2009/7/30 | 投稿者: Hal

もう大分前からだが、床ずれに悩まされている。 床ずれといえば普通はお尻や背中で、寝たきり老人などの症状であるが、私のは「手のひらの床ずれ」という珍しいものである。

十数年前あたりからだったろうか。 キーを打っていてふと気がついたら、手のひらの付け根、掌底といわれる部分に違和感がある。 痒いような痛いような熱いような、なんとも不思議な感覚である。 しかも時間が経つにつれて、痺れるような焼け付くような感覚が強まり、どうにも我慢できなくなった。

当時私はキーボードの手前にパームレストを置き、そこに手のひらの付け根の部分を置いていた。 手全体を浮かせたままだと肩が凝るからである。

80年頃からキーボードを打ち始めて当時で既に十数年、その間ずっとそのスタイルだったのだ。 一日10時間は掌底がパームレストに押しつけられている。 元々手の付け根はお尻と違い(;´Д`)、そんなに長い間何かに触れているようにはなっていない。

つまりは床ずれ状態である。 無理にその状態を続けると、掌底が焼けるように痛くなり、そのまま手が腐って抜け落ちてしまうのではないかと感じる程になる。 パームレストを柔らかいものに変えてみたりしたが、全く効果がない。 

その内にパームレストだけでなく、手のひらの付け根がどんなものであれ何かに触れていれば痛くてたまらない、という状態になってきた。 しかし、当時からキーボードを打つのが仕事でもあり趣味でもあったら、打たないわけにはいかない、

で、一計を案じパームレストの替わりにアームレストを使ってみた。 デスクにブラケットで固定し、パンタグラフ式のアームが回転するというものだ。 上についたパッドに、手首と肘の中間を乗せ、腕の重さを支える。 これは中々具合が良く、キーボードを打っている間は掌底の痛みに悩まされることはなくなった。 

しかし・・・ 今度は腕のパッドに乗せている部分が、同じような床ずれ状態になってしまった。 幸いこちらは今の所軽度であり、掌底程の痛みはない。 

とはいえ、掌底の床ずれは、アームレストを使うようになってからも改善せず、少しでも何かに触れていると数分で痛くなってくる。 現在では、夜寝る時にも手のひらがシーツに触れないよう、上に向けた状態で寝るというなさけない有様。

一種の職業病ではあるが、石綿被害などと違い誰も補償してはくれないのだ。 言わば自業自得というものである。 情けなや・・・

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2009/7/26 | 投稿者: hal

今回は探偵ものの続きで、探偵ものエロゲ編。

考えてみると、エロゲの探偵ものというのは意外に少ない。 古くはアボパの黒断やエス、シーズウェアのイブシリーズ、エルフの野々村・新御神楽、fairy taleのリップスティックシリーズ、殺しのドレスシリーズ、姫屋のバクタシリーズなど、結構な数があった。

しかし最近(現在制作されているもの)ではアーベルの探偵紳士シリーズ位か。 私の知らないものや単発のものも入れればもう少しあるかも知れないが、学園もの・伝奇ものに比べれば至って少数と言える。 特にこの2.3年はアーベル以外は皆無に近い状態のようだ。

もっとも最近のエロゲでは、探偵ものに限らずSFやその他のマイナーなジャンルは極端に少なく、「王道」の萌えゲー以外は伝奇ものなどが元気な位で、一極集中も甚だしい状態だ。 これはエンターテインメントのあり方としては、かなり問題があると思う。

コンシューマーには探偵ものは数多くあり、現在でもかなりの数のゲームが作られていて、エロゲとはえらい違いである。 残念ながら探偵ものに限らず多様性という点では、コンシューマーの方に大いに分がある。 2000年代始め迄は逆の状態だったのに、なぜこのようなことになってしまったのだろうか。

思い出に残るものとしては、やはり蛭田・剣乃の両大御所のものだろう。 イブやLipstickの1などは名作として名高いし、実際今プレイしても充分面白い。 残念ながらこのクラスのものがこれから制作される可能性は、至って少ない。 遺憾としか言いようがない。

異色な存在としては、コンシューマーのシリーズだったものを、エロゲで続篇を作ってしまったというものがある。 新・御神楽少女探偵団だが、元々大正浪漫の美少女たちが探偵ごっこをするという、比較的萌え要素のあるゲームだっただけに、移植もスムーズだったようだ。 内容的にもまずまずかなりのものだったと思う。


おまけ
あのコナンがエロゲに登場? まさか? 
と思ったら、やはり製造元には無断のパクリらしい。(笑)
http://blog.restspace.jp/archives/51467700.html

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2009/7/23 | 投稿者: Hal

日本最初の本格的エロゲーという名誉?を担うのは、「天使たちの午後」略称「天午後」である。(多分・・・(笑))

メーカーはジャスト。 ATOKのジャストシステムが80年代にはエロゲを作っていたのか、と驚く方もおられるだろう。 しかし、当時はビジネスソフトのメーカーがエロゲを作ることなどざらにあったのである。 

姦痢高額研究所は「紅絹(もみ)」というエロゲを作った。 △△をもみにもんで○○を□□するという内容のゲームで、かなりヒットしたらしい。 更に続篇の「末」も発表されたが、こちらはあまり売れなかったようで、姦痢も末だな、などと言われた。

というのは無論ウソ。 まあ、信じる人もいないだろうが・・・ 私でも「ごくごくまれには」ウソをつくこともあるのだ。 ちなみにこちらのジャストはJASTである。

当時(85年)はエロゲという言葉すらなかった。 単にアダルトゲームとか言っていたような気がするが、記憶は定かではない。 天午後の内容はゲームとも言えない程良く言えばシンプル、悪く言えば他愛ないもので、ゲーム性もへったくれもない。 単に女の子とやりまくるだけのゲームだ。

それが驚異的にヒットした。 理由はそれまでのゲーム(アダルトに限らず)がキャラの可愛さ美しさという点にはあまり気を配っていなかったからだろう。 85年はそんな時代だったのだ。

それが天午後ではキャラクターデザインにプロの漫画家を起用、女の子の可愛さを強調したのだ。 それがユーザーには目新しく感じられたのだろう。 このシリーズは2001年迄延々と続くロングセラーになった。 エロだけでこれだけ引っ張れるというのも、大したものである。

アダルトゲームといっても、この頃のものは現在の濃厚なそれに比べれば、なんとも可愛いもので、エロシーンでさえ随分とあっさりしたものだったという記憶がある。 この頃のユーザーさんに現在の濃厚濃密はちきれなエロシーンを見せたら、驚愕と驚喜のあまり頓死(というか脳内腹上死(;´Д`))するのではなかろうか。 

前にも書いたが、「貧者の幸福」という奴だろう。 やはり昔は良かった・・・ のだろうか???

その後80年代後半から90年代には、エロゲの全盛時代となる。
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2009/7/19 | 投稿者: Hal

理不尽といえば児ポ問題を巡るドタバタも理不尽の最たるもので、サイレンよりよっぽど理不尽だ。

児ポに該当する物件の単純保持禁止で、この問題が解決するのかという疑問がまず理不尽さその1。 もっと他にすべきこと、有効な手段がいくらでもあるではないか。
 しかも該当する線引きも曖昧で、こじつけようとすればいくらでもこじつけられる。 あかちゃんの産湯の写真を持っていたから逮捕というのは、マンガにもならんぜよ。
 
アメリカがこの種の法令を施行しているから日本も、という単純パターンについての疑問がその2。 アメリカはアメリカ、日本は日本。 それぞれ国により状況も国民性も異なる。 十把一絡げにあそこがこうだからこちらも、という考え方はおかしい。

更に、この件についての業界団体の対応がその3。 残念ながらこの件についてはあまり詳しくは書けない。 「部外秘」という赤いハンコが押してあるので。(笑)
しかし、もしこの通達の通り例外なく実行されれば、メーカーの相当数(恐らく全メーカーの2.3割)は間違いなく潰れる。

現にこれに該当しそうなメーカーの社長さん(ごく親しく且つお世話になっている方で非常な好人物)ともお話ししたのだが、「どうしたらいいのか見当もつかない」とかなりのパニック状態だった。 

もう一つ、これを推進する女性議員とユ偽フとの関係が取りざたされているが、もしこれが事実ならとんでもないことだ。 火のないところに煙は立たないということわざもあるので、是非そのあたりを詳細に解明して欲しいものだ。

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2009/7/16 | 投稿者: hal


世の中には随分と理不尽なゲームがある。 やたら難しくてまっとうな人間では絶対にクリアできないゲーム。 内容の説明が不十分且つ不親切で、なにをしたらいいのかさっぱりわからないゲーム。 セーブ可能なシーンが少ないので、「今日はここまで、後は明日」と思ってもセーブできず、やむを得ず電源入れっぱなしで明日迄電気の無駄遣いという、非エコロジー非地球環境なゲームなどなど。

それはお前のところのゲームじゃないか、というつっこみは勘弁してね。(笑) 自分のところのゲームは又別なのじゃ。 第一私の所のゲームは、上のいずれにも該当しない。 それに、人の痛いのは3年でも我慢する、とお釈迦様も言ってるじゃないか。 ちょっと違うか・・・ まあこの際それはどうでもいいや。


いにしえのレリクスや最近では絶体絶命都市リーズがこの理不尽ゲームに相当するが、なんといってもダントツで「サイレン」が理不尽ゲームの最たるもの。 このゲーム、とにかく理不尽という言葉がぴったり。 とにかく難しいし、ただ難しいだけでなくどうにも納得できない凶悪なシステムとなっている。

1 例えば、マップはあるが現在位置が表示されないから、今自分がどこにいるかが全くわからない。

2 回りの状況を見ればおおよその位置はわかるじゃないかという人もいるかも知れないが、どっこい、ライトをつけていないと回りは真っ暗でまるで周囲が見えない。 

3 で、ライトをつければ屍人(このゲームでのモンスター役)がやって来て殺されてしまう。 それにライトは遠くまで届かないし、上の方も照らせない。 結果として何処にいるのか全くわからん、ということになる。 

マップは勿論コンパスも常時表示はされないから、どっちを向いているのかさえ、一々マップ画面を呼び出さないとわからない。 更には体力ゲージも表示されないから、残りの体力もわからない。 これはシステム画面でも表示されない。 どうせ瞬殺されるのだから不要ということなのか。(笑)

しかもPCはやたら弱く、屍人と闘う(というより一方的に攻撃されるのみ)とあっという間に瞬殺。 しかもリプレイはかなり前から延々と同じ苦行を繰り返す、ということになる。

しかも、この章ではなにをすればクリアできるのか、というノルマが全く書いてないし、クリアに必要なアイテムがある場所でも、光ったり丸印が出たりということはまるでない。 しかももたもたしていると屍人がよってくるので、重要アイテムを取り逃すということがしばしば。

しゃがんで歩くと発見される率は低くなるが、その代わり移動がやたら遅いのでいらいらする。 しかも絶対に発見されないわけではなく、単に比率がやや低くなるというだけのことである。

まだあるまだある。 敵の中には遠距離攻撃用武器(ライフルか?)を持っている奴がいて、室内から一歩外へでた途端、問答無用で撃ち殺されることがある。 まるでイスラム過激派みたいな奴だ。 リプレイすると又外へ出た途端瞬殺、この繰り返し。 ゲームバランスもプレーヤーバランスもあったものではない。

この状態でどこにあるとも知れぬ目的地へたどり着くのがどれだけ大変か、ご想像いただきたい。


強く感じるのは、ここまで難易度を高くする必要があったのか?ということだ。 ゲームバランスは制作者側の意図と考え方で決定するものだが、これほど難しくすることによって制作者側には何のメリットがあるのだろうか? プレイ時間を長くするため? そうとも思えない。 恐怖感を高めるため? これも違うようだ。 どう考えても納得がいかないのだ。

このゲーム、怖いという点ではトップクラスで、サイレントヒルやバイオハザードは勿論ゼロよりも怖い。 BGMがなく効果音のみというのも効いているし、全体の雰囲気作りや演出も良い。 これほど理不尽な難しさがなければ、傑作と言えるゲームになっていただろう。

プレイ放棄というのは私はあまりやらないが(根がケチなため、折角買ったゲームはやらなきゃ損損というわけ)、このゲームは1時間で放棄した。 これはまれに見る凶悪且つ理不尽なゲームとして、記憶に残るだろう。 トラピスト片手に楽しくゲームをしようなどという甘い人間には、全く向いていないのだ。 


しかし、以下の方々には強くお勧めする。

1 極度のマゾヒストの方々 
    ううっ! 又殺された・・・ カ イ カ ン・・・ 
    この苦行がたまらん・・・
2 高濃度エバンジェリスト(メーカーから見て)の方々
    差し支えがあるため以下略
3 体育会系超ど根性を見せびらかしたい方々 
    どうだ、この難しいゲームを俺はクリアしたんだぜ!

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2009/7/14 | 投稿者: hal


レゲーの話しをもう一つ。 

80年代の88・98には名作佳作が数多くあった。 「当時としては」というレベルから、現在でも充分に傑作の領域に入るものまで様々であるが、「レゲーの傑作」という枠を越えるものが多々あったことは間違いない。

それらの中で忘れることができないのは、後にドラクエシリーズを作ることになつた堀井雄二氏の作品である。 「ポートピア殺人事件」から「オホーツクに消ゆ」、「軽井沢誘拐案内」と続く3作は、いずれも現在でも楽しめる程良く作り込まれた名作である。 残念ながらPCの堀井作品は「軽井沢」が最後となり、後はドラクエなどのコンシューマー作品となる。

特に「軽井沢」は氏の特徴が良く出た傑作で、軽いノリでありながらシリアスな展開(後にかなりコメディ調になるが)と、絶妙の台詞回し、ミステリアスな雰囲気、凝った仕掛けなど、いずれも多いに楽しめた。 残念ながらCGは当時としても貧弱という評価だった。

ポートピアが83年、オホーツクが84年、軽井沢は85年。 このあとエニックスのPCゲームは、88年の大豊作の年を最後にPCからの全面撤退となる。 

この間の僅か数年で、PCゲームの技術は大幅な進歩を遂げる。 BASICによるほとんど線画状態の描画から、87.8年の「バーニングポイント」や「アンジェラス」の、現在から見ても充分美麗というレベルに達する迄、僅か4.5年なのだ。

それにしても、小島氏や堀井氏、更には蛭田氏など、真に優れた人材はこの当時から誰が見ても「凄いッ!」と思わせるものを持っていた。 才能というものは恐ろしいものである。

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2009/7/9 | 投稿者: hal

レゲーといっても音楽ではない。 レトロゲームのことだ。 日本ならPC88やPC98、海外ならDOS/V時代のゲームがこれにあたる。 古き良き時代のゲームである。

スナッチャーのことは何度も書いたが、ゲームとしての基本的要素は現代のアドベンチャーゲームに比べて全く遜色ない。 遜色ないどころか最新のゲームを上回る部分もある。 だから今現在2009年になってプレイしても面白いのだ。

スナッチャーに限らず80年代90年代のゲームで、現代の傑作ゲームに基本的要素で匹敵するものは数多くある。 といっても昔は傑作が多かったということではなく、単に長い年月の間に傑作が集積されていったということだろう。 駄作の山の上に、ほんの僅かの傑作が乗っているという図式は、昔も今も変わりない。

その中の一つに「エルドラド伝奇」というゲームがある。 漫画家の槇村ただし氏のシナリオと原画による、85年のエニックス作品である。 南米のアマゾンを舞台にした、黄金郷をめぐる夢にあふれた冒険ロマンである。

当時としては驚異的に美しいCGだが、僅か8色を使ってドットで中間色を表現するという、やたら手間暇のかかる手法を使っている。 正に職人芸の極みである。

ストーリー的にも、往年の南洋一郎や山川惣治を思わせる探検・秘境ものの王道を行くもので、主人公が身に降りかかる危険をクリアしつつ、最後に大きな宝(財宝とは限らない!)を得るというものだ。 現代のアドベンチャーゲームでは、最早顧みられなくなったストーリー進行である。

昔はえかったのう・・・ というのは年寄りの口癖だが、にAVGに限ってはそのように言いたくなるのだ。 (わし、やはり年取ったのかのう・・・)

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2009/7/7 | 投稿者: Hal

これですこれです。 おれおれならぬこれこれ。

http://it.nikkei.co.jp/digital/news/index.aspx?n=AS1D0500D%2005072009

日経itplusより
「デジタル家電&エンタメ:最新ニュース
ゲームの苦手場面、飛ばして先へ 任天堂が「スキップ機能」」

何故これを他のメーカーもやらないのか?

ゲームバランス編でも書いたが、こんなんできねェ・・・ で、そのゲームのプレイをやめてしまう。 これはメーカー(ハードソフト共に)にとっては大きなマイナスではないか。 

ゲームメーカーにとって大事なことは、そのゲームを遊んで貰うことだ。 これにつきる。 これはメーカーの権利でもあり義務でもある。 それを自ら放棄しているメーカーがあまりにも多い。 これはハードウェアメーカーが行うより先に、ソフトウェアメーカーがなすべきことだと思う。


もう一つ、身につまされる例。

http://www.inside-games.jp/news/358/35843.html

insideより マーベラスエンターテイメントさんの記事。 作っても作っても売れない。

そして結びは「まだ死にたくない、、、」。

・・・・・・(Halのため息)

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2009/7/5 | 投稿者: Hal


存在しない一人の人物「業界最高齢社長Hal」

フッフッフッ・・・ 君たち、だまされてるね。 「Hal社長」なんて人物は、現実にはどこにも存在しないんだよ。

君たちが「業界最高齢社長Hal」として認識している人物は、実は「片桐賢太郎」という人物なんだ・・・

彼は人柄は悪くないのだが金儲けは至ってヘタクソで、損ばかりしていた。 彼の経営するゲーム制作会社「ロスト タンメンズ」も赤字続き。 で、なにか人を引きつける大嘘をつかにゃああかへんでというわけで、こんなことを思いついたんだな。

誰か別人を、それも普通あり得ないようなキャラクターを社長にしてしまえ。
なら67歳の美少女社長などどうだ?
バカ言え、67歳の美少女などこの世にいるものか! いたら化け物だ。

それもそうだな・・・

なら・・・ そう・・・ ジジイがいいかな。 それも還暦を遙かに超えた死にかけのジジイ。 そんなじいさんがエロゲ会社社長なら、あっと驚くHal社長、話題性充分だ。 

よし! それでいこう!

以上が「業界最高齢社長Hal」誕生の秘話だ。 これは真実以外の何ものも騙らず、もとい語らず、真実のみを書いた男が、善良なユーザー様をだますという、良心の呵責に耐えきれず、思わず告白した魂の叫びなのである。

このHal社長というキャラも大分飽きられてきたから、そろそろ消すか・・・
というわけで、皆様さよなら、これでヾ ^_^ バイバーイよ!!








なに? この書込の方がよっぽど嘘くさいって? 
何を言うか! 本人のオレが言って(書いて)いるんだから、ホンコ間違いなしっ!

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2009/7/3 | 投稿者: hal


又例えば、一見青いリボンのように見えるものがある。 リボンのように見えるだけで、勿論リボンではない。 リボンどころか、この世にある何ものとも思えないものだ。 

リボンは幅数センチ、長さ約1メートル強の、向こう側が透けて見える程薄い生地?でできている。 重さは不明だが、手に持った感触では、僅か数グラム或いはそれ以下かも知れない。 重さが不明というのは、このリボンをどのように精密な秤にかけても、重量が検出できないからだ。 理由は全く不明である。

リボンの重量(質量)が検知できなくても実体は存在する。 手で触ればそれはそこにある。 ザラッとした繊維とも金属ともつかない感触だ。 このリボンを何かの非生物の物体(例えば自動車)に投げかけると、リボンは瞬時に見えなくなる。 見えなくなっても存在しなくなるわけではない。

自動車に手(手だけではなく、現在その生物が生きているなら、生物のどの部分でもよい)を触れれば、自動車は重力がなくなったかのように宙に浮かぶ。 押してやれば静かに押された方向へ漂ってゆく。 まるで無重力空間にあるように・・・ 自動車を強く押さえると、自動車は地に落ち、リボンが出現する。 自動車にはなんの変化もない・・・

現代物理学の法則と矛盾しまくるこのリボンの効能?を見たら、アインシュタインはその豊かな白髪をかきむしり、ホーキングは車椅子から転げ落ちることだろう。


もし、このリボン?を大量生産できれば、重量物の輸送手段に革命が起きる。 重量50トンを越えるM1エイブラムスでも、重量は事実上ゼロとなり、セスナ1機でM1数台を引っ張ってゆくという、ファンタジー映画のような幻想的なシーンが実現できる。 ペンタゴンはどう思うだろうか?

残念ながら、このリボンの生産は全く不可能である。 100年たっても同様に不可能だろう。 質量さえ検出できないものを、どうやって生産するというのだ? 

そして、この遺跡で最も重要で最も不可解なものが、「人の願いをかなえるもの」だ。 形状は不明である。 不明というより「不定」と言った方が正しいのだろう。 見る人により、見る角度により、それを見た瞬間により、様々な形状に見えるという。

ある人は「書物のように見える」と表現し、ある人は「南極の空に揺らぐオーロラのような」と文学的な描写をし、又ある人は「瓢箪で作った仏壇のようなもの」と、わかったようなわからぬようなことを言う。

要するに、この世にある何ものにも似ていて、何ものにも似ていない、ということらしい。

当然ながら、当初は「それ」がどのような機能を持つものなのか、全く不明だった。 その機能が判明したのは、全くの偶然からで、移籍の中のとある地点で、ある調査隊員が「ここは暗いなあ・・・」とつぶやいた時であった。

次の瞬間、遺跡の中が光に満たされた。 
白熱電球とも蛍光灯とも違う、蛍の光の冷たさと太陽光の熱さとを併せ持つ、何とも表現のしようのない不思議な光だった。 その霊妙な光に照らされて、その物体はあった。 捨てられたように、或いは置き忘れられたように、さりげなく何気なく。 

しかも、どのように精密な測定器具を持ち出しても、その光のスペクトル分布は測定不能だったという・・・

誰がいつ何のためにこのような器具?を置いていったのか、全く不明である。
しかし、「充分に発達した科学技術は、魔法に等しく見える」という言葉がある。 英国のSF作家アーサー・クラークの有名な一文だ。 

これらの器具?は、或いは、人類から見れば神に等しい程の科学力を持つエイリアンが、ある日地球を訪れ、そしてピクニックを楽しんだ後、投げ捨てていったものであろうか。 4世紀の路傍のピクニック・・・

この話をしてくれた人物は、話の最後に私にあるものを見せてくれた。 その「あるもの」をどのように表現したら良いのだろうか。 

それは書籍のようにも、オーロラのようにも、瓢箪で作った仏壇のようにも見えた。 しかし、それらのいずれとも似ていなかった。 

そして「それ」を見た私は願った。 私も4世紀の陵墓のオーパーツを見たいと・・・ ひたすらそう願った。

              −了−

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2009/7/2 | 投稿者: hal


何故その調査の結果が公表されなかったのか、という疑問に答えるのは簡単だ。 それらの遺跡の中にあった「もの」が、余りに衝撃的であり、現実を越えた存在であった為である。 こんなものを一般に公開したら、国内問題だけなく国際的な問題にさえ発展するだろう。 伝え聞いただけの筆者にさえ、それは容易に想像できる。

遺跡の中には、人の願いをかなえる「もの」があった。 その「もの」に思念を凝らせば、どのような願いでもかなえられるのだ。 この現実の人生に絶望した者には、なにものにも代えがたいものだ。

しかし墓の中は不可思議な迷路になっており、不条理で超自然的超科学的なトラップが随所に仕掛けられている。 一見なにもない空間に足を踏み入れると、一瞬にして胴体が切断される。 不用意にドアをくぐった瞬間、人体の中身が裏返しになり、無惨な死を遂げる。 今いる所から一歩足を踏み出した途端、とんでもない場所へ転送される。

その他にも、その動作原理が不明なことは勿論、トラップに陥った場合の結果さえもわからないような陥穽が至る所にある。 その場所に立ち入った者は、何処へともなくただ消えてしまい、遺跡中探しても痕跡さえ発見できなかった。 今日に至るまでこれらの人々は一人として発見されていない。

最初にこの遺跡の調査に入ったパーティーは、只一人を除いて全員が未帰還となった。 危険な敵に襲われたわけではない。 全てこれらのトラップによる被害だった。 
この生き残りの隊員は、過酷なサバイバルに耐え抜いた結果(かどうかは本当のところ不明だが)、これらのトラップを「ある程度」見破る能力を得たという。 これについても、私にはそれが真実なのかどうかを判断する能力も情報もない。

そして、その後の調査隊には、この生き残りの一人がガイドとして同行することによって、ある程度の安全性を確保することができた。 勿論全てのトラップを回避することは不可能なので、調査の都度数名の犠牲者が出たそうだ。

墓の中の所々には、現代の最高水準の科学をもってしても、全く解析の不可能な器具?が落ちており、これをしかるべき国家機関や企業、或いは好事家に見せれば、彼らは驚喜の泪を流し、これをあがなう為には天文学的な巨額の出費をもいとわぬであろう。

例えば、外見は何の変哲もない金属製の壺状の容器がある。 しかし中を覗くと、中には虚無のみがある。 何処までも果てしない虚無・・・ 中が暗いというのではない。 その容器の中には、ただただ何も存在しないのだ。 

壺の金属がどのような組成であるかは不明である。 分析の為にその一部を切削することが不可能だからだ。 現代最強のダイヤモンド工具をもってしても、この金属には髪の毛一筋程の傷さえ付けることができない。 しかもこの壺は驚くほど軽く、外見が金属状でなければ、木製或いはプラスティック製と間違えそうだ。

この壺?の実用性は皆無だが、欧米の富裕な超自然現象愛好家にこれを見せれば、彼らは欲求不満の余り涎を流して悔しがるだろう。 彼らの持っているどんなレアアイテムをもってしても、この容器?の値打ちには足下にも及ばないからだ。

この壺?の中に手をつっこんだらどうなるか? 私には試してみる勇気はない。 もしあなたにその勇気があるのなら、私はあなたに満腔の敬意を表する。 敬意を表すると共に、自分にその勇気(蛮勇)がなかったことを、神に感謝する。 あなたの手は、もう二度と戻ってこないだろうから・・・

続く
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2009/7/1 | 投稿者: Hal


オーパーツというものがある。 超常現象に多少でも興味のある人なら知らない者はないという、有名なものだ。 南山宏氏の一連の著作を読んだ方もおられるだろう。 

定義としては、「発掘された当時の時代の技術的水準を、遙かに超えた物件(遺物)」ということになる。 例を挙げれば、前2世紀の遺跡から発掘された動力グライダーの模型などがある。 当然前2世紀にグライダーなどあるわけがない。 おまけにこの模型は、機体後部にエンジンとプロペラを装着して推進する「推進プロペラ」方式のグライダーに酷似している、という調査結果も出た。

前2世紀にそんなものが存在するわけがない。 ないから「オーパーツ」なのである。

はっきり言って筆者はオーパーツなどというものは信じない。 オーパーツに限らず、全ての超常現象を信じない。 「ナスカの遺跡は宇宙人の航空標識だ」という、スイスのホテル屋の説など、馬鹿らしい限りだ。

マリア・ライへ女史の研究により、ナスカの地上絵の作成方法は既に明かにされているし、そこには超常現象やエイリアンなどの入り込む余地は全くない。

黄金のデルタ翼ジェット機の模型にしても、単に後生の我々から見てそのように「も」見えるというだけのことである。 要は、無理矢理こじつけようとすれば、猫を犬ということだってできる、ということだ。

このように超常現象や「The Truth Is Out There」的な話は頭から信じない私であったが、あの夜聞いた話は真実のものであると確信している。

何故なら・・・ 私は見たからだ。 自分のこの眼で。 あれを。 この話の証拠にと、あの人が見せてくれたものを。 現在最高の科学をもってしても、絶対に作成しえない、いや想像すらすることのできないものを・・・


日本には現在未だ調査されていない古墳などが相当数存在する。 その代表的なものは纒向古墳群であり、箸中山古墳(伝箸墓) 全長280m、纒向勝山古墳全長100mの前方後円墳、纒向矢塚古墳 全長96mなどである。

いずれも4世紀前後の大規模な墳墓だが、これらの墳墓は宮内庁により「陵墓」(大王の墓)に指定されており、「個人の葬墓である」という理由により、学術調査は全て拒絶されている。(ということになっている。)

しかし、実際にはこれらの古墳には調査の手が入っていたのだ。 どのような機関が何時どのようにして、ということは不詳である。 残念ながら私はそれを知りうる立場にない。 

続く
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