2010/1/31 | 投稿者: hal

映画「2001年宇宙の旅」は史上最高の映画である、と私は今でも信じている。 テーマは「生物と超越的存在」、或いは「知性とその知性を遙かに上回る超知性との関わり」とでも言えばいいのだろうか。 クラークの小説で言えば「幼年時代の終わり」ともかぶってくる内容だ。

クラークの小説版もSF史上希に見る大傑作で、映画と小説が共に傑作というのは滅多にない。 殆どの場合、小説の映画化はあまり芳しくない出来になるし、ノベライズとなれば駄作とほぼ相場が決まっている。

もっともこの「2001年宇宙の旅」は、小説の映画化でもなく、映画のノベライズでもないという特異なケースである。 映画(のシナリオ)と小説は同時進行に近く、キューブリックとクラークがシナリオについて議論を交わした後に、それに基づいてクラークは小説の進める(但し議論の通りではなく)という状態が続いたそうだ。(「失われた宇宙の旅2001」より)

この映画、解釈が多様にある、というか「なんだかよーわからん」という所が多い。 代表的なものは、モノリスに飛び込んだ後の数十分。 光の氾濫洪水に続いて中世的?な部屋が出現する。 振り返るとポッドがある。 そしてラストシーンは地球の俯瞰と空に浮かぶスターチャイルド。 ??? なんなんだこれは・・・

Halのもとい(私は反乱などしないぞ)、HALの反乱にしても映画では結局論理的な理由は示されないままだ。 その他首を捻る所は多々ある。 その点、小説では(全てではないが)、論理的な説明と解釈がなされていて、大分わかりやすくなっている。 このあたりは、小説の発表が映画の後ということも関係しているのかも知れない。

この映画のテーマは、一般的には「人類の進化と地球外生命の関係」などとされている。 しかし私には、少なくともクラークには「神の存在」という意識が強かったのではないかと思われる。 「幼年時代の終わり」とかぶる内容と書いたのも、そのためである。 「神」と書いて語弊があれば、「超超越的存在」としてもよい。 人類には永遠に手が届かぬ、超知性体との関わり。 そのようなものを感じるのだ。

キューブリック或いはタルコフスキーが、もし「幼年時代の終わり」を映画化したら、さぞ凄い映画になっていただろうと想像する。 だがキューブリックもクラークも既に彼岸へ行ってしまっている。 残念である。

ところでここ迄は、実は前振りなのだ。 

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2010/1/28 | 投稿者: Hal


がんは「におい」でわかる?

(日経新聞広告より)

ほんまか?(笑)

「がんのにおい分子がつきとめられた」とある。 ひとかぎすれば、たちどころにがんの有無がわかる。 探知率100%! と、がん探知犬「マリーン」君(黒ラブ・年齢性別不詳)は断言している。

確かにがん患者には特有のにおいがあるようだが、それをかなり早期に、しかも他の原因によるにおいとは峻別して探知できるものか? 犬の嗅覚は人間の数十万倍と言われているから、あながちデマとばかりは言えないが、さて?

これがほんとなら、時間や費用のかかるめんどうな検査もいらないし楽でいい。 かわいいわんこのお相手をしていれば、それが即がんの検査。

これがほんとの「がんけん」だ。(´・ω・)⊃


全く関係なく脈絡もなく、唐突に宣伝

弊社ブランドろすくりの紹介記事が、真実以外に何ものも書かず、真実以外は何ものも読まない、権威(トワライ)ある「アンサイクロペディア」に掲載されました。

http://ja.uncyclopedia.info/wiki/Lost_Script

この記事が真実以外の全てを書き、真実以外のなにものかも書いていることは、このわたくしが役にも立たぬ保証をいたします。
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2010/1/25 | 投稿者: hal


最近は秋葉原へ行く頻度がめっきり減ってしまった。 一月に一度行くか行かないかという有様である。 勿論ゲームの発売日前後にはせっせと営業に回るが、それ以外では中々足が向かない。

秋葉へ行く頻度が最も高かったのは、700年代の後半から90年代半ばにかけてだったと思う。 88・98の時代である。 この頃は毎日のように秋葉原へ出かけていた。 特に買うものがあるわけでもなく、なんとなく秋葉の街を歩くだけだが、それでも何かが起こりそうな、何かがありそうな気配を感じていたのだ。 実際には何も起こらないし、起こる筈もなかったのだが・・・

その頃の仲間は、「パソコンネット」なる今はもう存在しないメディアの連中だったが、中には秋葉原への定期券を購入している猛者もいた。 当時のわくわくと高揚した気分は、今はもう味わえない。


始めて秋葉原へ行ったのは、昭和30年(1955年)頃ではなかったか。 当時私はラジオ少年(今は当然死語である)だったので、聖地秋葉原へ巡礼に出かけたわけだ。 私の家は秋葉原から歩いて15分足らずの所にあったので、歩いて通ったのだ。

当時はラジオデパートなどのジャンク屋以外のいわゆる「お店」は、「素人さんお断り」の問屋さんばかりだった。 無論家電量販店などというものは皆無で、メイド喫茶など夢の夢。 少しばかりくすんだ色の、高からぬビルが軒を連ねた、あまり見栄えのしない町並みだった。 「電気街」などという言葉も、その頃は未だ存在しなかった。

何時だったのかは忘れてしまったが、秋葉のジャンク屋(ラジデパだったかストアだったか)で大きな火事があり、何人か死人が出たことがあった。 その数日後にジャンク屋に行ったら、営業は再開していたものの、ショップの壁や階段回りが真っ黒に焦げたままであり、焦げ臭い臭いまで漂って異様な感じを受けたことを覚えている。

それが何時の頃か問屋さんが小売りもするようになり、あれよあれよという間に「電気の街」、「安売りの街」として(一部には)知られるようになった。 それが何時の頃なのか記憶は判然としない。 恐らくは60年代から70年代初めにかけてではないかと思う。 私が足繁く秋葉へ通うようになったのは、その頃からだった。

大型の量販店やそれより大分小さい趣味的な店舗が続々と開店し、表通りのビル、裏通りの小さなショップという図式が確立したのもこの頃ではないか。 それ以前からもジャンク屋はあったが、ジャンクではない普通の、それも高級な製品を扱う店が増えたのも、人を秋葉へ引き寄せる原因になったと思われる。

その後は多くの方々が知るとおりの秋葉原となっていった。 ジャンク屋の街から無線やオーディオショップの街へ、更にはパソコンの街へと、秋葉は変遷を繰り返す。
今や秋葉はパソコンの街ですらなく、巨大なエンタメの街へと変わってしまった。 街を行く人々も、遙か昔の商人から無線・オーディオのマニア、パソコンオタクと移り変わり、今やオタクどもを端へ押しのけて幼児を連れた家族が幅をきかす時代である。

70年代・80年代は幼児どころか女性さえ皆無に近かったのに、現在は街を歩く人の半分位は女性(それも若い女性!)である。 感無量・・・

今となって思うと、私に取って秋葉が一番楽しかった時代は、70年代後半から80年代ではなかったかと思われる。 無線やパソコン通信の仲間と肩を聳やかして練り歩く秋葉の街。 ジャンク屋を冷やかして親父と喧嘩したあの日。 郷愁の日々である。
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2010/1/22 | 投稿者: Hal

文明の利器と言われるものがある。

実際に使って非常に有り難いものから、カッコだけで全く実用に適さないものまで様々だが、私にとっての最大の「文明の利器」はPCである。 

この全く実用性のない、世のため人のためにはまるで役に立たないブログを書くのにも、会社の帳簿をつけるのにも、クリエーターさんと連絡するのにも、全てこのパソコンを使用している。

なにより、そのPC上で動くゲームでメシを食っているのだから、あだやおろそかにはできない。 PCがなくなればたちまち飢餓状態となり、最後にはミイラになってしまう。 文字通り「これがなければ死ぬ」のである。 

で、私のPCは厳かに且つ恭しく神棚に載せてあり、毎朝お線香を上げその前で手を合わせている。


実用性の低いものの代表格が、「オール電化」とかいうキャッチフレーズの台所で、200Vの電気コンロというものがついている。 これが「清潔・安全・高効率」といううたい文句とは裏腹に、役に立たないしろものなのだ。

「理論的には」200Vのものはガスコンロと同等以上の火力がある、とマニュアルには書かれている。 しかし・・・ 現実にはコーヒー用のお湯ひとつ湧かすにもえらい時間がかかる。 蕎麦を茹でたり炒め物をしたりするとなると、火力不足の為に時間がかかり過ぎ、まずくて食えない蕎麦やもやし炒めができていまう。 カセットガスの方が遙かに火力が強くて使いやすいのだ。

これではとても「文明の利器」などと言えるものではない。 せいぜい「文明の鈍器」或いは「文明の豚児」というところだ。

前のマンションでも、エアコンの配置が悪かったせいか頭上ばかり暑くなり、足下が寒くてしょうがない、ということがあった。 設計者によれば、「理論的には」このエアコンには十分なカロリーがあるということだったが、現実に寒いものは寒い。 結局ガスのファンヒーターを使うことになったが、この方が遙かに暖かくランニングコストも安かった。

「理論的には」とか「文明の・・・」とかいうキャッチは、実際の生活には鬼門のようだ。

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2010/1/19 | 投稿者: hal

だいぶ前に「空想と現実の狭間は埋まるか?」と書いたが、その狭間は確実に埋まりつつあるようだ。 日経新聞に紹介されたパワードスーツは、医療用として既に試作品を医療団体などに貸し出しているそうだ。

このパワードスーツ、ハインラインらが考えた、筋肉の動きを単純に増幅するサーボ方式ではない。 なんと脳内の電気信号が伝わった皮膚の表面の電位差を、スーツのセンサーで関知し、同時にスーツをモーターで動かすという、「人の考えを読む」パワードスーツなのである。

宇宙の戦士での想定年代はいつだったか失念したが、22世紀か23世紀あたりではなかったか? それより遙か前にパワードスーツは実現してしまったのだ。 

これを作ったメーカーの名前はサイバーダイン社。 あのターミネーター様を製作した会社だ。 というのは無論嘘で、それは映画の中だけの話し。 実際には、筑波大学大学院の山海嘉之教授とその研究室の研究成果を、広く世の中に紹介するために作られた会社なのである。

http://www.cyberdyne.jp/

しかし、いかにもかっこエエ名前ですな。 どこかのエロゲーに出てきそうな会社名だ。 (すんません。 筑波大発のベンチャー様をつかまえて、エロゲーの・・・ 以下略)

しかもこのパワードスーツの名前がまたいい。 
良く聞け、皆の衆。 このスーツの名前は畏れ多くも「俺様」だ。 

つまり・・・

「Hal」様なのだ。 

http://www.cyberdyne.jp/robotsuithal/index.html
我が勇姿を見よ!

これが書きたくてつまらぬ文を長々と書いてしまった。

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2010/1/16 | 投稿者: Hal


中井拓志「レフトハンド」門川書店刊

1997年の刊行だからもう12年も前の作品である。 最近ふともう一度読みたくてたまらなくなり、熱帯雨林の中古で購入した。 今回読み直して改めてこれは凄い作品だと思う。

とある外資系の製薬会社の研究所で、バイオハザードが発生する。 致死性のウイルスが外部に漏れだしたのだ。 まずそのウイルスによる症状が凄い。 なんと人間の左腕が肥大し、最後には心臓が左腕に移行して体幹から離脱する。 勿論残された人間の本体の方は死んでしまうが、左腕レフトハンドは自立して生存する。

この発想自体が凄まじいが、登場する人物が全てハチャメチャな人間ばかり。 厚生省の調査官はレフトハンドの観察に狂奔するのみで、被害の拡大防止などは眼中にない。 ワクチンのお陰で辛うじて防疫服なしで汚染空間で生存できる研究者は、典型的なマッドサイエンティスト。 何を考えているのか、研究用の人間を欲しがるだけで他のことにはまるで無関心だ。

厚生省の調査官はこのレフトハンドにカンブリア紀の復活を見るが、他の人々は一笑するのみ。 その他の人物もどうにも止まらないへんてこりんな人々ばかりで、これらの連中がどす黒いドタバタ劇を繰り広げる。 

この小説、一言で言えば映画のB級スプラッターコメディの感触だ。 
戦慄と狂笑が交錯する中で進行するこの作品は、第4回日本ホラー小説大賞の長編賞を受賞している。 尚、この時の大賞は貴志祐介「黒い家」である。

この怪作を未だ読んでいない食わず嫌いの方は、即中古で探すべし。

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2010/1/13 | 投稿者: hal


貴志祐介「新世界より」講談社刊

久方ぶりの快作国産SFである。 日本人作家のSFは繊細ではあっても小ぶりな感があったが、これは何年かぶりの骨太な巨篇だ。 日本SF大賞その他の賞を総なめにしたのも当然だろう。 千ページになんなんとする大作を、一気に読み終えてしまった。

内容は、地球の長い午後+アドバード+スパイダーワールド+ビルドゥングスロマンといったものだが、文章も読みやすく、めりはりと起伏のあるストーリーで大作の割には読破に支障を感じない。

およそ千年後の地球・日本。 人類は無限の力とも言える念動力を手に入れたが、その割りには小さな集落ごとに細々と暮らしている。 その一つに住む少年少女達は、ふとしたきっかけで禁断の地への冒険旅行を試みる。 

そしてその途中、人類の禁断の歴史を垣間見ることとなる。 次第にあらわになる、現在の平穏さと対極にある血塗られた人類の歴史。 

現代より僅か千年しかたたないのに、途轍も無く野放図な突然変異により、変わり果てた生態系。 ネズミから進化した人語を解する大きなバケネズミは、チンパンジーより遙かに高い知能を持ち、人間の奴隷として使役されている。

旅の途中でバケネズミと関わることになった、ヒロイン達の平穏で安寧な日常は、いつしか戦慄的な異界へと変わって行く。

一言で言って傑作である。
未読の方は即刻本屋へ走るべし!(笑)

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2010/1/10 | 投稿者: Hal


インフォームド・コンセントなる言葉がある。

医師が患者に対して、治療の効果や危険性など、その内容について充分に説明することをいう。 日本では比較的最近まで、このインフォームド・コンセントは不十分或いは全く行われなかった。 患者は医師の治療行為を、事前の説明なしで一方的に受け入れるしかなかったのだ。

ところが最近は大分事情が変わった。 かかりつけの医院でも、この治療はこれこれのため、この薬はこういう薬と、詳しく説明してくれる。 同じ治療行為であっても、「何故そうするのか」を知っているのといないのとでは、患者の安心感が全く異なる。 よって大変良いことだと思う。

しかし、これが医師の側にとってはかなりな重圧になるらしい。 ある記事でインフォームド・コンセントに追われて疲れ果てたという、医師の言葉が紹介されていた。

これには微妙な違和感を感じた。 インフォームド・コンセントは患者にとって全てではないにせよ、非常に重要な意義を持つ。 医療とは損傷した部位を物理的に補修するという、ことだけではない。 結果だけが全てではないのだ。 医療行為の中で、心理面のケアは非常に大きなパーセンテージをしめるものだと思う。 ある意味最も重要な要素と言ってもよい。

まあ、モンスター患者とかいうのもあるそうだから、それらに関わる医師の心労もわからないではない。 医師という仕事自体が、人間の生命を預かる大変な激務であり、しかも勤務医が減少するという現代の状況では、尚更厳しいものになっているのも理解できる。

とはいえ、まともな患者に取っては、インフォームド・コンセントは最近の医療の傾向の中で最も有り難いものの一つということは、医師側にも知っていただきたいことだ。


これは弁護士さんの場合にも該当する。 世の中には色々な弁護士の先生がいて、中には非常に腕は良いが、「これとこれをしなさい」というだけで、「そのように行動する理由」を全く話してくれない先生もいる。 素人は四の五の言わず専門家にまかせておけ、といわれればそれまでだが、それではインフォームド・コンセント導入以前の医療現場ではないか。

医療も法律も素人には理解しがたい世界である。 だからこそ「何故そうするのか」ということが理解できれば、患者・依頼者は安心してまかせることができるのだ。

「この場合にはabcの3つの対処法があり、aはこれこれ、cはこれこれだから、bが最も良い」と説明してくれれば、依頼者としても「それならbでお願いします」と安心して任せることができる。

幸いなことに、弊社の顧問弁護士さんは、随分昔の未だ法律事務所を起てる以前から、そのように詳細な説明をしてくれる先生だった。 だからこちらとしても、余計な取り越し苦労をせずに安んじてお願いすることができた。

しかし残念ながら、法律の世界では医療の場合と違い、未だこのインフォームド・コンセントが確立されてはいないようだ。 

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2010/1/7 | 投稿者: hal


先日ジョギングスタイルで両手にスーパーの袋を提げて歩いていたら、前方から来る女性達が大きくスペースをあけて道を譲ってくれる。

(ふむふむ、敬老の精神に富んだお女性たちである。 よか〜)と思っていたが・・・

考えてみるとこの日だけではなく、暫く前からこのような状況が時々あったことに気がついた。 しかも道を譲ってくれるのは主として女性であり、屈強な男どもはその限りではない。 それに、私以上に老人っぽい人たちにも、あんなに大きく道を空けてはいないようだ。 

私は歳は取ってもお船をこぐ時は、もとい道を歩く時は、いわゆる老人的姿勢ではない。 腰も曲がっていないし背もしっかり伸ばしてスタスタと早足で歩く。 見た目はまずまず若い方だと自認している。(ジブンダケデ)

はて? 

と首を捻ることしばし・・・ はたと気がついた。 

あれは・・・ 年寄りだから道を譲ったのではないということに。

私のジョギングなどの時のスタイルは、よれよれのトレーニングパンツにしおたれたタートルネックシャツ、その上に穴のあいたウインドブレーカー。 

鏡に映してみるとリッパなホームレスだ。 上から見ても下から見てもホームレスだ。 前から見ても後ろから見てもホームレスだ。

つまり、あのお女性達は

(あら、前方から怪しげなホームレスがやってくるわ。 どっから見てもホームレス以外の何ものでもないわよね。 関わりにならないよう、避けなくちゃ)

ということで道の端によって難を逃れていたのだ。

うぅ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

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2010/1/4 | 投稿者: Hal


侘びしくほの暗く暮れゆく新年の夕べ、ふと西谷祥子という漫画家のことを思い出した。

昔々の大昔、漫画を読んでいた頃はちばてつやや石森章太郎、望月三起也など耽読していたのだが、それがいつの頃からか漫画を読まなくなっていた。 理由はしごく単純で、漫画単行本の吹き出しの文字が小さく、読みづらくなったからだ。 DSをプレイしなくなったのと同じ理由ですな。

現在とは異なり、当時は大人が漫画、特に少女漫画を読むことには相当な抵抗感があり、書店で漫画を購入する時には大いに恥ずかしかったことを覚えている。

その頃の記憶のひとつに西谷祥子の漫画がある。

「りんごの並木道」、「マリールー」に続く「レモンとサクランボ」は、清新でビビッドな感触と、自身の学園生活を元にしたリアルな描写とストーリーとで、それまで読んだ少女漫画とは一線を画していた。 その後の「花びら日記」や「奈々子の青春」などでも、少年少女の微妙に揺れ動く心理描写の精緻さなどに惚れ込んだことも、記憶に残っている。

当時(19060年代)の少女漫画は、牧美也子や水野英子、わたなべまさこなどの全盛時代だった。 良く言えば夢のある、悪く言えば浮世離れしたお話しが多かったと記憶している。(水野英子は大分異なるが) その分西谷祥子のリアルな学生生活と少年少女達の描写は、非常に新鮮で魅力的であった。 

当時の西谷祥子は、私の中では清新な新進というイメージであり、現在「少女漫画の巨匠」などという表現が使われていると、かなりな違和感がある。

ご本人はちょっとばかり変わった方のようで、上京して漫画家修業をする前には、1年かけて美容師の資格を取ったとか。 用意周到というか忍耐強い、或いは意志が強いというべきなのか。 普通なら漫画家になるため東京へ出るとなれば、それだけで舞い上がってしまい、取るものもとりあえず飛び出して行く筈。 それを1年かけて生活のための資格を取ってからというのは、簡単そうに見えて実は凄いことだと思う。

しかも漫画家をやめてからは大学へ入る。 それも文学部日本文学科などならともかく、法学部法律学科である。 現在でも法学部の女子学生はそれ程多くないようで、まして当時は希だったのではないか。 このあたりの堅実さ質実剛健さと、初々しい少年少女達の描写とは、大分隔絶感がある。

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2010/1/1 | 投稿者: hal


あけましておめでとうございます。

年明け早々、又々唐突且つ脈絡もなくクイズです。 

本年2010年は何の年でしょうか?

1 Hal生誕20年の年
2 ろすくり売上げ総本数500万本の年
3 トラぬたぬきの皮算用の年


正しい(カモシレナイ)答の一例:
1 サバ読むな、このジジイ
2 一字だけ多い。 「万」を抜けばほぼ正しい
3 これだけは間違いない








いえいえ、正解は・・・

4 です。

何? 答4なんてどこにも書いてないじゃないかって?

なら今ここに書きます。

4 ふぇいばりっと Sweet! 発売の年

本年が良い年でありますように・・・

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