石原慎一演出・脚色のオリジナルミュージカルで、原作(長尾元樹)があったというのは、改めてチラシを見て分かったのだが、私は石原さんが書いたものだとばかり思っていた。
「モンスター」というタイトルからか、幕開きにはピンクレディの「モンスター」が流れる。そこからして"古い"という印象を受けたのには、以前の作品が"チャーリーズ・エンジェル"をもじっていたからだろう。でもそこから考えると、登場人物は今どきの人がモデルになっていた。
モンスター街の王様ダディ(石原慎一)には娘baby(今井歩)がいて、ダディの恋人滝沢クリスタル(織田佳奈子)は、人間界から悪意を持った人をモンスターにしてモンスター街に送っている。
万年保守党の高島のぶお(北田真規)は選挙で落選し(マニュフェストが「バナナの皮ポイ捨て禁止」なのだから、お里が知れている)、妻真由子(山中真愛)に愛想わつかされる。セレブ志向の妻は、元首相の孫大吾(保坂淳也)に乗り換えてのぶおを捨てるのである。後に残されたのぶおは、義妹の桃奈(桃森すもも)にも地盤看板を奪われ、恨みを抱いたまま死んでしまう。
メナリカ合衆国では、女性初の大統領となったオバナ(八幡夏美)が、ブラウン副大統領(佐々木一志)に期待している。しかし、ブラウンは日本の工場に送った圭子・ジャクソン(成清絵美)を使って、工場で開発中のGPS装置でテロを引き起こそうと企んでいる。まるで9.11のような飛行機のホワイトハウスへの突入で、オバナ大統領を失脚させようと狙っているのだ。
ケイトが働く日本の工場は、労働力をパク・ユジン(佐藤佑美)やら黄淑恵(星けいと)、ガンパラグ・ジェンダ(林美里)ら外国人パートに頼っており、その監視役がお局の美江(かしばりつこ)だ。工場で作っている物が何に使われるかなど知りもしないパートたちは、お金が欲しい…男が欲しい…とばかり言っている。
高島桃奈は義兄から奪い取った地盤から当選し、メナリカ合衆国のオバナらとも、大吾のコネを利用して接近し、日本の次期総裁の座を狙えるまでになる。
憎悪や復讐心といった悪意を持つ者に近寄り、彼らをBabyやモンスターDaddyへ贈り届けていたクリスタルだったが、モンスター街王宮ではBabyが病に倒れ、ドクター(森田浩貴)の診察で"逆行性免疫不全"通称Oidz(だったかな?)と診断される。病を治す為には"悪意"ではなく"善意"で満たさなければならない。そこでダディは人々を救いに行くのだが、悪意のそばにはクリスタルが居るので、堂々と現れることができない。
工場のGPS装置が完成し、圭子・ジャクソンがブラウンに物を渡そう…という時になって、ユジンや淑恵、ジェランダが中国やフィリピンからテロを回避させる為に潜入していたスパイと判明する。
桃奈が権力をつけた裏には、ブラウンとの供託があるなど、関係は複雑になっている。
かくして、GPSの奪い合いにダディも加わって…善意の方向に軸は傾くのだが…、モンスター街では、高島のぶおが新たな権力者へとのし上がっている。
登場人物もオバマ大統領や、下首相の孫のDAOGOなど、実在の人物をもじりつつ、旅客機をホワイトハウスに突っ込ませようとするテロのような事件を盛り込み、悪意を持つ人間をモンスターに変えようとする者と、本来は"悪"なのに"善"にならなければならないモンスター…という枷で作られた芝居だったが、おおまかな印象は「"24"好き?」だった。
モンスター街とメナリカと日本の選挙での一件と工場でのスパイ物語が、一幕ではバラバラだったものが、二幕になってテロを成功させようとする勢力と止めようとする勢力が交わり、一件落着となるのだが、何せ小劇場なので、いくらパネルの移動でシーンの目先を変えようとしても、舞台上に居る人数の多さ(約20人)でゴチャゴチャしてくる。
また、ずっと音楽が流れているミュージカルなので、緩急がなく落ち着ける暇がない。
ピアノ、ベース、サックスの三人だけで演奏しているとは思えないほど、音楽は満ちていたし、それは不快ではないのだが、たぶん、ずっと歌(それも、ハーモニーが良ければいいのだが、時々不協和音)が流れていると、あるところで飽和状態に達し「もう結構です…」という状態に陥ってしまう。二幕の中盤で、突然それが起こった。開幕からずっとコップに水を注いでいたものが、急に溢れて零れてしまうように、突然「言葉を聞きたくない…言葉の意味を考えたくない…」とシャットアウトしたい衝動にかられた時間があって、それが中では歌の上手い部類の人のところで起きたことが、自分でも不思議だった。
たぶん悪くはないし、2時間ずっと演奏しっ放しのミュージシャンはすごいとも思えるし、曲によってはタップダンスがドラム等のリズム楽器の役目を果たしていて、それも凄い!とは感じるのだけれど、そのタップも舞台上で音を出している時は良くても、舞台袖で影タップの音がスピーカー越しに聞こえる時は、こもった音が不快だった。
キャストたちも、きっと歌もタップも頑張ってきたのだろう…と覗えるのだが、それはそれとして、全部を押しすぎていては、狭い劇場に居ること自体が窮屈になってしまう。もう少し大きな劇場での公演なら良かったのに…と思わずにはいられない。

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