Hより
「おぉ〜〜〜大場さん?」
「うん。お元気だった?」
「まぁね。東京に居るんだ。向こうでボチボチやってるよ。キミは?」
「そろそろ落ち着こうかなぁ〜なんてね。そんな感じ」
「結婚け?ってかまだ結婚してないの?」
「ううん。その反対よ」
「えっ!まさか離婚?離婚するのが落ち着く事なの?ウソでしょ?」
「いやいや、ホントよ。色々あってね。子供も運がいいのか悪いのかまだ居ないしね」
「そうなんだぁ〜だったらいいんじゃぁない?キミだったらすぐ見つかるでしょ、新しい人。もしかしてもう居るとか?」
「も〜ぅっ。それじゃぁ私が浮気してるみたいじゃないのよ。居ないわよぉ」
「わかったっ!ダンナが浮気してんだ、その言い方なら。だら?」
「あは、ばれちゃったかぁ・・・鋭いね〜川村君」
「だろ。んと・・・・・・・・ところで・・・山田ぁ知ってるよね?大場さん。彼・・・居ないみたいだけど・・・」
「そう言やぁ川村君・・・仲良かったよね、ヤマと。」
「うん・・・まぁ腐れ縁っつ〜か。そんな感じだったね。最近、連絡とってないんだけどさ、いろいろあって」
「あぁ〜そうだったんだぁ。んじゃぁ知らないわけよね?」
「何を?」
「彼、死んじゃったみたいよ・・・」
「えぇっ!・・・・・・・・・・・・・・・・・なんで?」
「なんか・・・ギター抱えながら・・・って言うのかな?ギターケースを肩からぶら下げながらバイクで事故ったらしいのよ。私も今回の同窓会の打ち合わせで知ったんだけど」
「いつ?どこで?」
「おととしの11月の事よ。それで事情がちょっと変わっててね」
「どういう事?」
「居眠り運転よ、バイクの。しかも場所は浜名大橋・・・」
「あぁ、浜名バイパスの浜名湖に掛かってる橋ね。ってか40になってもギター弾いてたんだ、あいつ。んでバイクにも乗ってたって若くない?」
「そうね。それでね、ヤマは33歳の時に糖尿病になったらしいんですって」
「マジ?痩せてたのに。そりゃ知らなかった」
「それで、治療で注射打つって言うじゃない、糖尿って」
「あぁ・・・インシュリンね」
「そうそうそう、それ。インシュリン。それを決められた量以上に注射したりするとブッ飛んじゃうんだって」
「いわゆるオーバードースみたいなもんかな」
「一説ではヤマはその状態で運転してたんじゃぁないか?だって」
「まるで自殺行為じゃん、それって」
「でも遺書みたいなものが見つからなかったって事と事故当時の後続車両なんかの目撃者の証言で居眠り運転の事故として処理されたって事よ」
「ふぅ〜〜〜〜ん。んまぁ警察なんてとこは一般人が起こす単独事故や個人的な些細な出来事の通報なんて“それなり”に処理しちゃいたいんだろな。勲章にもならんだろし」
「それでね」
「まだあるの?映画みたいだね」
「すごいのが、これからよ。いやホントに映画みたいなんだから」
「あぁん?事故って死んで終わりじゃぁないの?ってかあいつが死んだって事だけで実は大ショックなんだけど・・・・・キミが喋ってるんで落ち着いて聞いてられるだに」
「ギターケース肩からぶら下げてって言ったでしょ、さっき」
「ふん」
「バイクで転んだ瞬間にギター本体が皮製のケースを突き破って外に飛び出たらしいのよ」
「あぁん?んな事ありえる?」
「それがね、ヤマが転んだのが浜名大橋のちょうど真ん中だったらしいのよ。一番高いところ」
「つまり真下が今切口(いまぎれぐち)って事?」
「そぉ。そのギターが今切口に落ちたんだって」
「サイエンス・フィクションだな。ハっハっハっハックションっ!ごめん風邪気味で」
「わざとらしぃ」
「んで?映画の続きを教えてくれたまえ」
「何様のつもりよ、実話よ」
「ごめん」
「なんでも浜松のバンド仲間数十人が署名を集めて・・・」
「何の署名?」
「ヤマのギターを今切口から探し出すっていう・・・」
「マジけ?」
「ホントよ」
「んで?映画のような実話の続きを教えてくれたまえ」
「浜松にあるライブハウスやレコード店や飲み屋や、いわゆる音楽が鳴るような場所ほとんどに署名用紙がばら撒かれたらしいの」
「すごいね。♪町中のガキどもにチケットがばら撒かれた〜♪清志郎も唄ってるぜ!」
「それで集まった署名数が公表6万9千人」
「あはははははははははははぁっ!」
「なによ!大笑いして!」
「いやぁ〜出来過ぎた話だぜ、大場はん」
「大場はんって何よ!関西人が言うおばはんみたいじゃない!」
「ごめんごめん。ってかキミ、ノリいいねぇ、大場さん」
「まぁね」
「いやぁ、昔からヤマは何かにつけてロックと数字の6と9の読みをダブらせて遊んでたからね」
「あは、だから“公表”なのね。ヤマのノリをみんなが受け継いでるって事ね」
「あぁ。多分、この世の中で起こってる出来事のニュースもなにもかも、大多数はデフォルメされて伝えられていると思ってるんだ、俺は。一般人はそれに踊らされるってわけさ。簡単な話、お金を出したり取られたりって話さ。自分で踊ってるバカもいるけどな。でもいい話だよね、ヤマのノリをギャグとして公表するってのは。なんかロックンロールっ!って感じだな。世の中を斜に構えて観てるってのは」
「あぁそぉなんだ。わたしは解かんない、一般人なんで」
「いやいや、中学生時代に誰からも好かれたキミのような人が、キミのような綺麗な人が一般人って自覚を持ってるって事は最高だよ。普通だったらキミのような人はチヤホヤされ続けて、いつの間にか偉そうな態度を取るようになるってもんよ。まるでどっかの自称パンク・ロッカーが“権力を否定する”みたいな“パンクス”みたいな姿勢を取ってても、実は子分を従えて偉そうぶった態度を取るのが好きなようにね。結局、人間なんて“統率本能のカタマリ”なんじゃないかな。“群集本能のカタマリ”とも呼べるね。どうにもこうにも始末に負えない動物って事さ。国会議事堂ん中でも幼稚園のグラウンドん中でもいわゆる“派閥争い”って奴が同んなじレベルで競ってるみたいな。70歳のジジイも5歳のチビッコも同んなじ。くだらねぇ。ハッ!」
「はっ!ってまたクシャミ?」
「違うよ」
「ヤマの話だったよね」
「そうだった。それでギターはどぉなったわけ?」
「うん、11月の事故で署名が始まったのが年明けてからで…去年の春先かな。今切口のギター捜索が始まったのは」
「船だよね?ダイバーとかも参加け?」
「舞阪港の漁業組合みたいなとこも動いちゃってさ」
「すごいね。ヤマちゃん祭りだね、まるで」
「うん、でも彼らにとっては単なる宝探しみたいなもんだったんでしょうね」
「たしかに。そんで宝は?」
「見つかったのよ、無事に。祭り開始後の5日後か6日後に」
「よかった、よかった。んでギターは主の居ないヤマの部屋に戻ったと…」
「それが違うのよ。“名湖館”っていう新居弁天海水浴場にあるお店に飾ってあるらしいの」
「アハハハハぁ。映画がギャグ漫画に急降下だな、まったくもって。香辛料や着色料が満載の『獲れたて』海の幸を売ってたり、【浜名湖に生息する生物達が一堂に会した】みたいな売り文句でちゃちいミニ水族館みたいなのやってたり、貝殻をボンドで貼っ付けた貝殻細工を一個100円で売ってたりするようなとこだろ」
「いやに詳しいじゃない」
「いやいやいやいやいやいや、例えばの話だよ」
「けっこう好きなんでしょ、そういうところ」
「バカ言えっ!誰が行くか!んなとこ」
「ばぁ〜〜〜か」
「だからなんでんなさびれたかいすいよくじょうのうみのいえにはっくつされたやまのぎたーがおいてあるのかってことなんだよ!」
「息しながらしゃべらないと窒息するよ。アニメの一休さんのエンディング・テーマで『ひとやすみぃひとやすみ』って言ってたでしょ」
「なつかし…」
「なんか、その店のオーナーが音楽好きらしくてね。何回かヤマのライブも観た事あったんですって。オーナーももちろん捜索に参加したしギターが発見されてからは、ヤマのご両親にお願いしてギターを譲り受けたって事よ」
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二日後、川村は父親のクルマを借りて浜名湖畔新居弁天海水浴場にある“名湖館”を訪れたんだ。浜名大橋を使って。いつかの山田と同んなじように。
何年前だろう、なんかの用事で帰郷した際に川村は浜名バイパスを走った事がある。確か有料道路だったはずだ。100円か200円を支払う程度の。しかし今回は料金所なんてものが存在していなかった。フリーウェイと化していた、浜名バイパス。
フリー。自由。それはとっても楽なもの。それはとっても恐いもの。打てば響くから存在を実感する。誰も参拝しに訪れない寂れた神社にぶら下げられた鐘はひとりぼっち。“反応”ってのは能動的なアクションにおける“作用”でもあり“反作用”でもある。“イエス”でも“ノー”でもない。そして“オーバードース”の果てにあるのは“限界”を表現する反応なのだ。
川村がクルマを運転してると浜名大橋が見えてきた。そのちょうど真ん中を通過する時、川村は左側路肩に見つけたよ。花瓶に差し込まれた花を。「この場所なんだな」川村は思う。そしてその花は枯れていた。「思いつきもいいけど、継続させようね。枯れた花は故人に失礼だら」川村は思う。
“咲いた”“枯れた”は一瞬の風景。自動的にピントを合わせてくれる親切でもあり、ある意味で要らぬおせっかい的なデジタル・カメラの現像風景。そこに“揺れる気持ち”は無い。揺れる気持ちこそ“演出”。リアルではないリアリティー。それは伝えたい気持ちみたいなもの。
「花は種撒いて育って咲いて枯れるんだから“枯れた花”を捧げる事だってオッケーなのさ。それこそ永遠ってものじゃないかい?」もしかしてそんな事を考えた上で路肩の花瓶は添えられているのかもしんないじゃないか。自分以外の人間を否定したり疑ったりする事はホドホドに。「なるほどね」って受け入れる。それは決して肯定になるわけではない。冗談めかして楽(LARK)にイキたい。
海水浴場に着いた。2時間無料の駐車場にクルマを止めると川村は名湖館に向かった。入店する。真冬なのにブラジル人数人が半袖のティーシャツ着ておみやげグッズを眺めてる。川村が入ってくると全員が彼の方に視線を向ける。川村はサングラスを掛けたまま視線を無視する。予想通り【浜名湖に生息する生物達】のミニ水族館が催されてる。一通り見て廻ると川村は気付いた。張り紙がしてある[2Fへどうぞ。店長の趣味の部屋:ビートニク]それを見て川村は微笑する。でも彼はビートニクって存在、嫌いではない。階段を登る。登りきり右側の扉を開けると壁面がシルバーに塗られている部屋。「ファクトリーだな」川村はつぶやく。店長の所有物と思われる楽器やレコードやポスターなどのアート・グッズがところ狭しと陳列されている。驚くべきことにそれはガラス・ケースに入れられているんではなく、ただそこに存在している。勝手に触れられる陳列。ひとつひとつを丹念に眺める。しかし川村は作品に触れはしない。部屋の片隅までくる。そこで初めてガラス・ケースに遭遇する。ワイン・レッドのギブソン・レスポール・カスタムが飾られている。説明書が貼られている[浜松のロックン・ロール・ギター弾き:上村 透の愛器]。
「ヤマの芸名か?上村 透って。でも細かな説明無くてよかったな。ヤマの職歴だとか、芸歴だとかっつープロフィールみたいなもん全く無かったし」階段を降りながら川村はそんな事を考えていた。店内にはさっきまでの真冬のティーシャツ・ブラジル軍団はいなかった。
川村がふと足元を見るとヨチヨチ、ヨチヨチ、と赤い甲羅の磯ガニが歩いていた。「よっ!」川村が右手を上げ挨拶をした。磯ガニは川村のほうを見ると口から泡を吹き出しながら両手のハサミをあげた。それはまるでピース・サインのようだった。
おわり。
浜名大橋遠景
名湖館?
1990年発表、RCサクセションのアルバム“BABY A GO GO”。11曲目に『楽(LARK)』収録。

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