おととい、我が神戸の町は17回目の鎮魂の日を迎えた。
震災後に神戸へ移り住んで来た自分は、残念ながらこの日をまったく知らない。
神戸に住みたいと思ったのは、震災の一年前、中学校を卒業した年の春休みだった。その前の年に、鷹取にある会社の社宅に住んでいたおば夫婦が、学園都市と名谷の間に家を建てたので、高校合格の報告もかねて、京都の祖母宅からみんなで遊びに行ったのだ。
おば夫婦宅の近くにある小高い丘の上に、いとこと二人で登ると、そこに展望台があって、眼下に垂水や舞子の町並みが、目の前には開通四年前の明石海峡大橋と、淡路島が見えた。ちょうど夕方で、夕日がとてもきれいだった。
自分は一発でこの風景のとりこになった。そこから10年近くかけて今、自分は念願かなって神戸市民となり、もうじき丸5年になる。
だからあの日、自分が一番大好きで住みたいと思った町にいったい何が起きたか、それは決して忘れない。
そしてその大好きな町で住人として暮らす以上、決してこの日は忘れない。
去年もおととしも定演で演奏した『しあわせ運べるように』の歌詞にもある、「毎日を大切に生きていこう」と思う。

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