Eより
ニッポンでの社会人生活における長期連休。4月〜5月ゴールデン・ウィーク、8月お盆休み、12月〜1月年末年始休暇。その各長期連休でヤマ〜ダは社会人・ヤマ〜ダとして横浜で生活する学生・カワム〜ラの賃貸アパートを訪れた。ローソン・コンビニエンスで販売されてる七味あられを数袋片手に。数粒のピーナッツが“味付け”や“付録的おまけ感覚”や“色合い付加”なんてな意味合いのもと同封されてる他のコンビニエンスの七味あられではカワム〜ラは納得しないのだ。100パーセントあられのみの純粋な辛〜いローソン製七味あられがカワム〜ラは大好き。ヤマ〜ダはそれを知っている。彼が彼を知っている。君が僕を知っている。
二人は小さなアパートの小汚い一室でバンドマン・ヤマ〜ダとバンドマン・カワム〜ラとして酒を飲みながら音楽談義を交わす。二人はそれぞれ、やっぱりギターを弾いていた。バンドを組んでいた。浜松と横浜でそれぞれ。浜松短大の筋向いに在った駄菓子屋でクジ付きのファンタ・オレンジやコカ・コーラを飲みながらスペース・インベーダー・ゲームやピンボール・ゲームに興じていた二人がいつの間にか酒を飲んで語り合うような年齢になっていたんだってさ。それは地球の自転速度と公転速度のせい。365回転と1周で一つ年輪が加わるなんて、年齢を重ねるなんて、そんな決まりさえなければ人類はもっと自由だったはず。時計なんて物体や時間なんて観念がなければもっともっと自由だったはず。朝、起きてその日の天候についての喜びを相棒や家族と分かち合い(たとえ晴れていても、たとえ雨が降っていても、だ)夜、寝る前にその日の無事についての喜びを分かち合う。そんだけで事足りるはず。キャプテン・アメリカは出発前に時計を捨てた。
二人は再会を喜び合い近況報告を互いに交わすと酒を飲んで語り合った。いつかの部活帰りの帰宅路を二人して歩いてた時のように語り合った。あっという間さ、時間なんて。ピッチャーの手から離れる瞬間に強く捻りを加えられたボールがバッターの手前で急激に角度を変えて落下するように。あっという間さ。
時間。それは長い短いの問題ではない。
学生・カワム〜ラが大学を卒業するまでその音楽談義は続けられた。連休毎の小汚い一室で。または日常生活ん中でたまに掛ける電話で。えてしてそれは長距離電話となった。パソコンも携帯も発明される前の時代さ。しかし、値段が張る通常電話での長距離通信だったんだけど、それに見合うだけの価値を生んでいたのも事実。
電話をするという行為には勇気と覚悟が必要なのさ。
《時間》そんな名前の“人生を生きてゆくための助手”もしくは“夢物語の限界を知らせるための番人”が横浜の賃貸アパートに住む学生バンドマンの心の扉を叩いた。
カワム〜ラは浜松に戻らずそのまま都内の家電企業に就職した。
Gへ続く
1980年発表、プリテンダーズのアルバム“愛しのキッズ”。A面5曲目に『スペース・インベーダー』収録。
キャプテン・アメリカ接写。
1989年発表、篠原太郎のアルバム“光と陰”。9曲目に『時計じかけの世界』収録。ボクがこの曲を聴いてると、いつの間にか身体がふにゃふにゃになってしまい、それなのに気が付くとなぜか正座をしていて、しかも両の目の玉から涙が流れそうになっているのにハッと気が付くと涙を押しとどめ、そして片手にギターを掴み歌を唄いだすんだ。つまり、いつの日か、こんなカッコいい曲を作れたらいいのになぁーって嫉妬してるんだ、篠原太郎さんの才能に。

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