「ギャオーって鳴くからギャオスだよ!」
「大怪獣空中戦ガメラ対ギャオス」と言う怪獣映画を語る時に良くも悪くも引き合いに出される
名台詞です。
確かにこの映画は主人公の子供、英一くんの考える通りに話が展開して行く(ように見える)ので
メインターゲットのちびっ子達が自然に入り込めるようになっています。
しかもそれだけではなく、ギャオスが人間を食ったり、ガメラと流血バトルをしたりする生々しい
描写や高速道路建設のための村の立ち退きを渋って保証金をつりあげようとする村人達とか出てて
なかなか油断の出来ないところもあります。
まあ子供の素朴な発想が頭の堅い大人達にヒントを与えたり考えを改めさせたりするのはこの手の
怪獣もの、ヒーローものにはよくある事ですし、またそうあるべきだと思うのですが、問題なのが
本作に登場する博士です。
ギャオス対策のために呼ばれたこの博士、英一くんの何気ない発言を聞いて作戦を思い付くのです
が、その際、英一くんには何のフォローも感謝の言葉もリアクションも無し!!
何だか英一くんの存在を無いものとして、まるで自分だけで思い付いたかのごとく振る舞っている
様にすら見えて来ます。
それが傲慢とかじゃなくて、ただ思い付いた事で頭が一杯になっちゃっててそうなっちゃてる感じ
と言うのでしょうか?
この微妙な感じ、脚本、監督、そして役者さんがどの辺まで意図的にやってるのかはわかりません
が本記事のタイトルである『ぐるぐる回る?!』と言う場面が妙に可笑しくてしばらく頭から離れ
ませんでした。
さらに面白いのがギャオスやら村人やらに散々困らされてきた高速道路建設現場の監督さん(本郷
功次郎)がその作戦の設備の建造に協力するのですが、その嬉々とした様がまた心地よいのです。
その上に、惜しくもその作戦が失敗したらニュースの人が言うには子供の思い付きだったはずの
その作戦が『人類の英知を結集した』事になっちゃってるのです〜!!(爆)
いやあ、面白い、面白すぎますよ!この映画!「怪獣が出てくる映画」の中ではダントツでは
無いかと思います。
またまた前置きが長くなりましたが、先日、この映画の上映会と脚本を担当された高橋二三氏の
トークイベントに行ってきました!!
全席で21席の小さな劇場ながらもしっかりと35ミリのフィルムで見る映画はいいものです。
しかもほんの少〜しではありますが退色しててたま〜にキズがチラチラするのもまた、いかにも
当時の映画館を思い起こさせてくれて感慨もひとしおでした。
トークショー、本来なら司会の方とのやりとりで進行するものなのですが、何と高橋氏は自分で
構成を考えてきてて、当時の絵コンテを正解者にプレゼントするクイズを出したりLD−BOXの
解説書や小説などを用意してきてたり自作の歌を自ら歌って披露してくれるなどの大サービスぶり
でした!!
平成になってガメラが復活する際に「今度のガメラは全く新しいスタッフでやる」と聞かされて
それは承諾したものの映画の製作が発表された時にガメラなのに自分の名前が無いと死んだんじゃ
ないか?なんて思われたくないのでとにかく自分なりの新作を執筆し、かってゴジラと人気を二分
していた頃に面識もないのに年賀状を送ってくれた本多猪四郎監督に一旦送って見た、とか、
その後、それが「ガメラ対不死鳥(フェニックス)」と言う小説として出版された、とか
その小説、小説なのに「A面」「B面」があるとか、中に登場する謎の歌の楽譜まで載ってるとか
何年経っても歳取ったようには見えない楠田枝里子さんをモデルにした八百比丘尼を登場させたり
したとか、予算や対象年令の規制の全くない「自分のやりたかった」事をやりたい放題にやれた
そうです。
その小説に登場する歌の元になったのは「自分がものぐさだったために死に至らしめてしまった」
亡き奥様の闘病生活を綴った「ママは不死鳥(フェニックス)」の後書きに載せるつもりだった
歌だったそうで、この時には原稿は渡したものの後書きだったので削られてしまったので今度は
本文の途中で本編にも関係あるようにして削られないようにしたとか、
本当はこの本のお話もされたかったようですが「そんな事やってたら時間が足りなくなるから」と
今回は断念。
また大映倒産後の支払い問題の事での永田ラッパ社長との闘いの武勇伝も格好良かったです。
今回、僕は「怪獣の名前も考えるんですか?」と質問、本当はそれぞれの怪獣の名前の由来を
知りたかったのですが、そこまで細かいお話は聞けませんでした。
ただ、映画には多くの人間が関わっているので名前や能力などは脚本家だけが考えるわけでは
無いと言う事もあるのですが、ガメラの怪獣に関しては全部、高橋氏のアイディアだったと言う
事でした。
(もちろん、映画の筋に関しては会社から「予算の都合で怪獣が壊す街はひとつだけにしろ」とか
「アメリカに輸出するのでアメリカ人の子供を出せ」とか言うオーダーはあったそうですが。)
また高橋氏が企画、プロデューサーから手掛けた「ぼくは五さい」と言う映画の話も出ました。
高橋氏と組んで大映を支えていたとも言える故・湯浅憲明監督の事を「デブ監」なんて呼んで
懐かしそうに話されていました。
底の浅い特撮ファンに過ぎないワタクシは実に不勉強で、高橋氏の業績をガメラシリーズぐらい
しか知らなくて最初は行こうかどうか、少し迷っていましたが参加して良かったです。
(イベント後の懇親会ではすぐお隣に座らせていただく事になり柄にも無く緊張しました。)
*写真は一緒に参加した知り合いがもらったものです。
良く見るとサインの日付のところにちょっとした小細工(笑)が!!
(書き間違えたワケでは無く「この日だから出来た」サインだそうです)

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