2008/8/22
fanta.122/魂 少年サッカー親子奮闘記
北京五輪で女子ソフトボールチームが優勝した。悲願の金メダル。予選リーグ、準決勝で2度負けたアメリカを決勝で倒しての、まさに茨の道の金メダルである。優勝の瞬間、久し振りに鳥肌が立ち、涙が滲んでしまった。40も半ばになると涙もろくなるようだ。
女子ソフトボール決勝戦の前は「なでしこジャパン」が惜しくもドイツに破れ、銅メダルを逃した。残念であるが腹立たしさはない。それは、なでしこの面々があるべき姿を示し続けてくれたからだ。みんな、ドイツの選手以上に“アスリート”だった。残った課題は前に進むためのポジティブな要素ばかりだ。


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女子ソフトボールチームが苦闘していた決勝進出戦の最中、世間からあまり注目されることもない中、フル代表チームがウルグアイと親善試合を行い、見事な完敗を喫した。新聞報道によると岡田監督はセンターFWを置かない“トップレス”システムとか称していたようだが、そんなのはどうでも良く、来るW杯最終予選に向けて、不安ばかりの結果と内容が残っただけだ。
日本を走って崩したウルグアイは南米予選では10チーム中6位。そこにまったく歯の立たなかった日本だがアジアのゆるいレギュレーション(出場チーム4.5枠)に助けられ、南アフリカに進む可能性は高いといえるだろう。しかし、例え2010年に出場したとして、北京五輪のバドミントンペア、体操選手団等以上に意義を見出せるだろうか。北京のU-23と同じようなサッカーで終わるならば、W杯の切符を逃して、冷静に日本サッカーの建て直しを図った方がいいのではないかと思ってしまう。'98年に自国のW杯で優勝したフランスは'94年のW杯には出場していない。簡単に手に入るチケットは大切にされないものだ。日本サッカーは北京の「なでしこ」を基準として頭と身体を鍛え直すべきだ。選手だけではなく。
「なでしこ」にあって男子U-23になかったものは、澤選手である。守備に攻撃にピッチを走り回り、コーチングを欠かさず、決して諦めたり醒めたりしない中盤の王が日本男子には見当たらない。U-23もフル代表も同じだ。小野伸二は確かに天才だと思う。しかし彼のピッチ上の様子、試合後のコメントからは澤にはなれないもどかしさが感じられる。ドイツW杯を知る選手には二度とあの敗退を繰り返さないよう、伝授する義務があると思う。日の丸の重みと誇りを知る者の責任だ。その役割がゴメンなのであれば、代表には入らないでもらいたい。
女子ソフトボールの上野投手を見習いたいものだ。サッカー代表選手だけではなく、私は少年サッカーの子供たちにも彼女の魂を感じて欲しいと思う。ピッチャーは孤独である。ピッチャーが投げなければゲームは動かない。そして投げたボールはすべて数字となる。野球(ソフト)は個対個の連続するスポーツだ。9対9で戦うシーンなどない。上野投手は二日間で400回以上戦ったともいえるのだ。想像を絶するプレッシャーだったと思う。そして常人にない「心技体」の持ち主である。
私はこのブログ(ずっと以前のコラムにも)に、「心技体」では技は心に優先すると幾度か書いてきた。技術がなければ心はついてこないと思うからで、それは今も変わらない。しかし、澤や上野、北京五輪のさまざまな舞台を観ていると、ある水準以上には「心」は何よりも大切だと思う。
U-23のゲーム、ウルグアイ戦のフル代表は、反面教師としてそのことを表している。
誤解無きよう書き記すが、私は結果を欲しているのではない。日本がW杯に出場しても必ずどこかで負けるのだ。理想を持ち、追い求め、それをゲームで表現しながら最後まで諦めなければ、私はそれで満足なのだ。それは私が「少年FC」の子供たちに求めていることとまったく変わらない。心の琴線を震わせてくれるものはプロもアマチュアも少年も変わることはない。それは技術ではない。やはり心である。魂である。


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女子ソフトボール決勝戦の前は「なでしこジャパン」が惜しくもドイツに破れ、銅メダルを逃した。残念であるが腹立たしさはない。それは、なでしこの面々があるべき姿を示し続けてくれたからだ。みんな、ドイツの選手以上に“アスリート”だった。残った課題は前に進むためのポジティブな要素ばかりだ。

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女子ソフトボールチームが苦闘していた決勝進出戦の最中、世間からあまり注目されることもない中、フル代表チームがウルグアイと親善試合を行い、見事な完敗を喫した。新聞報道によると岡田監督はセンターFWを置かない“トップレス”システムとか称していたようだが、そんなのはどうでも良く、来るW杯最終予選に向けて、不安ばかりの結果と内容が残っただけだ。
日本を走って崩したウルグアイは南米予選では10チーム中6位。そこにまったく歯の立たなかった日本だがアジアのゆるいレギュレーション(出場チーム4.5枠)に助けられ、南アフリカに進む可能性は高いといえるだろう。しかし、例え2010年に出場したとして、北京五輪のバドミントンペア、体操選手団等以上に意義を見出せるだろうか。北京のU-23と同じようなサッカーで終わるならば、W杯の切符を逃して、冷静に日本サッカーの建て直しを図った方がいいのではないかと思ってしまう。'98年に自国のW杯で優勝したフランスは'94年のW杯には出場していない。簡単に手に入るチケットは大切にされないものだ。日本サッカーは北京の「なでしこ」を基準として頭と身体を鍛え直すべきだ。選手だけではなく。
「なでしこ」にあって男子U-23になかったものは、澤選手である。守備に攻撃にピッチを走り回り、コーチングを欠かさず、決して諦めたり醒めたりしない中盤の王が日本男子には見当たらない。U-23もフル代表も同じだ。小野伸二は確かに天才だと思う。しかし彼のピッチ上の様子、試合後のコメントからは澤にはなれないもどかしさが感じられる。ドイツW杯を知る選手には二度とあの敗退を繰り返さないよう、伝授する義務があると思う。日の丸の重みと誇りを知る者の責任だ。その役割がゴメンなのであれば、代表には入らないでもらいたい。
女子ソフトボールの上野投手を見習いたいものだ。サッカー代表選手だけではなく、私は少年サッカーの子供たちにも彼女の魂を感じて欲しいと思う。ピッチャーは孤独である。ピッチャーが投げなければゲームは動かない。そして投げたボールはすべて数字となる。野球(ソフト)は個対個の連続するスポーツだ。9対9で戦うシーンなどない。上野投手は二日間で400回以上戦ったともいえるのだ。想像を絶するプレッシャーだったと思う。そして常人にない「心技体」の持ち主である。
私はこのブログ(ずっと以前のコラムにも)に、「心技体」では技は心に優先すると幾度か書いてきた。技術がなければ心はついてこないと思うからで、それは今も変わらない。しかし、澤や上野、北京五輪のさまざまな舞台を観ていると、ある水準以上には「心」は何よりも大切だと思う。
U-23のゲーム、ウルグアイ戦のフル代表は、反面教師としてそのことを表している。
誤解無きよう書き記すが、私は結果を欲しているのではない。日本がW杯に出場しても必ずどこかで負けるのだ。理想を持ち、追い求め、それをゲームで表現しながら最後まで諦めなければ、私はそれで満足なのだ。それは私が「少年FC」の子供たちに求めていることとまったく変わらない。心の琴線を震わせてくれるものはプロもアマチュアも少年も変わることはない。それは技術ではない。やはり心である。魂である。

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