昨年から、岡山県山岳連盟広報委員長を拝命していますが、何も仕事をしていません。年間1つぐらいはと考えて広報誌を発行しました。素晴らしい記事でしたので、ここに掲載します。一度登って見て下さい。
怒塚山(いかつかやま)-金甲山(きんこうざん) 登山道 開拓の記
みつがしわ山の会 澤 本 利 康
平成14年退職した年の5月、私の住む岡南地区からいつも見ている金甲山(403m)に向かった。郡から山沿いの道を通り、電源開発管理道の案内を頼りに急登を尾根筋に上がったが、分岐から金甲山への道は古い踏み跡は有るものの、藪と倒木で塞がれていた。人の歩いた気配はほとんど感じられず、丸腰では不気味で進めなかった。 後日弁当に鎌や鉈を用意して再度試み、予定通り登る事が出来たが、薄暗い樹林の中の一人歩きは不気味であった。 周辺から見る怒塚山(332m)は、目を引いたが地元の人に尋ねても登り口は解からなかった。締め切り堤防西詰め、児島湖の対岸から見る怒塚山(332m)夏も終わりに近い頃、鉄塔管理道から尾根筋を怒塚山に向かい、藪や急登を抜けたどり着いた怒塚山頂上は、地面を這うマサキが異常に密生していた。アベマキ等の大木や倒木で薄暗く、気味悪さを感じたが頂上はなだらかな広さがあった。気がつくともう陽は遠く直ぐ引き返すが、前に歩いた落ち葉の踏み跡は解かりづらかった。
『ウ・・まちがった・・・.』焦りで尾根を間違えたまま降りていた。慌てて急登を上がった。息が弾む。林の中は薄暗く気が焦る。やっと通った踏み跡を見つけて樹林を抜けると少し明るくなった。もう大丈夫。鉄塔の下で休む。暮れかけた空に、林縁にせり出したカラスザンンショウの尖った葉がイヤに大きく見えた。上空では無数のカラスが異様な声で騒いでいた。足早に帰りを急ぐ家路では明かりが眩しく夕食の頃か・・・。遅い帰りを心配した妻には本当の事は言えなかったし、夜は中々寝付けなかった。その後何度かの整備を重ね、怒塚山、-金甲山の尾根筋を往復したものである。 秋も深まった頃、郡から伸びる中国電力の鉄塔管理道を見つける事が出来た。藪で荒れ、崩れた道は整備に手間取った上、最後の鉄塔から頂上迄は全く道が無くかなりの急登であった。
やっとつながった郡から怒塚山、金甲山までの縦走路の始まりは、麓の谷口さんの私有地を通るものであった。最初に会った谷口さんは普段人が来ない所に急に現れた私に、驚かれた様だった。それ以来家族の方とも大変親しくして頂き、30年程前は畑の脇を通って竹薮を抜ける道が有ったと聞き、林立した竹薮を切り拓いて駐車場につないだ。 『怒塚山-金甲山縦走コース』の小さな案内を建てると、その頃から登山者もだんだん増えてきた。
平成15年1月半ば怒塚山に登ると、頂上のアベマキの大木が無残にも生々しく削られて、名前や日付け等が書いてあり驚く。早速ボックスに木札とマジックペンを入れ頂上に置くと大変好評で、私の怒塚山通いは、思い思いに書かれたこのメッセージを見る事も楽しみの一つとなった。
平成16年の台風では多くの倒木があったが、その頃は力強い仲間が出来ていた。後に同じ山の会に入会した山田さんと共に塞いだ道を拓いて行った。それ以来いつも彼の知識と行動力が力強い存在であった。
平成17年に入って、『怒塚山の眺望が良くなれば・・・』と言う登山者の声に押されて、環境省、市環境調整課、市農水課、法務局、当時の振興局を何度か訪ね、助言と指導を受け整備が出来る運びとなった。地権者である『トミヤ宝石店』の古市大蔵さんには、同じ山の会の河本さんを介してお話しさせて頂き、私たちの意図するところを快くご理解頂き、大変嬉しかった。また地元の三股大次郎さんからも快諾を頂く事ができた。
同じ山の会でもある近所の山田さん、三浦さん方とも一緒に整備を重ね、頂上はずいぶん明るくて広くなり、部分的に眺望も楽しめるようになった。併せて清掃整備した郡の登山口駐車場は、ノイバラやクズ等の大藪がせり出していて、地元の人が〔ゴミ捨て場〕と言う通り、数年分もの粗大ゴミや弁当ガラ等が散乱していた。地権者の方に清掃を条件に使用交渉して快諾を頂いた。皆で力を合わせ見違える様にきれいになり、〔郡の玄関口がきれいになった〕と喜ばれた事も嬉しい事である。昨年11月には、岡山ハイキングクラブ40余名が縦走し、感想文を山陽新聞の『ちまた』へ投稿されたのをきっかけに、多くの登山ファンが登っている。 今年3月に県岳連の清掃登山の下見に見えた、河合自然保護委員長達と共に、地元から要望のあった金毘羅宮からお地蔵さん廻りの、『みつがしわ新道』を拓き、金甲山から帰り道の眺望がずいぶん良くなった。縦走路を中心に約9キロの行程の中にいろいろなコースが整い、体力に合った山歩きが楽しめる。なかでも清水池(奥池)から、城山筋へのコースは変化があり面白い。
思い返せば、私自身の山歩きの為に始めた事であったが、怒塚山の自然そのままの魅力と懐かしい山の薫り、木々の葉ずれの音や縦走の爽快感、また人との出合が作業を楽しませてくれた気がする。
なかでも怒塚山を拓いた早い時期に、どなたからか、心温まるお礼の手紙がボックスに入れられており、感激したことがあった。その後一度ならず登られている様であるが、何時か会える日を楽しみにしている。また里山センターで知り合った人達とこの山で出会えるのも嬉しい。ボランティア仲間や、自然観察等で毎年来る友達といろいろの勉強し合った事も印象に残る。40余年眺めてきた怒塚山が、地元の人を初め子供から中高年層まで、幅広い人達に親しまれる様になり大変嬉しく思っている。 そしてこの豊かな自然の生態が何時までも壊される事の無いよう見守って行きたい。

旧自動車試験場を過ぎた廃業したうどん屋の駐車場から登り口は始まる。

岡山市灘崎町付近から/怒塚山(左)と金甲山(右)