2008/3/31
「長い間消防団員としてたいへんお世話になりました。」
佐野市消防団第15分団
最後のお元気様です!!
本日付けで、田沼町消防団第3分団長を拝命しての1年を経て、3年間拝命いただいた佐野市消防団第15分団長の任を満了することができました。
そして、23歳から20年間お世話になった消防団生活ともお別れです。振り返れば人生の半分が消防団生活でした。
目を伏せると様々な想い出が甦ります。
入団したての頃は、新人のくせに分団執行部と最後まで付き合い、よく喧嘩をしましたがお酒の飲み方を教えていただきました。
田沼町消防団時代にグラウンドで行なわれていた1月の点検式で整列する中、来賓の県議会議員の挨拶が長く、次第に降り出した雪が肩に積もったこともありました。
12月31日の大晦日に出火した山火事に出動して、その日のうちに何とか帰宅できましたが、テレビでは紅白歌合戦の“とり”で安室奈美恵が歌っていたことが印象的に覚えています。
飛駒や大網林道、下彦間や京路戸山、唐沢山ではよく山火事が発生しました。その中でも地元の唐沢山では正月から3日間出動する大きな火災も幾度となくありました。ツーリストの外国白人がテントで野営した際に、野糞をして拭いたティッシュを環境保全のために燃やそうとして、枯葉に着火して火事になったこともありました。
山形の林野火災では、まだ栃木県に誕生したての消防防災ヘリ“オオルリ”から、山頂で消火活動している我々に1000tの放水の直撃を受けたこともありました。
建物火災で確認することになった焼死体の亡骸の数も片手では足りません。またいきなり我が家から投げ出された被災者の悲惨さは筆舌し難く、その心情が痛いほど身に滲みています。火災とは本当に恐ろしいものです。
消火活動以外でも、小学校運動会で消防操法を披露したり、年一度秋頃に行なわれる栃本小学校3年生を対象とした社会科の授業は毎年恒例になりました。消防団や火災の仕組みについて1時間近い質疑応答の後、秋山川の流水をポンプ自動車で汲み上げて、実際にホースを持って放水体験をする時の子どもたちの眼の輝きは忘れられません。
田沼町消防団時代には万年下位に甘んじていた消防操法大会も、夏まで健闘した県大会出場を経て生まれ変わり、支団大会5年連続優勝(最初の2年は田沼町消防団として)、佐野市大会は5年間で4回優勝(内1回は準優勝、現在3連覇中)できるまでになりました。
昨年の5月13日に行なわれた田沼支団の操法大会で優勝し、表彰式で安堵感、達成感により感無量で我慢出来ず、隊の最前列で涙を流した時に、私の操法への使命や思いは満了となりました。後輩たちのこれからのご活躍を心から祈念します。
そして何よりもこの消防生活を通じて知り合った、素晴らしい地元の青年や友人たちとのふれあいが私の一生の宝物となりました。
以上によりまして、本日を持ってこの佐野市消防団第15分団のサイトを終了します。長い間ご支援をいただきましてありがとうございました。
また新たなサイトでお目にかかりたいと思いますので、お逢いできる日をお楽しみに。。。。。

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