
去年からこのドキュメンタリー映画「ウォナンソリ」を見たいと思っていて、韓国に行った時にもDVDになっているかと探したのだが、見つけられずにいた。
それが、東京国際映画祭の一環、KOREAN CINEMA WEEK 2009の対象作品として公開されることになり、1日で「牛の鈴音」「うちにどうして来たの?」「Go Go 70s」の三作品を観た。
「牛の鈴音」は、老人と老飼い牛の生活を描いたドキュメンタリー映画なので、スターが出演しているわけでもないが、韓国でも小さな映画館での上映からジワジワとヒットしていって、約300万人が見たといわれる作品。
ふつう牛の寿命は15年ほどといわれているが、チェさんの牛は40年も生きていた。
お爺さんも若かった頃に飼いはじめ、30年もお爺さんの農耕を手伝っている。でもその牛も老いて弱くなり、獣医からもあと1年もつかどうか…と言われる。
チェお爺さんも足が悪く、畑仕事をするのにも膝をついて座ってやらなければならないし、歩くのさえ苦労しているというのに、お爺さんは頑固で、自分のやり方で作物を作り続けていて、耕運機も使わずに牛に引かせて耕し、牛に食べさせる草のためと言っては、作物に農薬も使わない。だから虫に食べられたり形が悪くなったりするのだが、どんなに時間がかかって大変でも、牛のための草刈りを欠かさない。
お婆さんは「餌を買えば楽なのに」とか「牛の草のためといって、農薬も使わないんだから…ぶつぶつぶつ…」と愚痴を言う。
「あぁ、私は嫁に来てから苦労ばかりだ…」とか、お婆さんの愚痴っぷりが何とも可笑しい。
牛がこの冬を越せるかどうか…と言われ、新しい牛を買うのだが、その牝牛はお腹に子がいて、オスが生まれれば高い値段もつく。そう思って買ったのに、産まれたのはメス。
年寄りが二頭も飼うのは大変だからと、老牛を売りに市場に出しても、痩せた老牛を買う人もおらず、家族のように思っているお爺さんは、結局売らずに連れて戻る。
若い牛は、老牛が餌箱に頭を入れるのを邪魔するし、お爺さんの言うことも聞かないし、英題の「Old Partner」通りに、老牛とお爺さんの生活ペースはスローだけれども合っている。
畑でも、耕運機を使っている人や農薬を撒いている人も映すことによって、対比が見えるし、お爺さんも病気になって(頭が痛いとしきりに言い、家では横になっている姿もある)牛に引かせて町の医者に行けば、ちょうど狂牛病の問題の時でデモの横を横切るシーンがあったり、車と牛の生活との対比や食の問題も出てくる。
本当に、お爺さんと牛とどっちが先に逝ってしまうか…というような生活なのだが、とうとう牛が弱り、車を引かせるために鼻に通していたものを抜いてやり、死んでしまえば、お爺さんは牛を土に埋めてやる。
牛が動けば鳴っていた鈴の音が、聞けなくなる日がやって来る…ということで、タイトルは「牛の鈴音」なのだが、78分という短い作品ながら、泣かずにはいられない情の感じる映画だ。
映画祭の企画だからか、終映後には監督イ・チュンニョル、プロデューサーのコ・ヨンジェが登壇してのティーチインがあった。
数々の質問があったが、お爺さん(チェ・ウォンギュン)は今も元気でいるようで、新しい牛もあの頃は聞き分けがなかったけれど、ちゃんと働くようになったそうだ。ただ、若い牛はスピードが速いので、以前のように後ろに引かせた車で居眠りはできなくなったという。
お婆さん(イ・サムスン)は、映画を撮影していると分かると、普段より濃い化粧をしたり服を着替えたりしていたんですよ、と暴露してくれたのだが、割れ鍋に綴じ蓋というわけではないが、お爺さんとお婆さんの組み合わせが、絵に描いたように面白かった。
ごく近いところでも、例えば親世代の上司の時代には、そろばんで計算をして、手書きで書類を書いていたものが、今はコンピューターに入力するだけで、計算も作表もしてくれる。時代についていけなくて、今だに手計算をして手書きする時に書く欄を間違えたりすると、目が悪くなったからとか言い訳をする。そういうのを身近に見ていると、新しいものに順応していく必要性も感じながら、順応しきれないのなら、頑固に自分が出来るやり方を通すしかないというのも感じる。
チェお爺さんが頑固に農薬も使わずに草を与えたから、あの牛も40年も長生きできたのだろうし、長年のやり方は、会話はできなくても牛には理解できていたのだろうなと思える、そんな家族のような情が感じられる映画だからこそ、見に染みたのだと思う。
映画祭の1日の企画だけでなく、12月にはロードショーも決まったので、またほっこりと涙しに見に行ってしまうかもしれない。
とても地味〜だけれど、作り物では出せない味のある映画だった。

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