仏教のお経が聴いていてもさっぱり分からないのはどういうことなのか疑問に思っていました。聖書であれば、物語として読めばそこそこ面白いのに、この差は一体何だろうと思っていました。
ひろさちやさんの本で分かりました。お経は漢文のままだからなのです。
以下、ひろさちや、「世界の宗教がわかる本」、PHP研究所、より
日本では、経典は本来の役割を果たしていません。
その原因は、古代日本では、仏教本来の哲学的、思想的な意味にはあまり目を向けず、呪術的な面に重点がおかれ、その呪術で国の安全と繁栄を祈ることに機能的な有効性を求めていたからです。
つまり、仏教の思想は二の次で、経典を講じ、読誦することで五穀豊穣を願い、国家の安泰を願うことが行なわれていたのです。これがお経の役割でした。
これが仏教経典が近年にいたるまで和訳されることなく漢訳のままで読まれ続けてきた理由です。

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