2005/2/22
「Self-deternination (民族自決) and Makah Whaling」
人類学(Anthropology)
アメリカ北西海岸部にマカ族(Makah)というアメリカ先住民が住んでいる。彼らの文化が欠かせない食料は鯨。沖合いで出て捕鯨をする。鯨はご存知とのとおりとてもでかいので、鯨を取った人は、その食料を村の人々に分け与える。尊敬を得る。その先には首長などの地位が待っている。つまり鯨というのは、食料という経済や生活の枠を超えて、マカ族の政治・社会組織を構成にも重要な役割を果たす大切なものである。
しかし、1900年ごろには大量の「アメリカ人」が到着し同じエリアに生活、鯨を乱獲する。鯨の数が減る。マカ族困る。ここでマカ族が取った行動は、負けじと獲るのではなく、捕鯨を自主的に辞めた。なぜならば、鯨は地位や食料を呼んでくれるモノである前に、マカ族を長い間支えてくれたありがたい存在(実際マカ族の神話には鯨が神としてでてくる)であるからだ。そんな鯨が絶滅してしまうのは、見れない。だから、自主的に鯨を守るために捕鯨を辞めた。食料は減る。社会組織も混乱。多くのマカの人々は生活源を求め都市へと移った。
鯨の数は減り、植民者の鯨産業もそれに伴い衰退、鯨は絶滅危機種に指定される。その結果(と思う)20世紀後半になって鯨の数が回復してくる。マカ族は苦しい期間を耐え、1994年鯨が絶滅危機種指定から抜けたのを気に捕鯨を再開しようとした。そしたら、環境保護団体が、「鯨のような頭のいい生き物を殺すのは非人間的」とマカ族の捕鯨文化の復活を徹底的に反対。マカ族は、捕鯨は長いマカ文化の象徴であり中心と主張、捕鯨方法を変えるなどして(鯨が苦しまないように一発で仕留める)、捕鯨を再開。環境保護団体および反インディアン団体は実力行使にで、流血の惨事を起きる。
マカ族を捕鯨数は、アメリカ政府が他国や環境団体を話し合った結果で「決められる」。マカ族は、今でも「鯨はマカには欠かせないもの」と言う。しかし、外部の人々は言う:
「もう 時代が変わったんだよ。鯨に頼る時代じゃない。実際捕鯨を辞めて(約50年間)マカは生き延びたじゃないか。つまり鯨無しでも君たちはやっていけるんだよ。だからマカ族は変わるべきだ」
この問題は今でもつづいている。民族自決という言葉がある。自民族のことは自分たちで決めるべきだ、という考え。これについては戦後日本や現在のイラクがいい例だと思う。誰が決めるべきか?
「知ってるか? 君たちの使ってる箸ってのは資源の無駄遣いなんだよ。君たちのせいであまりに広大な森林が破壊されている。最近は君たちだってフォーク・ナイフ使ってるだろう。もう箸なんて使わなくてもいいじゃないか。木造建築だってそう。コンクリートのほうが頑丈なんだからコンクリートのほうがいい。君たちの文化は我々の自然を破壊している。だから日本人は変わるべきだ」。
なんて部外者から言われたらどうする?
ちなみに、現在マカ族は最少数の鯨を獲ることを「許されている」。いや実際は「許されていない」。環境団体が1999年にマカ族を国際条約で保護が訴えられている絶滅に瀕している鯨を獲るのは違法と訴え、裁判所が裁決が下るまでマカ族の捕鯨を禁止しているからだ。マカ族は裁判所や関連団体に「マカ族を例外扱い」するようにと働きかけている。結果が出るのは最低でも2年後だそうだ。
よろしければご参考に
1.客観的意見に一見みえるが、民族自主権を無視した発言がいくつかあるフォーラム
http://fenv.jp/20030331/topics/20000707a_whale.htm
2.先住民から見た最近の報道(英語です)
http://www.indiancountry.com/content.cfm?id=1096410409
3.マカ族のホームページ。
http://www.makah.com/whaling.htm

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