「The Sound of Silence-沈黙の声-」
舞台、ライブ
チラシに書いてあった「アジア版ロミオとジュリエット」「ミン・ヨンギ日本初登場」の文字に惹かれ、この春「三銃士」でアラミスを演じたミン・ヨンギssi目当てに観劇した。
日本統治下の韓国から日本に留学していた学生が、学徒動員で徴兵され、記憶を失ったまま六十余年、日本の病院で亡くなった実在の人物をモデルに描かれた物語だ。
2005年に芝居「沈黙の海峡」として演じられたものが、今回ミュージカル化され「沈黙の声」となって日韓の俳優合同で韓国と日本での公演となった。
ミン・ヨンギssiはこの5月「三銃士」のアラミス役で出演しているのを見ており、その歌の良さは理解している。
それに、彼には日本人の恋人がいたということで、アジア版ロミオとジュリエットとしたのだろうが、最近になってまたシェイクスピアの「ロミオとジュリエット」も読み直してみたこともあり、二人の関係についても興味を持ってチケットを買ったのだった。
ミン・ヨンギssiの出演している日で選んだら、楽日しか予定の合う日がなかったので、もし良かったとしても買い足す間は私にはない。そう思っていたら、初日を見た友人の「つまらない!」の感想に、買い足すどころか、自由席に早くから並ぶ必要もなさそうだ…と思い、ゆっくりと出掛けることにした。
舞台中央には、奥が二段高くなっている傾斜が配されており、下手にはベッドが一台ある。場面が現代と過去の二重仕立になっているので、下手側のベッドで金田東真老人(金尾哲夫)いて、その記憶の光景が中央で演じられることが多い。
1940年の京城で、安藤美和(初嶺磨代)が金東真(ミン・ヨンギ)の母(クォン・ミョンヒョン)から伽耶琴を習っている。美和の兄光成(中西陽介)は友人で、美和とは恋人同士だ。
東真は日本に留学し、その最中に学徒動員で徴兵される。出兵の前夜に光成らと杯を傾けている料亭に美和も来て、伽耶琴を弾いて送り出す。
陸軍二等兵として、美和からの手紙を読み返しながら、フィリピンで戦っている東真たちは、食糧にも困窮し、死んだ戦友の肉を食べてでもしのぐような、劣悪な環境だ。
戦争が終わって戻ったら、美和と結婚したいと願う東真だが、兄の光成は「朝鮮人とは結婚させない」と言い争いになる。
1945年、広島に居る美和のもとに「8月6日に東真が帰る」と手紙が届き、美和はもうすぐ東真に会えると、帰りを待つ。しかし、8月6日…広島には原爆が落とされる。
2009年、東京の病院では、記憶喪失のまま老いた東真に死期が近づき、看護士(片桐雅子)は、広島に恋人が居たことまでは調べあげるが、85歳の命をまっとうする。
友人が「つまらない」と言っていたのがよくわかる、何とも薄っぺらな脚本だった。
チラシに書いてあった文句では、彼は日本人の恋人がいたことも、戦争が終わったことも知らずに病院で六十余年を過すのだが、亡くなる直前に記憶の扉が開き、驚くべき"真実"が明らかになる…とあったのだが、劇中からは戦地で記憶を失ったようには見えず、広島に着いたのに原爆の衝撃で失ったようにも見えた。
また、老いた東真は伽耶琴の演奏(カセットテープ)が好きで、聞くと落ち着く…という描写はあるのだが、息を引き取る直前に記憶が戻ったような描写もなかった。
だから、私が見た限りでは、60年間語れなかった"沈黙の声"が死ぬ直前に昇華できたとは思えなかったし、作家も何が言いたくてこの芝居を書いたのかが理解できなかった。
逆に言えば、こんなに表層だけの事実をただ並べただけの脚本でも、作品は作れちゃうのね…という呆れた感想も持ったのだが、帰り道には「泣けちゃったわー」と話しているおばさんも居たので、中には感動した人もいたようだ。
私など、ミン・ヨンギssiは何でこれを選んじゃったの?という思いで、これ出るためには「三銃士」の地方公演には出ていなかったのかしら?とか、次の作品の稽古はもう始まっているのに、こんなところに居ていいの?と心配までしていた。
少なくとも、ミン・ヨンギが日本語の歌詞で歌ったことだけには感動したのだが、そのデュエットも相手役の初嶺磨代の歌の下手さが目立ってしまった。初嶺磨代は元宝塚で「エリザベート」で少年時代のルドルフや「ベルばら」のシャルル王太子など、少年役の印象が今でも残っているのだが、その頃から歌も演技も成長がないというか、歌うことが苦しそうに感じた。
ミン・ヨンギssiは母国語ではない言葉で歌っているのにも関わらず、母国語の人よりも感情込めて聞けたというのも、歴然とした差があるのだろう。
他のセリフや歌は、それぞれが韓国語と日本語で歌ったり喋り、その都度字幕がハングルや日本語で表示される。
完全な対訳ではないので、時々「そうは言っていない」ということもあったり、詩的な表現の違いなのか、日本語では「忘れないで」というのを韓国語では「覚えていて」というほうが平易なのかな…と考えることもあった。
この公演は、「ソウル市ミュージカル団」と「東京ギンガ堂」の共同企画で、セラピーミュージカルの意味も持っているのだという。ミュージカルの中に音楽治療、美術治療、演劇治療を導入して、観客にもケアする意味があるのだそうだが、この内容で本当にケアなどされるものなのだろうか?二度呆れて、ものも言えない…。

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