Q ヒマラヤの氷河が消失すると水資源が枯渇する?
A いいえ、下流の水資源問題はヒマラヤの氷河の有無とは無関係です
このフレーズもWWF(2005)のレポートが元になっていて、UNEPやIPCCに引用され、各種マスメディアで枕詞のように使われています。
昨秋に大々的に報道していただいた新聞にも、水資源云々が書かれてしまいました。現地でご一緒した記者さんにはそれこそ念仏のように「関係なぁ〜い、関係なぁ〜い」と唱えていたのですが、東京のデスクにサクッと入れられたとか。
些細なフレーズかもしれませんが、悪影響は甚大です。今回も、思考実験で見てみましょう。
まずは、氷河が水資源として重要なケースを見てみましょう。(あるにはあるのです)

この図は、上流の山々に氷河があって、そこに端を発する河川が乾燥域に流れ込んでいる様子。タクラマカン沙漠とか、ゴビ沙漠など、中央アジアに代表される地域を想定しています。
このようなところでは、下流ではほとんど雨が降らないため、山から流れてくる水が極めて重要な水資源となります。(まだ、氷河が重要だとはいってません)
ここの氷河がなくなると何が起こるか?ということを考えてみます。
気候が安定している場合、氷河はその気候にあった状態で安定して存在しますので、質量は変化しません。この場合、(蒸発などの影響を脇に置いておくと)雨・雪として氷河に降った分は、いずれ融解水として河川にでてくるはずです。
つまり、安定した気候(安定した気温と安定した降水量)が維持されている限り、
氷河の有無は河川の流量には無関係です。
次に、温暖化を考えてみましょう。温暖化で氷河が縮小しつつある現状では、氷河はこれまでの蓄えを削って河川に水を供給します。この場合、氷河周辺に降る降水よりも多くの水が河川に供給されることになります。
さて、
ここからが肝心。あまり認識されていないことですが、降水が減ると氷河も減ります。氷の供給が減るだけでなく、太陽光を反射してくれる雪が降るチャンスも減るため、融解量が増えるためです。この時もやはり、氷河は河川に
余分な水を供給します。
話が込み入ってきましたが、も少し我慢。乾燥域では降水がどのように降るかを考えてみます。図では上流で降水量が多いように描かれていますが、多いといっても年間400mm程度。乾燥域での降水量の変動は大きく、200mm程度しか降らない時もあります。年々の変動(降ったり降らなかったり)の幅が、仮に200mmとしたとき、元々300mmしか降らないところでの+/-200mmと、3000mm降る熱帯での+/-200mmを考えれば、乾燥域での水の供給が如何に不安定かがわかります。
つまり、
・乾燥域では元々の降水量に対し降水の年々変動が大きいため、河川水が不安定になりがち
・氷河は降水が少ないと身を削って水を河川に供給する
ことから、
氷河は乾燥域の河川水の安定した供給源であり、まさに天然ダムとしての役割を担っています。WWF(2005)を書いた人がどこまで解析・検討したかは知りませんが、こういう趣旨が込められていると考えられます。
さて、ヒマラヤにこれが当てはまるかを考えてみましょう。

上の図にならってヒマラヤの状況を書くと、こんな風になるはずです。氷河のあるところでは、大ざっぱに言って1000mmくらいの降水があります。一方、下流に下っていくに従い降水量は増え、3000mmを越える地域もたくさんあります。それ故にバングラディッシュとかは毎年のように洪水に見舞われています。
こういう地域を流れる河川の河川水に、どれくらいの割合で「氷河の融け水」が含まれているでしょうか?ちゃんと計算してませんし、するつもりもありませんが、降水量×面積/(全域の積算)がその割合となりますから、面積的には狭いヒマラヤに下流よりも少な目な降水量をかけてもたいした割合にならないことは明らかです。
簡単にいうと、
「下流でじゃぶじゃぶ雨が降ってるところでは、氷河の役割はなきに等しい」のです。

こちらの図は、NASAが出しているBlue Marbleという画像です。氷河が重要な役割を果たしている
乾燥域を大ざっぱですが
○で囲みました。一方、矢印付きの線で示したのは、この地域の主要な河川です。
見て明らかなように、ヒマラヤの氷河に端を発する河川は乾燥域には流れ込んでいません。かろうじて乾燥域と関係していそうなのは、インダス川流域(図の左下の○)くらいです。WWF(2005)のレポートでは、「ヒマラヤの氷河が消失することによってウン億人が水資源の枯渇に直面する」などと書かれていますが、この地域にそんなに人が住んでいるんですかね?誰か調べてくれませんか?というか、↑のような煽り文句を書くなら、そこまでちゃんと示して欲しいものです。
というわけで、今回のお題に対する回答は、「氷河が重要な役割を果たしている地域もあるけれど、ヒマラヤはとりあえず無関係」ということです。