ハリウッド映画は主人公になりきって何も考えず楽しめる。フランス映画は考えながら映画を観なければならない。と昔何かで読んだ気がする。映画
”北の零年”(東映)はハリウッド映画のタイプではなかった。
明治維新後北海道へ移住することになった稲田家(淡路島)が、封建制の消滅・厳しい気候で崩壊していく。男も女も、不器用で愚鈍で、しかし強くたくましい。そのときどきでそのバランスを変えながら生きている。某新聞の評論のように単純に初め男が強く後半は女が強いということを描いたのではない。そこには勝者や敗者がいるわけではない。強い者や弱い者がいるというわけでもない。単に同じ目的意思を持つ者たちが寄り添い生きていこうとする姿があるだけである。人の根源を描こうとしたという観点から見るとスケールの大きい作品といえよう。さらに吉永小百合の凛とした美しさが、映画の魅力を確かなものにした。
日本映画界ももっともっと意欲的に作品を作っていって欲しいと思う。