2011/7/19
愛蹴記23/ファイナル 少年サッカー愛蹴記
灼熱の人工芝のグランドで、次男坊たち中学3年生のイレブンがセンターサークルで肩を組んでいる。本戦を引き分け、延長戦でも決着はつかず、都大会進出はPK戦までもつれこんだ。振り返ってみれば、「少年FC」といい、中学のサッカー部といい、僕のそばのサッカーにPKはあまりいい想い出は無い……。いや、長男は14人目までもつれたPK戦の最後のキッカーとして試合を決めたし、三男坊は2戦連続でPK戦を勝ったこともあった……、でも、やっぱり敗戦の方がずっと多いか...。そんなことを思いながらスタンドから「サッカーじゃんけん」を見守っていたが、次男たちは本当に残念ながら勝ちを譲ることになった。仕方ない。反省も後悔もあるだろうけど、よく闘った。この試合だけじゃない。3年間、全うした。
この最後の試合、右サイドバックとして初めて納得のいくプレーができた次男は、高校でもサッカーを続けると言った。そうか、応援に行くのが楽しみだな、僕はそう応えた。少年サッカーから身を引く僕は、週末にはたっぷりと時間ができる。

----------------------

日曜の昼下がり、小学校の校庭はいつの間にか人があふれていた。「親子サッカー」というチームのイベントを行ったこの日を僕は自分の最後の日と定めた。「少年FC」の全選手の顔を最後に見て、いくつかの学年の保護者に混じってサッカーを楽しんで終わろうと思ったのだった。すると、保護者会の会長が気遣ってくれたらしく、僕が監督になった8年前の卒業生たちに連絡を回したそうで、OBたちにみならず、卒業生の親御さんたちまで学校に来てくれたのだ。
8年前の卒業生といえばウチの長男たちで、現在大学2年生、二十歳になる。彼らからこの春巣立っていった中学1年生まで集まってくれた。すっかり大人びた表情で「こんちは。お久し振りです、監督」と声をかけてくれる。
「元気かよ。サッカーやってるのか」と僕は応じる。
「でかくなったな。身長は?」
と高校1年生に訊けば、「172センチです」とその子は応えた。
「173センチまでにしとけ。俺は174だから」
「長いあいだ、ご苦労様でした」とにこにこ笑顔で挨拶してくれる懐かしい父母の方々。
「あのとき、監督が監督になってくれなかったら、ウチの子はきっとサッカーはやめてたわ」
と、僕がすっかり忘れていたことを話し出した方もいる。
「そんな大げさだったっけ?」
僕は照れ隠しするしかなかった。
校庭には笑顔が咲いていた。あちらこちらで同窓会の輪ができた様相は、幸福な光景だった。子供たちは大きくなった。傷の直りが遅くなるのも、腰痛が長引くのも、白髪が増えるのも、老けたと感じるのも致し方ない。自分の年齢を教えてくれるのは常に他者である。
大学1年生で女子サッカーを続けている、わが「なでしこ」の2人がお疲れさまでしたと花束をくれた。今まででいちばん嬉しい花束、いちばんかわいい花束だった。
「親子サッカー」の合間に大勢集まったOBたちを年代別にグループ分けして、コーチとのゲームを急きょ行った。もちろん僕は出ない。監督はやらないんですか、と言われたが、現役の高校生とゲームなんてやれるものか。最後の最後でアキレス腱でも切ったらシャレにもならん。
ああいうプレーはかわらんなあ。相変わらず不器用だな。うまい。うわ、格が違う。ピッチサイドでそんなことを喋りながら、時間は日没に向かって進んでいった。
全行程が終了。僕の前には「少年FC」のキッズが整列している。僕の後ろと両側には、大人たち、OBたち。僕は子供たちに最後の挨拶をした。
「みんなが生まれる前からコーチをやりはじめ、その後8年監督をやってこれたのはサッカーが大好きだからだ。みんなに言いたいことはたくさんあるが、最後はサッカーの話にしようと思う。
高学年になるに連れて試合が増える。大会、リーグ戦、練習試合がたくさんある。試合が増えるに従ってゲームに慣れていく。それはもちろん悪いことじゃない。でもね、何にも考えずにただゲームをやっちゃいかんぞ。小さいことでいいから自分で目標を持って試合に臨んでくれ。フェイントしてやろう、いつもよりドリブルしよう、いいパスを出そう、何でもいいから目標を持て。目標を持たずにゲームをやって、例えいいプレーができたとしても貯金になり難い。
最後にいつも『送る会』で話すことを言って終わろう。
みんなの練習シャツの胸には、All for One, One for All と書いてある。“みんなはひとりのために、ひとりはみんなのために”という意味だ。いろいろな思いが詰まっている言葉だが、チームということ、ひとりじゃないってこと、ひとりじゃできないってこと。
自分ひとりではサッカーはできない。仲間がいるからチームができる。相手はいるからゲームができる。レフェリーがいるから試合が成立する。仲間がいるからサッカーができることを忘れないように。そして何よりも、君たちがサッカーができるのは、お父さん、お母さんがのおかげだ。そのことの感謝を決して忘れるな。
みんな、サッカーを頑張って、いい大人になってくれ。サッカーは大人になるためのいろいろなことを教えてくれる。みんな頑張れ。俺はこれからも応援してる」
僕の後を継いでくれるコーチがでっかい花束を贈ってくれた。花束贈呈は野郎なのか、と僕は悪態を吐いてやった。その後、彼は何か手に取り、子供に向かって訴えた。
「これはチームから監督への贈り物です。クリスタルガラスのトロフィーですごくきれいなのですが、これにみんなの指紋を付けて監督にあげよう」
子供たちはワイワイ騒ぎながら、その記念品を汚れた手でべたべたと触っている。おいおい……。
本当にクリスタルガラスかどうかは疑わしいが、サッカーボールを象ったピカピカのガラス玉には子供たちの汚れた指紋がたくさん付いていた。トロフィーには「最優秀監督賞」と刻まれていた。
校庭を出る時間が近づいてきた。セレモニーが終わり、アイスコーヒーをすすっていると子供たちが僕を取り囲んで握手をせがむ、頑張れよ、頑張れよ、と握手を返した。握り返す手の中にひときわふくよかな手があって、目をあげたらあるお母さんで、飲み会には来てくださいね、と言われた。行かないよ、と笑って応えた。学年で寄せ書きした色紙もくれた。写真も取った。
高校1年生諸君が横一列に並び、お世話になりました、と挨拶してくれた。僕は握手で返した。
「これからは時間ができるから、お前たちのサッカーを追いかけるよ」
夜、気の合う仲間たちと呑んだ。「なでしこ」を見なきゃいけないから軽くね、と言いながら、軽くですむはずはない。5時間ほど痛飲して家に帰った。いろんな夢を見た。酔っぱらいが自分の夢を覚えているはずはないが、懐かしく、ほろ苦い夢だったように思う。夢の途中、僕は慌てて跳ね起き、テレビを点けた。「なでしこ」はアメリカに0-1の劣勢だ。このままかな、いや、何とか追いつける気がする。真剣に見ているのだがときどきまどろんでしまう。なでしこの姿がかつての長男たちに変わる。メダルを逃して黒い涙をにじませる長男の顔が浮かぶ。同点、とテレビが叫び、僕は我に帰った。えらいぞ、なでしこ。延長戦。アメリカの猛攻に堪え、ボールを保持したとき、如何に仲間と連動できるか、なでしこのサッカーは「絆」だ。なでしこのブルーのユニが赤のシャツに代わり、歯を食いしばる次男坊に変わる。いかん、また眠ってた。アメリカの逆転弾。さすがにもうダメか,,,いや、このチームはわからん。ワールドカップの決勝戦なんて、生きてる間にもう二度と見られないかもしれない。勝って欲しいな、いや、勝たせたいな。ボールを浮かすな、下でつなげ、受ける足が逆、適当にやるなよ、上手くなったんだから勿体ない……サッカーをやっているのは三男たちで、僕はベンチから大声をあげている。僕は文句を言いながら笑っている。三男たちに指示するのが楽しい様子の僕である。そんな場合じゃない、ワールドカップ決勝じゃないか、目を開けた時、PK戦が始まっていた。PKかよ、いい想い出が無い。いや、そうじゃない、勝ったことだってある。しかもなでしこは「少年FC」じゃない。彼女たち後ろ姿は「負」を背負ってはいない。
なんと、優勝だ。世界一だ。僕は涙腺が壊れた。なんと幸福なことだろうか。少年サッカーを離れることは、寂しくてたまらない。しかし、サッカーという魔物から僕は逃れることはできない。僕はこれからもサッカーを追いかけることだろう。

1
テーマ: サッカー
2011/7/22 0:03
投稿者:葉河
2011/7/20 20:03
投稿者:魚の友だち
そうかあ、サッカーの監督を引退した日にワールドカップ日本優勝を見たんだ。ひとつの偶然ではないかもね。サッカーの神様の仕業かもしれないね。お疲れさま。

いろいろあった14年間だったよ。
生まれ変わったら、プロのサッカー監督になりたいね。