2011/4/13
地方議会 終わりの始まり 活動報告
地方議会が戦後65年の制度疲労を露呈し、まさに地方議会が終焉を迎えた。しかし、それは同時に地方議会の新しいかたちづくりへの始まりであり、今、「大阪維新の会」が新しい地方議会の形を生み出そうとしている。
戦後日本は素晴らしい復興をとげた。民主国家となった政治は政治家まかせ。政治より日本国民は懸命に働き、より豊かな生活を求め、且つ子どもの教育に熱を入れる道を歩んだ。
国家財政も地方財政も右肩上がりの中、首長も議員も有り余る予算に飽き足らず、借金も重ね、戦後復興、高度経済成長のもと、インフラ整備を中心に右肩上がりの予算計上を続けた。首長に対する議会はチェック機能が完全に欠如したままのいわば、なれ合いの時代が続いた。このなれ合いが後世に大きな付けをまわし、現在地方議員はその始末に走り出しているのが現状の地方議会である。首長と議会のなれ合いが生んだ負の財産にメスを入れなければ自治体の存続が不可能となる。より首長の手腕と能力が問われる時代への突入である。
昨年の鹿児島県阿久根市における専決処分の問題や、今年に入ってからも愛知県名古屋市で議会解散の賛否を問う住民投票が行われるなど、地方議会がこれほど住民から厳しい目を向けられたことはない。
地方議会は、その重要な機能として、地方自治体の基本的事項を決定(議決)する団体意思としての決定と、執行機関を監視・評価する、という二つの重要な機能を持っている。
地域主権確立のための改革として、議会が首長からの提案に対して、その是非を決する議決権を行使するだけではなく、議会自らが予算編成に加わるなど、行政のマネジメントに積極的に関与することで、その決定に対して責任を共有する「議会内閣制」を目指すべきである。
府議会では、これまでも議会基本条例の制定や積極的な政策提言、議員報酬の15%削減など様々な議会改革を行ってきたが、まだまだ府民感覚とはズレがあり、府民目線に立ったものとはいえない。もっと思い切った改革を断行しなければもう二度と府民の信頼を得ることはできないかもしれない。
大阪維新の行動は、行政改革を行い、すべての無駄を排除していくためには、まず議会が率先して議会改革を断行する、という信念のもとにおこなっているものである。まず、議員自らが身を削る覚悟で臨まなければ、「行革、行革」と訴えたところで、それこそ「府民から選挙向けのパフォーマンス」と批判されるに違いない。
府議会とは、大阪府という地方公共団体の意思決定の場であり、886万人の府民を代表して、様々な要望や意見をしっかりと把握し、それらを府の行政に反映させていくことこそが、府議会の使命であると考えている。
今、改革を断行しなければ、府民は二度と私たちの声に耳を傾けてくれなくなり、信頼は地に落ちてしまう。
この議会改革の流れは止めることはできず、必ず成し遂げなければならないが、今後の地方議会のあるべき姿について、改めて考えなければならないし、考えることができる議員がこれからの議員のあり方になってくるだろう。財源を考えず政策を並べるような無責任な議員はこれからの地方議会を退場せざるをえない。
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戦後日本は素晴らしい復興をとげた。民主国家となった政治は政治家まかせ。政治より日本国民は懸命に働き、より豊かな生活を求め、且つ子どもの教育に熱を入れる道を歩んだ。
国家財政も地方財政も右肩上がりの中、首長も議員も有り余る予算に飽き足らず、借金も重ね、戦後復興、高度経済成長のもと、インフラ整備を中心に右肩上がりの予算計上を続けた。首長に対する議会はチェック機能が完全に欠如したままのいわば、なれ合いの時代が続いた。このなれ合いが後世に大きな付けをまわし、現在地方議員はその始末に走り出しているのが現状の地方議会である。首長と議会のなれ合いが生んだ負の財産にメスを入れなければ自治体の存続が不可能となる。より首長の手腕と能力が問われる時代への突入である。
昨年の鹿児島県阿久根市における専決処分の問題や、今年に入ってからも愛知県名古屋市で議会解散の賛否を問う住民投票が行われるなど、地方議会がこれほど住民から厳しい目を向けられたことはない。
地方議会は、その重要な機能として、地方自治体の基本的事項を決定(議決)する団体意思としての決定と、執行機関を監視・評価する、という二つの重要な機能を持っている。
地域主権確立のための改革として、議会が首長からの提案に対して、その是非を決する議決権を行使するだけではなく、議会自らが予算編成に加わるなど、行政のマネジメントに積極的に関与することで、その決定に対して責任を共有する「議会内閣制」を目指すべきである。
府議会では、これまでも議会基本条例の制定や積極的な政策提言、議員報酬の15%削減など様々な議会改革を行ってきたが、まだまだ府民感覚とはズレがあり、府民目線に立ったものとはいえない。もっと思い切った改革を断行しなければもう二度と府民の信頼を得ることはできないかもしれない。
大阪維新の行動は、行政改革を行い、すべての無駄を排除していくためには、まず議会が率先して議会改革を断行する、という信念のもとにおこなっているものである。まず、議員自らが身を削る覚悟で臨まなければ、「行革、行革」と訴えたところで、それこそ「府民から選挙向けのパフォーマンス」と批判されるに違いない。
府議会とは、大阪府という地方公共団体の意思決定の場であり、886万人の府民を代表して、様々な要望や意見をしっかりと把握し、それらを府の行政に反映させていくことこそが、府議会の使命であると考えている。
今、改革を断行しなければ、府民は二度と私たちの声に耳を傾けてくれなくなり、信頼は地に落ちてしまう。
この議会改革の流れは止めることはできず、必ず成し遂げなければならないが、今後の地方議会のあるべき姿について、改めて考えなければならないし、考えることができる議員がこれからの議員のあり方になってくるだろう。財源を考えず政策を並べるような無責任な議員はこれからの地方議会を退場せざるをえない。
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2011/4/22 23:38
投稿者:tome3


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