MOMOは狭い劇場なので、そこで"歌声喫茶"を舞台にした芝居をすると聞いて、正直なところまたキャストがごちゃごちゃしてしまうのではないか?とも思っていた。というのも、以前ここで見た芝居では、アパートの6畳間の設定に住人と別の部屋の人、大家に開発担当の人…と大勢集まってきて、それぞれにドラマがあった為に、何となくドラマとしての収拾がつかなかったと思ったからだ。
今回の出演者は12人。それでもまだ役は刈り込めそうな気はするが、セットの組み方や立ち位置に余裕があったからか、窮屈にも感じず、またドラマ自体も楽しむことができた。
ある街の古い喫茶店"カポカポ"のマスター錦野(福沢重文)は、父親から継いでいるのだが、店を閉めることにしている。父親の代には歌声喫茶だったことを思い出し、最後のイベントとしてまたここに歌声を響かせようと考え、昔の名簿から父の仲間宛てに葉書を出す。しかし、あて先不明で戻ってくる葉書や、届いても欠席の返信ばかり。
アルバイトの菊田(吉村京太)も「世界が待っている」と旅立ちを決めているので、閉店までたった1ヶ月だが新人アルバイトを雇うことになり、越水美雪(水野真花)がやってくる。
マスターの人柄からか常連も居り、株で稼いでいる大金(碓井将仁)やライターの福井(斉藤政希)らも、"歌声喫茶イベント"のチラシ作りや栞作りを手伝っている。
閉店後の建物をグーループホームにする計画があり、マスターの同級生の鶴川(福田修司)も店の様子を見にやってくる。
マスターの父と共に歌声喫茶で働き、歌のリーダーだった松山の息子松山春(中村公平)が、わざわざ欠席の葉書を持ってくる。
店では、客の落ち目になった歌手泉(小林高朗)が「もう歌えない」と、昔からのファン桜(岡戸三樹)やマネージャー長田(前澤航也)に反抗し、松山のギター(父親が使っていた大切なもの)を人質(?)に奪って備品室に篭城してしまう。松山は仕方なく、一週間後にギターを取りに来ることにして帰っていく。
一週間後、菊田たちは、ギターを取り返して春くんにも歌声喫茶に協力してもらうだけでなく、泉にもう一度歌に戻ってもらえるように芝居じみた説得をする。
鶴川はケアセンターで音楽療法をする城玉(冨田裕美子)をつれてきて、店でピアノ伴奏をはじめ、美雪ら全員で歌い出す…。しかし泉は合唱に加われず、まだ「歌を忘れたカナリアだ」と拗ねるのだが、菊田が当時からタイムスリップして来た男のように振る舞い、あの頃の自分たちの歌を復活させたい…と話すのにつられて、春は父がアルツハイマーで参加できないことや、まだ父親の中に残っているあの頃の記憶を思って、イベントへの協力を承諾する。
マスターの弟光ニ(沼忠宏)が、家に残っていた昔の楽譜や従業員らが書いていたノートを持ってきて、当時作ったメロディーに皆で歌詞をつけることになる。
次の日曜日、再び集合した皆は、それぞれ一行ずつの詞を書いて、ライターの福井に歌詞としてまとめてもらうことにする。また、光ニは携帯でアクセスできるHPを作り、配るチラシにもQRコードを載せて、イベントの内容や歌の歌詞を事前に把握できるように考える。
泉は歌えなくなったというけれど、桜は自暴自棄になっていた時に路上で歌う泉の歌を聞いて癒されたんだよ…歌ってそういう力を持っているんだよ…と元気づけている間に、歌詞はHPにアップされ、父たちが作ったメロディーがようやく歌になる。
今度は泉も歌に加わることが出来、あとは"歌声喫茶イベント"を成功させて無事に店の幕を下ろせば良い…という時になって、菊田が「もう時間がないから」と店を出ていく。世界が待っているから放浪の旅に出る…なんて格好良いことを言ってはいたが、実は父が亡くなり、実家の酒蔵を継ぐために故郷に戻るのだった。
皆で菊田を見送ったあと、「歌のタイトルをどうしようか」という話になる。
マスターは「Hello and Good-bye」と自分が入れた一行を推すが、「酒蔵では春に仕込んだ酒が秋になって出来上がることを"秋晴れする"と言うんだよ」という話が出て、タイトルは「今日、秋晴れスル」に決定する。
セットは喫茶店の一角で、上手に店のドアと二階につながる階段、階段の手前に歌声喫茶だった名残りのピアノ、下手側に泉が立て篭もる物置のドアとカウンターになっている。常連の大金はカウンター奥の席に、福井は下手にあるテーブルの設定で椅子に座っている。福井は物静かで目立たない存在ながら、最後に歌詞をうまくまとめるところで、泉のマネージャー長田から「作詞家ですよね」と、売れなくなった作詞家であることが判明する。そうやって、仕事の繋がりが生まれていくなど、閉店という湿っぽいエンディングにはならず、誰もが新しい一歩を踏み出せるような気持ちになれるところが良い。
ただ、私は菊田くんが一足先に店を出ていったことで、きっと彼は老けメイクをして松山春くんのお父さんとして現れるのだろうな…アルツハイマーで、車椅子に背を丸めた状態で座ってきたとしても、この店を見て、昔自分たちが作った歌を聞いて、思わず昔が思い出されるように指揮をしたりして…とラストシーンを予想してしまったので、歌のタイトルが決まっただけでEndだったのは、少々唐突にも感じた。
菊田がタイムスリップしてきた芝居をする場面で、菊田自身も考えていないのに未完成の曲があることを話し出したり、その時に美雪とは意思の疎通があるように見えたり、美雪もまたコンビニのおにぎりの剥き方を知らない等、昔からタイムスリップしてきた人に見えるところでは、この芝居が父親世代と息子世代を繋ぐファンタジー物語になるのかと思った。昔の楽譜やノートと共に出てきた、昔の従業員の写真にも美雪そっくりの人が写っていて、マスターは「きっと娘さんだよ」と言いながらも、同一人物と分かった芝居もしている。芝居のラストに、真実は明らかにはしていないのだが、あのりSFぽいストーリーにするよりも、次元の違うところからやってきたように見せて、思い出の店のラストを円満に飾る役目を果たしている点は良かった。
小劇団にはありがちなのだが、同じ世代の俳優ばかりで構成されているために、役者の幅が狭いことがある。でも、今回の芝居では、父親世代の役者を使わなくても、介護や実家を継ぐという問題も描けていたし、歌手の泉とファン、マネージャーという設定においても「応援していく」という気持ちがどんなものなのか、またその人の歌だったり(人によっては芝居だったり)に、どれだけ癒されたか…というのが実感として、ジワーと感じた。で、じんわりしながらも、桜を「ファンです」と紹介すると、光二くんが「ファンさん(黄さん)ですか」と、どっかのアジア人に思ってしまう可笑しさもあり、硬軟のバランスも良かったと思う。
ただネ、幕開き冒頭にマスターはコーヒーの豆をひいて、フィルターに入れお湯を注すというのに、もう下にはコーヒーは出来ているので、「豆、足すんかい!」と思ってしまった。後でコーヒーをカップに注ぐのに必要だったのかもしれないけれど、出来たのはカウンターの奥に準備しておくとか、冒頭の些細なことに目が行ってしまったのは、演出家に一言言いたかったことだ。

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