者や遺族にとっても非常に重大な意義を持つ裁判で、自分が他人を裁く自信があるか? 確信を持って他人に死刑を言い渡すことが出来るか?

例え、犯人を特定することが、全く疑う余地のない明白な場合であってさえも、「もし、裁判の過程で明らかにされた事実以外の何かが存在していたらどうしよう?」という疑問と不安は、間違いなく残るだろう。

まして、真犯人を特定することが困難な場合や、被告人が真犯人であることに幾ばくかの疑問が残る場合は、どうすれば良いのか。 「疑わしきは罰せず」の大原則に従えば良いのだろうか?


最も恐ろしい想定は、「ほとんど」疑う余地のない事件ではあるが、ほんの僅かの疑問が残る、という場合だろう。 まず間違いなく犯人である被告人を放免すれば、再び罪を犯す可能性がある。

しかし、もし僅かでも疑問の残る被告を重罪にした場合、特に死刑を宣告してそれが実行された場合、もしその被告人が冤罪であったとしたら、裁判員はどのように償ったらよいのだろう。

一見疑う余地のない(と見えた)被告人が、実は冤罪であったというケースは、過去にも何件か実例がある。 このような場合、刑を宣告した裁判官はどのようにして自分の過ちを償ったのだろうか。

私は基本的には死刑制度に賛成だが、只一点、この誤審の可能性という点で今一歩踏み込んだ賛成が出来ないのだ。 例え20年間獄に繋がれても、生きてさえいればある程度の補償は可能だ。 しかし死んでしまえば(本人に対しては)全く何の補償も謝罪もできない。 この一点である。


このように考えてくると、恐ろしくて人を裁くことなど到底出来そうにもない。 しかし、誰かが人を裁き、刑を宣告しなければ、社会は成り立たない。

自分だけがその義務を免れたいと望むのは、単なる義務からの逃避なのだろうか? 私にはわからない・・・

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2010/8/27 | 投稿者: hal

ふぇいばりっと Sweet! 本日発売です。 シナリオのテキストで読んだ時の印象よりも、意外にコミカルでしかもシリアスな展開となっております。 感想など書いていただければ嬉しいです。


全く関係ないが、ドリパ大阪へ出展のため大阪へ行った時、新幹線に乗った。
その時の車掌さんが女性で、それもうら若い(20代半ば位?)美人だった。

ベージュの制服制帽に身を固め、車両出入りの際にはほのかな微笑を浮かべつつきっちりと一礼する。 凛々しくも清楚であった。 

注 私は制服フェチの気があるらしい。 婦警さんやら婦人自衛官のパッツンパッツンな胸が(以下略)
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2010/8/26 | 投稿者: hal

ふぇいばりっと Sweet! いよいよ明日発売です。 もう体験版はプレイしましたか? 明日をお楽しみに・・・
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2010/8/24 | 投稿者: hal

PCのソフトウェアには色々と便利なものがあり、私なども常々お世話になっている。 

もしExcel(表計算ソフト)がなければ・・・
家計簿も書けないし、スケジュール表も使えない。 なにより収支計算や試算表などの会社の大事な業務が全くできない。 

なに? 紙と鉛筆と電卓でやれって? そんなめんどくさいことができれば、PCなど買わんわい。

もしPhotoshop(画像ツール)がなければ・・・
原画のチェックもできないし、塗りの状態をレイヤーごとに見ることもできない。 なにより美少女のムフフな画像を閲覧する・・・ ことなどはしていないよ。

もしATOK(IME)がなければ・・・
これは重大だ。 私は字が至って下手で、これはもう下手というより、誰が見ても字とは認識されない。 自分で書いた文字だって、1時間後に見ると何が書いてあるのか全く判別できない。 それどころか人類が書いた字とさえ思えない、塩をかけられて瀕死のなめくじの断末魔の動きのようなものが、そこにあるとしか見えないのだ。

従ってワープロやIMEは私に取っては神から授かった神器だ。 これさえあれば難しい字もなんのその。(手では絶対に書けない) コンピューターをやっていて良かったと思うことに第一である。

で、これらのソフトウェアは当然毎日使う。 繰り返し使う。 これまで何回これらのソフトを使用したのか、無論計算などできないし、する必要もない。 何回使おうがソフトの価格は同じだし、減ることもない。


ところが・・・ 「1回しか使えない」ソフトが現実に存在するのだ。 そのソフトを1回使ってしまうと・・・ もう二度と使えない。 どうしても使いたければ、あらたにライセンス料を支払えということになる。

正に「Only One」である。 勿論1度しか使えないなどということは、購入前には全く知らず、購入した後でマニュアルを見て始めて知った。 或いはどこかに虫眼鏡で見なければ見えないような字で、注意書きが書いてあったのかも知れない。 いずれにせよそのアプリは一度も使わず、ぶん投げたままになっている。 引越ソフトの一つである。

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2010/8/22 | 投稿者: hal

私は青年時代の約10年間、音楽(フルート)をかなり本格的に勉強した。 当時の師は東京放送管弦楽団(NHKの専属オーケストラ)の主席奏者であった東(とうの・と読む)先生である。

この先生、実に素晴らしい師であり、今も懐かしくその小粋な風貌と話し方を思い出す。 夏の盛りのくそ熱い時期にでも、黒い背広に蝶ネクタイ、それにちょび髭という伊達姿。 「先生、暑くないのですか?」 「むむ、まあちょっと暑いかな」 ちょっとどころではない。 気温は32℃なのである。

戦争中は軍楽隊に志願して南方戦線に出陣、乗っていた輸送船が潜水艦に撃沈されて波間を漂い、ようよう岸に泳ぎ着いて九死に一生を得たという豪傑でもある。 

師のいた所はインドネシアだったそうだが、「いやあ、それほど暑くはありませんでしたよ。 日本で言えば晩春位の気候かなあ」とすましておられた。 インドネシアの気候が日本の晩春という話しはあまり聞いたことがない。 当時から暑さには強かったのだろう。

どういうものか、私は東先生に気に入られ、ご自宅の酒宴にも何度か招かれた。
当時の私は非常に純真朴訥な青年であったのである。 今の私からは想像もつかないだろうが・・・

ある時その酒宴に若い女性が招かれていた。 当時東先生が指導していた「船橋ヘルスセンター少女音楽隊」のトランペット吹きのお嬢さんである。 この船橋ヘルスセンターは、今は「ららぽーと」なる一大ショッピングモールになっているが、その頃は温泉が出たとかで、温泉とその他のアトラクションを含めた保養センターみたいなものだったようだ。 彼女はそこの少女音楽隊に所属していたのだ。

「キミはあまり女性とつき合っていないようだから、わしがいい子を紹介してやる」というわけである。 この「あまり女性とつき合っていない」青年が、普通なら枯淡の境地に達する筈の老年期に、エロゲーなど作るようになるとは、お釈迦様でもご存知あるめえ。(笑)

で、宴はてて後、「この辺はたまに痴漢など出る。さあ、君、駅まで送りなさい」 駅迄このお嬢さんと一緒にゆく。 彼女を見送ってのこのこと帰ってきた私に、「なんだ、帰ってきたのか・・・」

つまり、先生は彼女を送った後或いはその最中に、彼女とどこかへ(それがどこであり、どのような施設なのかは、純真朴訥なわしゃ知らん)しけこんで、既成事実を作るのを期待しておられたようなのだ。

先生の期待を裏切る結果になってしまったのだが、当時の私はその位純情な朴念仁であったのである。 今と全然違うな、などとつっこまないでね。

そのお嬢さんとはその後どうなったのかって? 忘れてしもた。 人柄は素直そうだったがあまり美人ではなかったような記憶がある。 のこのこ帰って来たのは、そのせいもあったのかも知れない。 あれが***ちゃんみたいな美少女ちゃんだったら・・・ その後どうなっていたのか? 今となっては知るよしもない。
(***ちゃんについては詮索無用 (笑))
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2010/8/20 | 投稿者: hal

本日弊無盧愚へコメントをいただいたとの、teacupよりのメールがありました。
大変申し訳ないことですが、そのメールをうっかり削除してしまいました。 記憶を辿って該当する箇所を調べたのですが、コメントは反映されておりません。

お手数をおかけいたしますが、覚えのある方は再度コメントを入力していただけませんでしょうか。

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2010/8/19 | 投稿者: hal

MSやグーグル、熱帯雨林の機械翻訳を読んで、大笑いしたことはないだろうか。
「ふつー」の日本語ではあり得ない主語述語の関係や、助詞の使い方の無茶苦茶さなど、人間の翻訳者がまともに訳したものより数段面白い。 但しどう憶測邪推しても、意味が不明な点が唯一の難である。

直接引用すると問題があるので、私の創作で。

「主人公はその時思い出した。 それは随分昔のことではなかったか。 天照らす神の威信がここにくだり、なるようにしかならないと思ったのだ。 それにしても季節とりどりの花々が咲き乱れる楽園の豪華絢爛さは、この世のものとも思えないほどの美しさとこうごうしさ」

これの英訳が以下。

「At that time, the hero recalled it. Wasn't it fairly things of the past?The prestige of the god who shone on the heaven descended on here, it became, and I thought no Japanese syllabaries. However, it is beautiful and divine as cannot thought that gorgeous in the paradise where various season flowers bloom all over is one of this world」

それを更に日本語に訳すと・・・

「その時、英雄は、それを思い出しました。 それでなかった、公正に、過去のもの、天国を照らした神の威信はここに下って、それはなって、私は五十音を全く考えませんでした。 しかしながら、それは美しいです、そして、そんなに豪華な考えであることができることのように天国で中様々な季節花がくまなく咲く神であることは、この世界の1つです。」


何故にhalめは五十音を全く考えないのだろう? 一体、原文の何処に「五十音」という言葉があるのだろう? これは永遠の謎だ。

まあ、わざと翻訳しにくいような文章を書いた私も、人が悪いのは確かだ。 ましてそれを日−英−日と何度も訳せば、機械翻訳でなくてもメチャクチャになるのが当たり前。

でも主語がどこか遠い所へ行ってしまうのと、助詞の使い方位はなんとかならないか。 それだけでも機械翻訳臭さは随分減ると思うのだが・・・
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2010/8/17 | 投稿者: hal

ゲームのC/Pというようなことを考えてみた。 つまり早く言えば「元が取れたか取れないか」ということだ。 プレイして面白ければ元がとれた、つまらなければ元が取れない。 そんな意味である。

あるゲームの価格を1とする。 プレイして得た「面白さ」が価格に見合えば、そのゲームのC/P(費用対効果・価値)は1である。 この場合の価格とは実際の購入価格ではなく、通常の販売価格、つまり一般的な定価を指す。 低価格製品や中古でも通常の販売価格と見なすわけである。

無論、ゲームの面白さというものは個人差が大きく、人により正反対の評価が出る場合も多い。 同じ人間でもプレイした時の状態・条件により、評価に違いが出ることもある。 だから当然このC/Pは各人固有のもので、尚かつ「その時の」ものとなる。 

もう一つ、ゲームの面白さを数値で評価することは不可能に近い。 その不可能を無理を承知で評価してしまうわけである。 よって又々当然、いい加減な或いはその時の気分による評価となるのはやむを得ない。(笑)

例を上げると、最近プレイしたゲーでは、こんな結果になった。

龍が如く1         1.2
龍が如く2         1.4
流行り神1         0.9
流行り神2         1.0
ポリスノーツPSP      1.7
風雨来記1         1.8
風雨来記2         1.8
サイレン1         1.8
サイレン2         1.7
夢想灯籠         0.6
おおかみかくし      1.6
逆転検事         1.1
ガンパレードマーチ    1.8
ガンパレードオーケストラ 1.5

所詮お遊びです。 あまり深く考えられないよう・・・

それと、「じゃあ、お前の所はどうなんだ?」というツッコミはなしでね。

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2010/8/15 | 投稿者: hal

日本郵便のレターパックは書留速達扱いということになっている。 通常の郵便物より優先して集荷・配達される。(郵便局談・当社比)

しかし・・・
朝の10時に投函したレターパック(マスターディスク)を夕方の5時過ぎに追跡しても、結果が反映されないというトロさ。 到着した後にようやく反映されるのではないか、と疑いたくなく位だ。 しかも日本郵便のコールセンターに連絡すると、その調査には時間がかかり、すぐはお答えできないという。

ヤマトや佐川では到底ありえないお役所仕事ぶりである。

ハードというべき配送の時間そのものは、クロネコとほぼ同じかむしろ速い位なのだが、ソフトにあたる追跡調査などが全く弱いのだ。 このあたりをなんとかしないと、生き馬の目を抜くような民間業者と渡り合うのは難しかろう。

もっとも、又MSの、いや元のお役所に戻るらしいから、そんな面倒で手間のかかることを考える必要もないか。
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2010/8/13 | 投稿者: hal

「ふぇいばりっと Sweet!」本日マスターアップしました。 体験版2・ムービーと併せて、三大シンクロ公開! 

体験版2は従来の体験版に沿ったものだが、新しい要素も取り込んでいるので、是非ご一覧を!

ムービーは豪壮華麗な力作。 作者の*むさんからはあまり名前を出さないで欲しいと言われた。 名前でなく内容で判断して欲しいとのことなのだ。

http://www.lostscript.jp/  

「ふぇいばりっと Sweet!」幸塚家私設警備隊 ツイッター公開中
幸塚家の当主ステラちゃんと警備隊長水上アイリの掛け合いです。 アイリは一件強面ですが、実は大変可愛い女のなんですよ。

作者は*取*馬

http://twitter.com/favorite_sweet
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2010/8/11 | 投稿者: hal

「ふぇいばりっと Sweet!」パブ用ムービー2種類発表。 これで販促系は後テレカ彩色のみ。 マスターアップも目前。 なんとかこぎ着けた・・・

それにしても本数はどうなるのだろうか。 この所年々本数情報が入るのが遅くなって来ている。 この業界、益々バクチの可能性が高くなってきているのだ。恐ろしい世界ではある。 古来バクチに凝る者は長生きしないと相場が決まっている。 だから私も・・・(笑)

最近ドリップコーヒーにはまっている。 今日はキリマンジャロ、明日はブルーマウンテン・・・ やはり香りと飲んだ後の余韻がまるで違う。 舌だけでなく口全体にあまーい余韻が残るのだ。 

やはり旨いものは旨いのう・・・
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2010/8/10 | 投稿者: hal

ゲーム制作では、いかにすべきか判断に苦しむ時が、多々ある。 

最終的に何本の製品を製造するかという問題は、その中でも最も決定が困難で且つ最もリスクの多い問題である。 多く作りすぎれば売れ残って損が出る。 少なすぎればお店に商品が行き渡らず商機を逸する。 

理想としては、最終的な発注本数に対して過不足なく丁度の本数が良いのだが、そんな魔術みたいなことができる人はこの世にいない。 大体は、この位か?という数字より若干多めに製造する場合が多い。 若干多めなのは、欲というか夢というか、そんなもんのためでありんす。

それはともかくとして、最も困るのが製造物の発注締切日時の問題だ。

ゲームのパッケージ(製品そのもの)には随分と色々なものが必要なのである。 ゲーム本体(DVD)は当然だが、その他にパッケージ(この場合は外側の紙の箱)やDVDのケース、マニュアルやアンケート・登録のハガキ、おまけ類と箱の中での移動を防ぐセパレーターなど、様々なものを作らなければならない。

この内最も時間がかかるのがおまけ類で、早い場合には発売の数ヵ月前から準備と発注をしなければならない。 数ヵ月も前にこの製品が何本売れるかなど、神さまでもわかるわけがない。 見越し発車の代表みたいなものだ。

又、部材と呼ばれるパッケージやジャケット類はDVD本体より締切が早いのが普通である。 

というわけで、業者さんには何度も交渉してギリギリ迄締切を延ばして貰うのだが、それも限度がある。 「これ以上延びるとこちらでは責任を持てませんよ」などと言われたりする。

しかも最近は数年前に比べて、本数決定の為の情報が入るのが遅れる傾向が強い。 30日が発売日と仮定すると、その数日前に納品、逆算して**日が本数決定のリミットとなる。 ところがその**日には、製造本数決定の為の確定的情報は無いに等しい状態。 

つまり製造本数の決定は、早く言えば推測(正確に言えば想像、もっと言えば妄想(笑))によるものとなる。

おおよそどの業種でも、このような状態だからこの製品は**個売れる、という予測により製造個数を決定する。 しかしゲームでは、発注の時点では予測不可能なので、妄想により製造本数を決定するというファルスであります。 こんな恐ろしい業界に就職したいという人がいることが、私には信じられない。

といいつつ、本日は秋葉原同行営業であります。 今朝方完成したパブ用ムービー持参。 さてどうなることやら・・・
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2010/8/8 | 投稿者: hal

MSのサポート体制について

常々マイクロソフトのサポート体制には強い疑問を感じている。

例えば、何かのWindows Updateを行うと、それまで順調に動いていたマシンが妙な動作をすることがある。 最近の例を上げると以下のような現象が発生した。 

「マイ コンピューター」や「コンピューターの管理」で、どれかのドライブを反転表示させてから右クリックしてメニューを開き、「プロパティ」をクリックすると、メモリリードエラーが発生し、そのまま終了してしまう。

このような現象はこれまで一度も起こらず、直前にWindows Updateを行ってから発生するようになった。 つまりはWindows Updateによるシステムファイルの更新がその原因である可能性が非常に高い。 残念ながらそのWindows Updateがどのような更新をしたのかは、メモしておかなかったので不明である。

このような現象に対して、マイクロソフト(以下MSと略記)がどのように対応しているかというと、

1 WEB上で技術情報を検索する (要は自分でやれ(^^;ということ)
2 MSが提供するBBS「答えてねっと」でユーザーによる情報交換
(これも同様 自分でやれ(^^; )
3 電子メール又は電話で問い合わせる

などの方法がある。 ところが最も簡便(と私には思える)メールで問い合わせようとすると、以下のようなメッセージが表示される。

(注 これはだいぶ前のことなので、現在はフォーマットが変わっているかも知れない)
-----------------------------------------------------
電子メール サポート
受付完了までの所要時間: 3 営業日以内

この製品のサポートをご利用になるには、プロフェッショナル契約、アドバイザリー サービス、またはソフトウェア アシュアランスが必要になります。

(ここで「電子メールでお問い合わせを開始」を選択すると)
サポート オプションの選択
このお問い合わせに使用するサポート オプションを選択してください。
ソフトウェア アシュアランス : サーバーのみ (SA ID が必要)

プロフェッショナル サポート契約またはアドバイザリー サービス (契約番号が必要)
-----------------------------------------------------
となる。 つまりはMSとサポート契約をした特定の企業以外の一般ユーザーは、メールによる問い合わせすらできない!ということなのだ。


では電話による問い合わせはというと、

-----------------------------------------------------
電話サポート
待ち時間: 混雑状況により変動
営業時間
無償サポート: 3件まで、電子メールまたは電話にてお問い合わせ頂けます。
※上記件数は、電子メール サポートと電話サポートで共通です。

追加のご質問は、1 件 4,200 円 [税込](プログラミング・その他、高度な質問は 28,000 円 [税抜])にて、または、お持ちの有償契約を利用してお問い合わせください
-----------------------------------------------------
ということなのだが、この電話まず絶対といっていいほど繋がらない。(笑)


操作の仕方がわからないから教えて、という質問が有料というのはまだわかる。

しかし自分の所の製品の不具合をレポートするのに、そのサポートに金を取るとはどういうことか。 しかも一件当り4200円という、廉価版ソフトが2本買えてお釣りがくるという、結構なお値段である。


メールで問い合わせはできない、電話は繋がらない、となれば、「MSは(一般ユーザーに対しては)サポートしません」というのと同じではないか。


「お問い合わせ窓口Q&A」というQ&A集がある。 その中に
-----------------------------------------------------
Q 製品の不具合の場合にもサポートは有償となりますか。

A 製品の不具合といった場合には請求はいたしませんが、まずは有償サポートのご契約をいただきます。
その後、エンジニア対応させていただく中で製品の不具合かどうかを正式に判断させていただきますので、あらかじめご了承ください。
-----------------------------------------------------
とある。 つまり、MS製品の不具合をレポートするためだけでさえ、有償サポート契約をしなければならない、ということらしい。 要は「MS製品の不具合でさえ、無償サポートはしない」ということだ。


ナベツネかエムエスか、なんとも恐ろしい会社である。 しかも、これらに対して抗議をしたくても、一般ユーザーにはこれに反論することすらできない。 上記MSのQ&A集には、「クレーム専用の窓口を教えてください」という項目がある。 これを選択するとどうなるか?

「お手数ですが、マイクロソフト ヘルプデスクのフィードバック フォームからお送りください。」という答えが返ってくる。 それを選択すると、
-----------------------------------------------------
こちらのフォームでは、下記について、お客様からのご意見やご要望、お問合せを承っております。

マイクロソフト製品のご購入に関するご相談
マイクロソフトウエブサイトに対するご意見・ご要望
マイクロソフトに対するご意見・ご要望
マイクロソフトの個人情報に関するお問合
-----------------------------------------------------
ということである。 ここにたどり着くまでには、サイトの中をかけめぐり、かなりの時間をかけてあちこちを探し回らなければならない。 しかも、この「下記について」に書いてある事項は、クレームではなく、アンケートではないか。 勿論MSからのレスポンスは全く期待できないし、ここに書き込むことによって、障害の解消を期待することなどは慮外の沙汰である。


一つ仮定の例をあげよう。

あるメーカーの自動車になんらかの欠陥があるとする。 その会社に対して欠陥の問い合わせをする場合、「有償サポート契約をしなければ、その欠陥に対するレポートさえ受け付けません」、と言われたら、その車のユーザーはどうするか?

普通のユーザーは次の車検の時、ほぼ100%他社の車に乗り換える。 気の短いユーザーなら、直ちにその車を売り飛ばして他社の車を購入するだろう。 そしてそのメーカーの本社に怒鳴り込むか、場合によっては、訴訟に踏み切るユーザーもいるかも知れない。 これがごく普通の反応であり、常識というものだ。


ところが、コンピューターの世界ではこの常識は通用しないらしい。 なにせ、いくら乗り換えたくても乗り換える車が存在しないのだ。 Linuxが普及し始めたとはいえ、現在Windows上で使用しているアプリケーションを、そのまま使用できる、という環境は未だ存在しない。 勿論Macもトロンも同様だ。

ユーザーにとって、これまで蓄積したデータを、継承して使用できないOSは、選択肢の中には入らない。 結局不満を持ちながらも、MSのOSを使用し続ける以外に方法はないのである。


このように、OSのような基本中の基本ソフトウェアに、全く他の選択肢がないというのは、ユーザーにとって非常に重大な損失である。 損失というより、重大な欠陥である。


まことに残念ながら、以上のような状態を解決できる方法は、現在何一つ存在しない。 唯一できるのは、MSに対して、情報のフィードバックを出来る限り行わないという、対抗手段(というよりいやがらせ(笑))位しかない。

と、いいつつも、腹立ちのあまりついついMSの「マイクロソフト ヘルプデスクのフィードバック フォーム 」に書き込んでしまった。(笑) 無論レスポンスなどは期待していないが・・・


と書いたらMSからレスがあった。 しかし、単にサポート担当ページの紹介という、毒にも薬にもならぬもので、肝心の「不具合のレポートをするだけにも有償契約が必要」、という部分に対しては、全く触れられていなかった。  まあ、最初から期待はしていなかったが…

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2010/8/6 | 投稿者: hal


★地の塩・世の光 脇坂先生の思い出

地の塩という言葉がある。 聖書のマタイ伝第5章から来た言葉で、要は、地にある塩のごとく人知れず世の腐敗を防ぎ、人知れず他人の役に立つ、又そのような人物、という意味であろう。

ベルナノスというフランスのカトリック作家は、「イエスは地の塩とは言ったが決して世の蜜とは言っていない」と書いたそうだ。

この言葉の意味は、この世にあるということは、又他人の役に立つということは、蜜のごとく甘いものではなく、塩のごとく苦く辛いものである、ということのようだ。
誰しも世俗的な成功と甘く楽しい生活を望む。 お金を儲けて大邸宅を建て、うまいものを食い、名誉と社会的名声に包まれて過ごしたい。 これは世の蜜である。

しかし、この蜜に背を向けて、あえて辛く苦い地の塩となった人もいる。 残念ながらそのような人はごく少数であり、私自身が直接関わった人となると更に少ない。

私が今過去を振り返ってみても、満幅の愛情と敬意を持って回想する人物の数は、片手の指でも余ってしまうほどだ。

小学校の時の若い女性の先生、青年期に出会ったかかりつけの医師、さて、後は・・・といった具合である。

このような人々は、その人と直接関わっている当時は、その偉大さが理解できないもののようだ。 もっともこれは、単にその当時の私にはその偉大さを理解するだけの精神的資質がなかった、ということだけかも知れないが。

脇坂先生は、私が20代から30代にかけて色々とお世話になった医師である。 名医とは言えないかも知れないが、間違いなく最高の良医である。 元々家は開業医であり、当時90歳のお父上もたまに診療していた。 私も注射などしていただき、脇坂先生には「君は90の医者に注射してもらった珍しい患者だよ」とジョークを言われた。

当時は高度成長時代の終わり頃であり、「医は算術」などと言われ始めて金銭目当ての派手な医院が続々と開業していた。 美麗な待合室・診察室に美人の看護婦を揃え、当のお医者はどう見ても金儲けだけが得意な商人としか見えない。 そんな医師が増えていた時代なのだ。

しかし脇坂医院はその種の医院とは全く別の存在で、玄関に続いた狭苦しい待合室とも言えぬスペースと、その奥にあるどう好意的に見ても美麗とはいいがたい診察室。 そこにはでっかいトラネコ!がどでっと横になっている。

患者さんの負担は極力減らすという趣旨で、製薬会社のプロパーなどは相手にせず、自分でごりごりと乳鉢を使って薬を調合する、という当時でさえ非常に珍しいシステムだった。 勿論診療料金は信じられない位安かった。

私が肋膜炎になった時は、30キロ近い携帯用レントゲンを担いで毎日往診にきて下さった。 病気の治療だけではなく、地域社会への奉仕を常に念頭に置いていて、私に対しても「病気以外のことでも、気になること困ったことは何でも相談しなさい」といつも言っていただいた。

先生の最後は正に武士の討ち死にともいうべきもので、入院した患者に付き添って病院に行き、そこで心筋梗塞で倒れて急死されたのだ。 人生の最後の最後迄患者のために尽くし続けて亡くなられたのである。

大病院の名医と呼ばれる医師でも、患者にとっては必ずしも尊敬できる医師とは限らないというのは、私自身母の入院などで身にしみて体験している。 このような医師は技術と知識は優れていても、人を人として見ず単なる治療対象の物体としか見ていなのだろう。

脇坂先生はそれとは全く正反対の、人を人として扱うまれに見る良医であったと思う。

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2010/8/4 | 投稿者: hal

この無盧愚には時々「業界裏話」というようなものを書くことがある。 
どのような業界でも「裏話」というものは存在するが、当然ゲーム業界にもそれはある。 しかしながら「裏」というからには、これまた当然だが「表」には出せない種類のお話しである。 無理に表に出せば、村八分どころか火あぶり逆さ吊り鋸引きのお仕置きが待っている。

というわけで本当の「裏」は書けない。 でも「裏に近い」お話しなら、なんとか書けそうだ。 で、時々裏話めいたものを書いている。 内容については、伏せ字にしたり曖昧な表現にしたりはするが、少なくとも嘘は書いていない。 誇張はするが・・・

*ちゃんあたりに書かれる暴露的内容の書込は、内部の人間からみるととんでもなく的外れなものが多く、一目で脳内ナントカの類とわかるものが大半だ。 しかし、たまにだが「これは内部の事情を知っているな」と思われる書込がある。 それらは恐らくは内部の人間による書込と思われる。 この種の書込は、それを書いた人間を特定しやすい場合が多い。 これを知っているのは、あの人とあの人とあの人、という具合に、限定されるからである。

注 私は*ちゃんは読んではいても、書込をしたことは一度もありません。 これからもありません。

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