2008/12/22 16:22
偽装請負と二重派遣と2009年問題 割り切れない人生
[2009年問題]ブログ村キーワード root_zero 割り切れない人生

以前の会社の話。
当時、某大手電機メーカー(発注元)に入っていた請負会社の下請けの派遣会社に就職。当時はそれで良かった。
数年後、あちらこちらの会社で偽装派遣・二重派遣・多重派遣・偽装請負の問題が発生してきた。
もちろんこの会社と発注元に労働基準監督署からの立ち入り調査が入った訳だが、彼らはこの会社の内情を見抜くことが出来ずに、お咎めは無かった。
この会社の他に2社が入っている。どの会社も実情は同じだ。
発注元は派遣会社と「業務請負契約」を結ぶ。書類上は「請負業務」となり、発注元の生産依頼を受け生産物に対する「単価」の交渉をし、それに基づいて生産計画を立てて予算と人員を決定し生産を開始する。
ここで、既に矛盾が生じている。
同じフロア内に発注元の社員や他の派遣会社がごちゃ混ぜ状態で、隣り合った同種類の設備をお互い助け合いながら生産の進行をする。
勿論会社ごとに給与体系も全く違うし、本来無ければならない「間仕切り」も無い。
業務の指揮は、当然発注元だ。毎日無理難題が課せられ、達成できないと罵声がフロア内を駆け巡る。
非常に理不尽だった。よくこんな「奴隷」状態に皆が耐え抜いたものだ。
2003年頃だったか…一時期偽装派遣がメディアで大きく取り上げられるようになってきた。
発注元は「ビクビク」ものだった。即座に各派遣会社の重役たちを呼びつけ、業務請負業から派遣業への労働契約の変更を迫った。労働基準監督署からの監査・改善命令をかわす常套手段だ。断る事はどの会社にも出来なかった。
そのまま数年が過ぎ去った。法的には「経過措置」として処理されていた偽装派遣問題のタイムリミットが迫っていた。
発注元は当たり前のように各派遣会社の重役たちを呼びつけ、派遣業から業務請負業への労働契約の変更を迫った。当然のように、どの会社も断る事はなかった。
実態は殆ど変化が無かった。業務の指揮は依然発注元だったし、勤務日数や人員の数、交代勤務の形態などは、全て発注元の管理下に置かれていた。
変わったと言えば、各派遣会社毎に作業するフロアが決定され、派遣会社がごちゃ混ぜになる状況だけは無くなった。
…依然、各フロアには発注元の社員が常駐し、指揮命令系統だけは絶対に手放すことはなかったが。
私の退職直後に発注元の恐れていた「2009年問題」が急浮上してきた。雇用し続けていた派遣社員を全員発注元の社員にしなければならなくなった。もう背水の陣だ。逃げることは出来ない。
再度発注元は各派遣会社の重役たちを呼びつけ、「完全な」業務請負業への移行を迫った。
各派遣会社は2〜4フロアの(偽装請負)ラインを持っていた。私のいた会社は2フロアを担当していた。
当然どの会社も全てのフロアを請負化出来る状態ではなかった。誰も指揮監督の方法を知るものがいなかったし、そういう人材もいなかった。
まるで「軍事統制」から放たれた社会主義の国民のようだ。
どの会社も「ギブアップ」を宣言し、幾つかのフロアを手放し、発注元に返納した。
その直後にこの「金融不況」と「派遣切り問題」…この波に乗って、発注元は25%の人員削減を派遣会社に指示し、実行された。
その後も発注元は指揮命令系統を手放さずに握り締めたままのようだ(後日談)。
以前(2005年頃)にもこのような問題が起こった。発注元は各派遣会社に人員50%削減を迫ったが、私は拒否した事がある。
本社と連夜の協議(口喧嘩)を重ね、派遣社員全員に事情を説明し、80%程度の人員を残しワークシェアリング(交代勤務の短時間化・勤務番の増設)を行い生き残ろうと決断した。
給与が下がる事に対して不満を抱いていた者は、その場を去っていった。
しかし、殆どの人員が生き残り、大きな混乱は起こらなかった。
今回もこういう手を使って逃げ切るべきなのではないかと考える。
工場派遣は問題が多い。確かに「雇用の調整弁」になっている事は確かだが、使い捨ての「ゴムパッキン」と勘違いしている会社が殆どだと言う事は大変残念だ。
人員を削減すれば消費も下がる。給与を払い製品を作り続けなければ会社は潰れてしまう。
「人員を切っても自分達には全く影響ない」と考えているのは、大工場である発注元と各種公務員の最大の悪癖である。
この先は自分達の首が絞まっていくという事に、誰も気付いていない。

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以前の会社の話。
当時、某大手電機メーカー(発注元)に入っていた請負会社の下請けの派遣会社に就職。当時はそれで良かった。
数年後、あちらこちらの会社で偽装派遣・二重派遣・多重派遣・偽装請負の問題が発生してきた。
もちろんこの会社と発注元に労働基準監督署からの立ち入り調査が入った訳だが、彼らはこの会社の内情を見抜くことが出来ずに、お咎めは無かった。
この会社の他に2社が入っている。どの会社も実情は同じだ。
発注元は派遣会社と「業務請負契約」を結ぶ。書類上は「請負業務」となり、発注元の生産依頼を受け生産物に対する「単価」の交渉をし、それに基づいて生産計画を立てて予算と人員を決定し生産を開始する。
ここで、既に矛盾が生じている。
同じフロア内に発注元の社員や他の派遣会社がごちゃ混ぜ状態で、隣り合った同種類の設備をお互い助け合いながら生産の進行をする。
勿論会社ごとに給与体系も全く違うし、本来無ければならない「間仕切り」も無い。
業務の指揮は、当然発注元だ。毎日無理難題が課せられ、達成できないと罵声がフロア内を駆け巡る。
非常に理不尽だった。よくこんな「奴隷」状態に皆が耐え抜いたものだ。
2003年頃だったか…一時期偽装派遣がメディアで大きく取り上げられるようになってきた。
発注元は「ビクビク」ものだった。即座に各派遣会社の重役たちを呼びつけ、業務請負業から派遣業への労働契約の変更を迫った。労働基準監督署からの監査・改善命令をかわす常套手段だ。断る事はどの会社にも出来なかった。
そのまま数年が過ぎ去った。法的には「経過措置」として処理されていた偽装派遣問題のタイムリミットが迫っていた。
発注元は当たり前のように各派遣会社の重役たちを呼びつけ、派遣業から業務請負業への労働契約の変更を迫った。当然のように、どの会社も断る事はなかった。
実態は殆ど変化が無かった。業務の指揮は依然発注元だったし、勤務日数や人員の数、交代勤務の形態などは、全て発注元の管理下に置かれていた。
変わったと言えば、各派遣会社毎に作業するフロアが決定され、派遣会社がごちゃ混ぜになる状況だけは無くなった。
…依然、各フロアには発注元の社員が常駐し、指揮命令系統だけは絶対に手放すことはなかったが。
私の退職直後に発注元の恐れていた「2009年問題」が急浮上してきた。雇用し続けていた派遣社員を全員発注元の社員にしなければならなくなった。もう背水の陣だ。逃げることは出来ない。
再度発注元は各派遣会社の重役たちを呼びつけ、「完全な」業務請負業への移行を迫った。
各派遣会社は2〜4フロアの(偽装請負)ラインを持っていた。私のいた会社は2フロアを担当していた。
当然どの会社も全てのフロアを請負化出来る状態ではなかった。誰も指揮監督の方法を知るものがいなかったし、そういう人材もいなかった。
まるで「軍事統制」から放たれた社会主義の国民のようだ。
どの会社も「ギブアップ」を宣言し、幾つかのフロアを手放し、発注元に返納した。
その直後にこの「金融不況」と「派遣切り問題」…この波に乗って、発注元は25%の人員削減を派遣会社に指示し、実行された。
その後も発注元は指揮命令系統を手放さずに握り締めたままのようだ(後日談)。
以前(2005年頃)にもこのような問題が起こった。発注元は各派遣会社に人員50%削減を迫ったが、私は拒否した事がある。
本社と連夜の協議(口喧嘩)を重ね、派遣社員全員に事情を説明し、80%程度の人員を残しワークシェアリング(交代勤務の短時間化・勤務番の増設)を行い生き残ろうと決断した。
給与が下がる事に対して不満を抱いていた者は、その場を去っていった。
しかし、殆どの人員が生き残り、大きな混乱は起こらなかった。
今回もこういう手を使って逃げ切るべきなのではないかと考える。
工場派遣は問題が多い。確かに「雇用の調整弁」になっている事は確かだが、使い捨ての「ゴムパッキン」と勘違いしている会社が殆どだと言う事は大変残念だ。
人員を削減すれば消費も下がる。給与を払い製品を作り続けなければ会社は潰れてしまう。
「人員を切っても自分達には全く影響ない」と考えているのは、大工場である発注元と各種公務員の最大の悪癖である。
この先は自分達の首が絞まっていくという事に、誰も気付いていない。
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