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投稿者:サッコ
「あとで、びっくり」2.

そろそろ昼休みの時間も終る頃。
喫茶店を出て、俊之は言う。
「こっちが、駅だ。」
「?」
それぐらいは、いくら方向音痴のレナにもわかる。
ついさっき来た道だ。
そう言いつつ、俊之は違う方向へ歩きはじめた。
「?!」
レナはあわてて、大またで歩いていく俊之を追いかけた。
「これが最近出来た、新しい店。高いもんばっかりだけど。」
「へぇ?」
「ここも、最近出来たケーキ屋。結構女の子に人気があるみたいだ。」
「…そう?」
どんどん歩きながら、いろいろ説明してくれるのだが。
横道にもそれ、だんだん駅の方向がわからなくなって、戻れるかどうか不安になってくる。
「ここが…」
そのうち、レナはやっと気づいた。
俊之は、俊之の住むこの街を案内してくれているのだ。
『最初から、そういってくれればいいのに(笑)』
俊之の優しさには、いつも後から気づかされる。
わかりにくいが、あったかい。

「あそこが駅だから。」
俊之はぶっきらぼうに手を振り、駆けて行った。
「昼休み、ずいぶん過ぎちゃった。きっと、上司にしかられるな。」
レナも手を振り返しながら、なんだか心がここに着いた時より、ずっと軽くなってるのを感じた。

帰りの普通列車。
また3時間、揺られて帰る。
名刺を眺めてると、自然に笑みが浮んでくる。
「ほんとに。後からびっくりさせられる人だな、あいかわらず(笑)。」

レナにはまだ気づいてないことがある。
なぜ、ぐちを言うためにわざわざ俊之に会いに来たのか。


あとで、びっくりして気づくまで、この列車の往復、あと3回。
投稿者:サッコ
「あとで、びっくり」1.

レナは、揺れる普通列車に腰掛けて、一枚の名刺を眺めていた。
3ヶ月前に転勤した、俊之の名刺である。
俊之は同僚で、2年間いっしょに働いていたが、なかなか厳しい男だった。
レナに仕事の不手際があれば遠慮なく指摘し、常にもっと上を目指せと言う。
上司の文句を言えば、まず自分が改めるべきところを説かれる。
正論なだけに文句も言えず、俊之が転勤した時はホッとしたぐらいだ。
なのに、今。
会社でいろいろあって、誰かに話しを聞いてもらいたいと思ったとき、真っ先に浮んだ顔が俊之だったのである。

昼休みの時間に抜け出して、俊之が待ち合わせの喫茶店に来てくれた。
ちっとも変わってない。
俊之はレナの言うことを、黙って聞いてくれた。
そして、以前と同じようにレナの至らない箇所をいくつも指摘し、なすべきことを諭してくれた。
レナは、ちょっとふくれっつらで聞いている。
なんとなく納得しない部分もあるが、きっと正しいのである。
いままでも、そうだった。
俊之の正しさは、後で気づいて、びっくりするぐらいだった。

「…ありがと。だいぶん落ち着いた。よく考えてみる…。」
まだちょっと不機嫌そうなレナを見て、俊之は深く椅子に腰掛けなおし、背にもたれながら言った。
「だいたい、レナは何事も喧嘩ごしなんだよなぁ。そして「仲直り」が苦手、ときてる。」
「あら、ちゃんと仲直りだってするわ。ただ、仲直りの回数が、喧嘩の数より1回少ないだけで。」
俊之は思わず苦笑する。
「それだと、だんだん付き合う人間の数が減ってくるだろ。」
投稿者:さいはてのサッコ
「ここ掘れ、わんわん!」3.

サチは池のそばの木の下の座り込んでいた。
黙りこんでいる主人のそばで、タローはおとなしく伏せの体制をとってはいたが、その眼は上目遣いでサチをじっと見つめていた。
タローの鼻先の前を小さな虫が通り過ぎていく。
タローが虫を眼で追っていくと、木の下にもぐりこんでいった。
そのそばの土から、古びた缶の角が見えている。
タローは缶のそばまで歩いていって、前足で掘りながら、わんわんと吠えた。
サチはタローが吠えているのに気づき、ふとわれに帰った。
「タロー、何を見つけたの?」
サチはびっくりした。
それは、小さいころ太朗と埋めた宝箱に違いなかった。

サチは錆びた缶をおそるおそる開けてみた。
中にはたわいのないものがたくさん入っている。
雑誌を切り抜いたもの。自動車だから、これは太朗が入れたものであろう。
もとはたんぽぽとおぼしき枯れた草。太朗がくれた花冠のなれのはて。
サチは微笑みながら、ひとつひとつ眺めていた。
缶の下に一枚の写真があった。
小さい太朗とサチがにっこり笑って写ってる写真だった。
その時、風がふいてきて写真が手から離れ、池のそばの草にひっかかってしまった。
危うい場所だ。近くに寄ると、池に自分が落ちてしまうかもしれない。
でも。
サチはちょっとたよりない若木につかまり、写真のほうに手をのばした。
サチは、するんと池に落ちた。
池のふちは滑りやすく、サチはなかなか這い上がることができなかった。
わんわん!わんわん!
タローが吠えまくる。
その時。
ひとりの男が一匹の犬とともに現れた。
そしてサチの手をとり、力いっぱい引上げる。
サチはずぶぬれの泥だらけ。
でも手にはしっかり写真が握られていた。
「…ポチ?」
男は思わず言ってしまった、という感じで自分の口を押さえた。
サチは、男が誰だか、わかった。
「ポチでいいわ(笑)。忠犬ポチよ(笑)。」
ポチという名が出て、男のそばにいる犬が、やたらにシッポをふっている。
「その犬、なんて名前?」
男は、心なし顔が赤くなり。
「…ポチ。…君のは?」
「もちろん、タローよ(笑)。」

長い間住み人のいなかった家が、これからずっとにぎやかになるのである。
タローがひとりといっぴき。
ポチがひとりといっぴきで、ややこしくはあったが。
投稿者:さいはてのサッコ
「ここ掘れ、わんわん!」2.

サチはまだこの街にいた。
仕事から帰ってきてから、愛犬と散歩に行くのが日課である。
「タロー、行くわよ。」
タローはもう言われる前に、散歩用のリードをくわえて玄関で座って待っている利口な犬である。

小さい頃走り回った草っぱら。
あのころはすごく広い草原だと思っていたけど。
サチはいまだに太朗のことを考えることがある。
なんであの時、いらいらしてたのかなぁ。
太朗の気持ちがわからなかったからかなぁ。
私のこと、ただ懐いてそばにくっついているだけの犬だとしか思ってないんじゃないかと思ってたから。
「そんなこと、ないよ。」
と、ただ言ってほしかっただけのような気がするのだけど。

太朗?
今どうしてる?
私、大きくなったよ。強くなったよ。
強い風に立ち向かって耐えることも覚えたし、時には風にゆらゆら身体をまかすことも覚えたよ。
サチは風に吹かれながら、今日も太朗を思っていた。

草原のはずれには、太朗が住んでいた家がある。
ずっと締め切っていたのに、今日はその家に灯りがともっていた。
「タロー?誰か、引っ越ししてきちゃったよ?」
思い出がひとつ無くなってしまったようで、サチは踏ん張るタローを無理矢理ひっぱりながら、そっと道をはずれた。
投稿者:さいはてのサッコ
「ここ掘れ、わんわん!」1.

サチと太朗は幼馴染だった。
サチは彼を「タロー」と呼び、太朗はなぜか彼女を「ポチ」と呼んでいた。
家が近所で、小さい頃は草っぱらで追いかけっこしたり、池のそばで木の実をつぶしては瓶に詰めてジュース屋さんごっこしたりして遊んでいた。
中学に入ってからは流石にそういうこともなく、学校ではあまり言葉も交わさなかったが、お互いの家は行き来していた。

15歳のある日。
サチは自分でもわけのわからない苛立ちを覚えていた。
この何年間か、同じように時間が過ぎている。
太朗の狭い部屋の中で、太朗は太朗で自分の好きな本を読み、サチはサチでスケッチブックに絵を描いている。
いつもと同じ穏やかな時間を過ごしているのに、サチはなんだか物足りないし、心もなんだかがさがさとささくれだっているのだ。
その日もいつものように太朗が「ポチ。」と呼びかけただけなのに、サチは急にどなり返した。
「ポチ、ポチって呼ばないでよ!私はタローのペットじゃないんだから!」
太朗にはもちろん何がなんだか、さっぱりわからない。
「…なんだよ、それ。」
太朗もムッとして、その日は喧嘩別れをしたのだった。
『なんだかわからないわよ、私にだって…。』
しょんぼり帰るサチだったが、そのうちすぐに仲直りできるだろうと楽観していた。
数日後。
太朗の両親が突然事故で亡くなり、葬儀のあと太朗は親戚とともに引っ越ししてしまった。
あれからひとことも口をかわすこともなく。

それから10年がたった。
サチ25歳。
投稿者:さいはてのサッコ
「猫を、捨てる」3.

ある日の昼休み。
あかねが麗子に声をかける。
「センパイ。ノラちゃん最近来てるンですかぁ?」
麗子が、すっきり笑いながら答える。
「引っ越ししちゃったから、もう来ないの。でも、子猫を新しく飼ったわ。」
「わぁ!写メとかないんですかぁ?」
麗子が携帯の待ちうけを見せると、そこには大きすぎる銀の首輪に迷惑そうな子猫が、ちんまり座っていた。
「かわいいですねぇ!今度センパイの家に行って見せてもらってもいいですかぁ?」
「もちろん!」
麗子とあかねがおしゃべりしてても、同僚たちはさすがにもう驚いてはいなかったが、おそるおそる、という感じで麗子のそばに寄ってきて、猫の写真を覗き込む。
「あら、ほんとにかわいい。」
「見てみたいわね!」
「あの?私も遊びに行っていい?」
麗子はちょっとびっくりしたが、もちろん同意する。
いつがいいかな、と相談する麗子のまわりには、その日からもう、空間はできなくなった。

ふんわりと揺れる麗子の髪に、日の光がさしている。
柔らかなブラウススーツのスカートも揺れている。
投稿者:さいはてのサッコ
「猫を、捨てる」2.

ある日麗子が仕事から戻ると、玄関に靴があった。子猫が3匹は昼寝できそうな、大きな靴。
ソファにクッションを枕にして寝ている男がいた。
最後に会ったのはいつだったかしら?3ヶ月前?半年前?
麗子が帰ってきた物音で眼を覚ました男が、しなやかな身体をぐぅっとのばし、今朝の続きのような声で話し掛けた。
「腹へった。なんか、食べるもの、ある?」

冷凍庫を覗いてみる。
ビーフシチューがある。男が好きなので常にストックしてある。いつ来てもいいように。
いつ必要になるかわからないものを用意しておくなんて、と麗子は自分自身が腹立たしかったが、出来上がるのを待っているにこにこした顔を見ると、苛立ちはすっと消えてしまうのだった。
用意している間、さんざんまとわりつき、話しかけ続けた男であったが、満腹になったら、さっさと横になって眠っている。
脱いだ上着も散らかしっぱなしである。
よれよれの上着をハンガーにかけて、ふとボタンを見る。
最初からの糸とは違う糸で付け直してある。
ただ、二つ目のボタンと三つ目のボタンとでは、明らかに付け手が違う。
「…なるほどねぇ。」
なにがなるほど、なのか自分でもよくわからないまま、麗子はつぶやいていた。
そうして、丸くなってきもちよさそうに眠っている男と、いつかあかねからもらった銀の首輪を交互に眺めて、考え込んでいた。

そんな生活が1週間続いて。
玄関の靴が、急に消えた。
現れた時と同じに、急に。
『いつもと、同じこと。いつもと、同じ。こんなこと、8年繰り返してきたのよ。』
なのに麗子は、はじめて泣いた。
手に、銀の首輪をにぎりしめながら、カタマリがとけるまで泣き続けた。
投稿者:さいはてのサッコ
「猫を、捨てる」1.

昼休み。
会社の食堂で、麗子はひとりで弁当を食べていた。
いつものことである。
込み合ってはいたが、麗子の周りにだけ空間がある。
それもいつものことである。
そこにいるのは同僚だが、友人ではない。
ここに勤めて10年。仕事には厳しく、それが同僚には煙たがられているのだろうとは麗子も感じてはいたが、それが自分なのだからしょうがない。
きゅっとひきっつめた髪に、みだれが無いか確かめ、かっちりとしたスーツに皺が出来ないようにすわり直し、食事を続ける。

少し離れた席で、4、5人が楽しそうにおしゃべりに興じていた。
中心に居るのは、最近産休で休んでいる社員のかわりに来たあかねである。
くったくのない笑顔の、かわいい娘。
来たばかりだというのに、もうなじんでいるのがちょっとうらやましい。
自分の飼っている猫の話をして盛り上がっている。
あかねがふと麗子のほうに視線を移し、大きな声で話し掛けた。
「麗子センパイは、ペット飼ってらっしゃるんですかぁ?」
むじゃきに話しかけるあかねを見て、同僚たちが、おもわず顔を見合わせているのが見える。
『ちょ、ちょっと。あかねはまだ知らないだろうけど…。』
『ねぇ?麗子さんがペットだなんて。』
心の中の会話が、まる聞こえである。
ふん。他の人にどう思われようと勝手だけど。
でも今日はなんだか裏切ってやりたい気分になっていた。
「…飼ってはいないけど、時々来るノラにエサをあげることがあるわ。」
あかねが顔を輝かせて聞いてくる。
「へえ。どうして飼っちゃわないんですかぁ?可愛いんでしょ?」
「外が好きだから、家には居つかないと思うの。でも、今度いつ来るかと思うと、引っ越しもできなくて…。」
「首輪に連絡先入れとれば?あ、わたし首輪のコレクションしてるんですけど、ひとつ差し上げますぅ。」
あかねが麗子に手渡したのは、銀の瀟洒な首輪。
確かにヤツに似合いそうだけど。
あかねと麗子が楽しそうにおしゃべりをしてるのを、まわりの同僚達が口をあんぐりあけて見つめているのを感じながら、考えていた。
『今度来たら、ほんとに首輪つけてみようかしら?』
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