「
どこかにある場所」で「
家族」を取り上げはじめた。
私は社会の最小単位は「個人」ではなく「家族」だと信じている。
私は社会の最小単位は「個人」ではなく「家族」だと信じている。
もちろん家族にはいろんな形がある。親兄弟を失った人も「家族」を求める。
そして、家族と思える人とつながったとき初めて社会ともつながる。
そして、「家族」の最大の単位が「国」ではないかと思う。
「家族の絆」は、先祖へもさかのぼり、これから産まれてくる子孫にも繋がる。
まさに時空を越えるのである。
今朝も書いたが靖国神社には我々の祖先。子孫を思って死んでいった英霊たち
がまつられている。我々にはごく自然に先祖を思い、子孫を思う気持ちがある
と思う。ただ普通に靖国神社にお参りしてもいいんじゃないだろうか?
昨今の首相の靖国神社参拝に対する左翼や周辺諸国の反応を見よ。
彼らのねらいは首相の靖国神社参拝を批判することによって、靖国神社を特別
視させごく自然な「家族の絆」を裂こうとしているのである。
戦前までの日本という家族の絆を象徴した文章がある。
出所や書いた方のことは後で書くとして、ぜひ読んでもらいたい。
私は、私達の祖先が、遠大な理想のもとに、道義国家の実現をめざして、日本の国をおはじめになったものと信じます。
そして、国民は忠孝両全の道を全うして、全国民が心を合わせて努力した結果、今日に至るまで、見事な成果をあげて参りましたことは、もとより日本のすぐれた国柄の賜物といわねばなりませんが、私は教育の根本もまた、道義立国の達成にあると信じます。
国民の皆さんは、子は親に孝養を尽くし、兄弟・姉妹は互いに力を合わせて助け合い、夫婦は仲睦まじく解け合い、友人は胸襟を開いて信じ合い、そして自分の言動を慎み、全ての人々に愛の手を差し伸べ、学問を怠らず、職業に専念し、知識を養い、人格を磨き、さらに進んで、社会公共のために貢献し、また、法律や、秩序を守ることは勿論のこと、非常事態の発生の場合は、真心を捧げて、国の平和と安全に奉仕しなければなりません。
そして、これらのことは、善良な国民としての当然の努めであるばかりでなく、また、私達の祖先が、今日まで身をもって示し残された伝統的美風を、さらにいっそう明らかにすることでもあります。
このような国民の歩むべき道は、祖先の教訓として、私達子孫の守らなければならないところであると共に、この教えは、昔も今も変わらぬ正しい道であり、また日本ばかりでなく、外国で行っても、間違いのない道でありますから、私もまた国民の皆さんと共に、祖父の教えを胸に抱いて、立派な日本人となるように、心から念願するものであります。
勝手に引用したことをお許しください。
出所は続く記事で書きます。
家族を大事にし、祖先を大事にする人にとっては、非常に分かりやすく、もっともなことがかかれていると思う。
特に、この部分
「子は親に孝養を尽くし、兄弟・姉妹は互いに力を合わせて助け合い、夫婦は仲睦まじく解け合い、友人は胸襟を開いて信じ合い、そして自分の言動を慎み、全ての人々に愛の手を差し伸べ、学問を怠らず、職業に専念し、知識を養い、人格を磨き、さらに進んで、社会公共のために貢献し、また、法律や、秩序を守ることは勿論のこと、非常事態の発生の場合は、真心を捧げて、国の平和と安全に奉仕しなければなりません。」
ごくごく当たり前ですよね。
そして、この文章のもう一つ大事な部分は、
「この教えは、昔も今も変わらぬ正しい道であり、また日本ばかりでなく、外国で行っても、間違いのない道でありますから、私もまた国民の皆さんと共に、祖父の教えを胸に抱いて、立派な日本人となるように、心から念願するものであります。」
です。これを書かれた方もこれを守っていくよ!
っと書かれている。そして、外国でもこの価値観は大きく変わらないんだからねともかかれている。
国や世界を語る上で家族がもっとも基本であり、最大の単位は国だと私は考えている。
家族についてふれてくれた「どこかにある場所」に感謝と賞賛したい。

0