オーディオケーブル専門SHOP「けーぶる舎」SHOPマスターの音楽ブログです
2008/3/20
ブラームスはお好き?と訊かれて
イエスと答えない人も少なくないようです。
勿論クラシック愛好家の人たちの中に。
理由を尋ねると、
「重苦しい」、「暗い」、「新鮮さがない」、「楽しさがない」等々・・・
有名な「交響曲第一番」をはじめとするオーケストラ作品から来る印象、というのは小さくないかも知れません。
じっさいにはいうまでもなくオーケストラ作品に限らず、室内楽や独奏曲においても数えきれない名作を残しています。
晩年のピアノ作品、
「3つの間奏曲 (Op117)」、「6つの小品 (Op118)」、
そして「4つの間奏曲 (Op119)」
を聴かれるでしょうか。
静かで穏やかな楽想の中に詩的なイメージを表現していて、中にはフランス近代の作品を思わせるような新鮮な曲さえあります。
あるいはこれらのピアノ小品集がブラームスへの印象を変えるきっかけになるかも知れません。
グールドの盤が有名でしたが、私は長年チッコリーニ盤を愛聴していました。
この盤が現在手に入らないことはたいへん残念ですが、最近素晴らしい演奏に出会うことが出来ました。
Brilliant Classicから出ているホーコン・アウストゥボの盤です。
ブラームス嫌いの人を少なくしてくれそうな(?)、
これはたいへん新鮮な演奏です。
[DATA]
Brahms Piano Pieces
Hakon Austbo(pf)
Brilliant Classic BRL99941
2007/10/18
夏が終わり、冷たい風の吹く季節になりました。
身も心も暖を求めるそんなとき、
私はビヴァリー・ケニーの歌声が無性に恋しくなります。
エラやサラ、またカーメン・マクレイのような大歌手ではないかも知れない。
人気のダイアナ・クラールのようにビターでパワフルな押しの強さもない。
けれど、ビヴァリー・ケニーの優しく、可憐なささやきが聴きたいときがあるものです。
28歳で自らの命を絶った彼女の死にまつわる逸話は多く聞きますが、
むしろ残された6枚(未発表デモ盤を除いて)のアルバムの中に生きている彼女を語りたい気がします。
ルーストに3枚、後にデッカに3枚を残してくれたビヴァリー。
いずれもタイプの異なる魅力的なアルバムたちです。
もしもビヴァリー・ケニーを聴いたことのない方がおられますなら、まずはデッカの3枚をお奨めしたいと思います。
彼女のスタイルが確立され、高い完成度を持つ録音だからです。
(もちろんルーストの3枚も若く可憐な彼女の魅力が堪能できます)
とりわけ彼女のラストアルバム「ライク・イエスタディ」と
「シングス・フォー・プレイボーイズ」の2枚はお奨めです。
前者はビッグバンドに女性ヴォーカルソロという往年の華麗なスタイルを懐かしむアルバム。
もっともビヴァリーの場合は、好みの小さなコンボをバックに伸び伸びと楽しげに歌っています。
後者はピアノ(とベース)のみをバックにしんみりと、けれど温かく語りかけます。
人の心の中にはいくつもの部屋があって、
大事な仕事部屋があり、お客様をお迎えする応接間もあれば、パーティー用の大広間だってあるでしょう。
しかし自分しか入れない静かな書斎が必ずあるはずです。
その書斎には、この人の歌を静かに流していたい。
それだけで部屋の中は暖まるような気がするから。
ビヴァリー・ケニーはそんなタイプの歌手ではないでしょうか。
「ライク・イエスタディ」
ビヴァリー・ケニー(Vo)
MCAビクター:B00003Q49V
「シングス・フォー・プレイボーイズ」
ビヴァリー・ケニー(Vo)
ユニヴァーサルミュージッククラシック:B000GUK5L8
2007/7/25
昔、とある小ホールの楽屋でのことです。
その日の仕事を終えたあるピアニストが、小さいけれどはっきりした声でこう囁いたのを、私の耳は捉えました。
「フォーレのピアノ曲はどうもねぇ、、、なぜ歌曲のように魅力のあるものを残してくれなかったんだろう。」
じつは、フォーレのピアノ曲に関しては、当時私自身もこのピアニストの方と同様の感想を持っておりました。
どうも取り付きにくく、というより、あまり好きになれなかったというのが正直なところかも知れません。
少なくとも今日話題にしようとしているジャメーヌ・ティッサン=ヴァランタンの演奏を聴くまではそうだったと思います。
ティッサン=ヴァランタンの弾くノクターン(夜想曲)集を聴いたとき、ようやくフォーレのピアノ曲という扉の錠が開けられたのでした。
たとえば多分に旋律的でロマンティックな「ノクターン1〜5番」、しかし三部形式の中間部の楽想に、何か不自然さというか、唐突さを感じないでしょうか。
ジャメーヌ・ティッサン=ヴァランタンはこうした中間部に力んで変化を付けようとせず、きわめて自然に、さらりと流してしまいます。そうすることによって、これら中間部はじつにスムーズに前後と繋がり、全体のバランスが整うのです。(「さらり」とはいっても、この絶妙な強弱とアゴーギグの使い分けがあればこそでしょう、、)
彼女は、フォーレらしい夢幻に満ちた6〜8番も、そして後期のやや沈鬱で晦渋な楽想の見られる9番以降も、それぞれの時代におけるフォーレの心情を追体験するかのように、作品の内面に深く、深く入り込んでいきます。
こうした演奏を聴いていますと、聴き手の方も(ティッサン=ヴァランタン同様に)、フォーレの心情を追体験してしまいます。
そして、もはやこれらの作品は取り付き難いものではなくなり、逆にとても親しみのある音楽に変わってしまうのです。
ジャメーヌ・ティッサン=ヴァランタン、このピアニストがいてくれて本当によかったと思います。
そうでなければ、私はいまだにフォーレのピアノ曲の素晴らしさを知らないままでいたことでしょう。
[DATA]
ガブリエル・フォーレ作曲「13のノクターン」
pf) ジャメーヌ・ティッサン=ヴァランタン
(英国TESTAMENT:SBT 1262)
2007/4/4
今年の桜はいつになく早く散ってしまいそうです。
今この時も花びらが強風に吹かれて雪のように乱舞しています。
この桜の花びらの散るさまを見ていると、いつも思い出す音楽があります。
道端に一本の菩提樹が立っていて
その木の下で、私は初めて安らかに眠った
花びらが私の上に降りそそぎ
私は今までの人生の仕打ちを全部忘れた
すべてが昔どおりに素晴らしいものに感じられた
すべてのものが、
感情も苦しみも、そして世界も、夢も
マーラーの歌曲集「さすらう若人の歌」の最終節です。
恋にやぶれた主人公は懊悩の中、行くあてもない旅に出ます。
疲れきった彼はやがて一本の菩提樹の下にからだを横たえ、
雪のように落ちてくる花びらの下で、ひと時の安らぎを得るのです。
この作品の録音にはどうしても除くことの出来ない名演があります。
若き日のフィッシャー・ディスカウと巨匠フルトヴェングラーの競演です。
この上なく瑞みずしい演奏で、聴く者をこの美しい世界に引き込みます。
フィッシャー・ディスカウの繊細さと共に、フルトヴェングラーという詩人の魅力を存分に味わうことの出来る名盤であり、この美しい季節におすすめの一枚です。
[DATA]
マーラー作曲「さすらう若人の歌」
Br)ディートリヒ・フィッシャー=ディスカウ
Cond)ウィルヘルム・フルトヴェングラー
Orch)フィルハーモニア管弦楽団
東芝EMI:TOCE-59089
録音:1952年
2007/2/28
東洋のアーティストCoco Leeを採り上げたいと思います。
東洋のマライアという異名を持つ歌姫Coco Lee(李 [王文]リー・ウェン)は、1975年香港生まれの中国人。
幼い頃父を亡くし、医者である母、そして二人の姉達とアメリカに渡ります。
早くから歌手を目指していた姉達と違い、末っ子Cocoは母の後を継ぐべく勉強一筋のまじめ少女でしたが、17歳の時とあるコンクールに飛び入り参加することになり、歌の才能を認められてしまいます。
ここから先はとんとん拍子に人気シンガーへの道を上り詰め、現在台湾を拠点にアジア、アメリカで大活躍しています。アジアでは1000万枚近いCDセールスを記録しているそうです。
なぜか日本でだけあまり彼女の名を聞くことがないのが、とても意外です。
Coco Leeの才能には驚嘆してしまいます。
R&B、ダンスミュージックなど、アメリカ発祥の音楽ジャンルにおいてもアメリカ人に負けないノリを見せます。東洋のマライアと呼ばれますが、ときにマライア以上ではないかと思わせるほどです。
しかしCocoの本領は、バラードにおける豊かな情感表現でしょう。
東洋人でなければ表現出来ないようなデリケートな情感を聴くことができるからです。
更にクラシックの声楽家にも負けない程の歌唱力に驚かされます。
ディスニーの名作アニメ「ムーラン」中国語版吹替えをジャッキー・チェンと担当したのが彼女です。映画の中では一部クラシック風の発声も聴かせています。
日本では「Just No Other Way」(1999、すべて英語)のみ発売されましたが、Cocoの本領はむしろ中国語のアルバムに見いだすことができるでしょう。
1998年の「過完冬季・暗示」、そして2001年の「PROMISE COCO」など、その素晴らしさに驚かない人はいないと思います。
東洋の歌姫Coco Leeを、同じアジア人としてたいへん誇らしく思います。
< Coco Lee:「Reflection」北京語版(ディズニー「ムーラン」主題歌)>
→ http://www.youtube.com/watch?v=0485QptsZX0
< Coco Lee:「暗示」>
→ http://www.youtube.com/watch?v=jvGwawMpY1o&mode=related&search=
< Coco Lee:「Before I fall in luv」(映画「リトルブライド」主題歌)>
→ http://www.youtube.com/watch?v=E79J6wYGk1s&mode=related&search=
< Coco Lee:「答案」(映画「美少年の恋」主題歌)>
→ http://www.youtube.com/watch?v=7dnccrSXjBM
< Coco Lee:「Still In Love」>
→ http://www.youtube.com/watch?v=IOoE6NLVVjU
[DATA]
Coco LeeのCDはyesasia.comで入手可能です。
(http://global.yesasia.com/jp/artIdxDept.aspx/section-music/code-c/version-all/aid-117/ )
2007/1/19
30年ほど前になりますが、NHKでお正月の特番としてモーツァルトの「フィガロの結婚」を放映したことをご存知の方は多いと思います。
ベーム、ウィーンフィルによる「フィガロ」はむしろ1966年のライブ版の方が名演の誉れ高く、多くの音楽ファンに愛聴されています。
同じベームによるこの演奏は特別企画版で、ステージのライブではなく、まるで映画のようにリアルな実写によるものです。名歌手たちもまるで映画俳優のような演技をしており、いわゆるオペラの記録とはいえないものかも知れません。
しかし若い日の私はテレビで見たこの「フィガロ」でオペラなるものに開眼しました。
愉悦に満ちたバラ色の世界に魅了され、オペラのレコードを買いあさったことが懐かしく思い出されます。
ケルビーノの「自分で自分がわからない」や「恋とはどんなものかしら」、、、
今でもアリア集などで聴くことの多い曲たちですが、何度聴いても魅力の失せない不思議な音楽です。
いろいろなオペラ作品に触れましたが、私には「フィガロの結婚」がベストです。
これ以上の作品に出会ったことがありません。
ストーリーは世俗的なものなのに、この音楽の世界の何と高尚なことでしょう。
この世の汚れのいっさい感じられない天上の音楽です。
思えばモーツァルトの作品のすべてがそうではないでしょうか。
本当に不思議な、不思議な音楽です。
私は、上記の経緯があったためか、お正月のたびに「フィガロの結婚」を思い出し、DVDで鑑賞するのです。
今はDVDの普及で、いつでも見たいときにこうしたオペラを鑑賞することができます。
便利な時代になったものです。
[DATA]
「フィガロの結婚」
カール・ベーム指揮,ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
ディートリッヒ・フィッシャー=ディースカウ,キリ・テ・カナワ,ミレッラ・フレーニ,ヘルマン・プライ他
ユニバーサルクラシック:B0009V1EZU
2006/11/28

早いもので、もうクリスマスの声を聞く頃となりました。
キリスト教と無縁の日本人にとっても、この行事はすっかり暮れの催しとして定着してしまいました。
思えばこれほど「音楽」と深く結びついた行事も少ないと思います。
古今東西にこの日に因んだ数多くの名曲が存在しており、これからの時期、ここぞとばかり街中に溢れます。
中にはありきたりのクリスマスソングに少し食傷気味の方もおられるかもしれません。
一度、今まで聞いたことのないクリスマス音楽というものに耳を傾けてみては如何でしょうか?
オネゲル作曲「クリスマス・カンタータ」(1953)
これが今日お奨めしたい曲です。
アルテュール・オネゲル(1892-1955)はドビュッシーやラヴェルに続く、フランス近代音楽の作曲家です。
機関車をテーマにした「パシフィック2・3・1」や、「ラグビー」のような面白い曲があり、いずれも力作であり、人気もあります。
「クリスマス・カンタータ」はオネゲルの最後の作品、いわば白鳥の歌です。作曲家の白鳥の歌なるもの、極めつけの名曲であることが多く、この曲もその例に漏れず傑作中の傑作です。
「クリスマス・カンタータ」といってもバッハの宗教曲(例えば「クリスマス・オラトリオ」)のように長大な曲ではありません。わずか20数分、聞き終えるために苦痛を味わうこともないはずです。
曲は旧約聖書の詩篇「深き淵より」から始まります。
自らの罪の重さに耐えかねる人類の苦悩と絶望を描きます。
やがて清らかな少年合唱、そしてテノール独唱で福音(救いの知らせ)が告げられます。
救世主(メシア)キリストの降誕です。
曲は重苦しさから開放され、明るく清澄な楽想に変わります。
賛美歌「エッサイの根より」を中心に、どこかで聴いたことのある懐かしい賛美歌、ノエルが幾重にも折り重なりながら歌い継がれます。オネゲルの対位法の見事さが光ります。
やがて誰ひとり知らぬ人のない「聖しこの夜」が聞こえてきます。
いくつものノエルが絡みつきながら、曲は「聖しこの夜」で感動のピークを迎えるのです。
ここからコーダに至る音楽を聴いて、熱い涙を流さない人はいないでしょう。
ところで、この曲を聴くのは、いつも一年を振り返る頃。
今年もいろいろな出来事が起こり、いろいろな仕事をし、いろいろな失敗をした。
たくさんの課題も残してしまった、、、
私はベストを尽くしたろうか?
これで良かったのだろうか?
私同様、今年一年の自分に悔いを残してしまった方もおられることでしょう。
しかし、来年があります。
来年は、やりましょう。
来年こそ良い年になるかも知れないのですから・・・
[DATA]
オネゲル「パシフィック2・3・1(管弦楽曲集)」
マルティノン指揮、フランス国立放送局管弦楽団・合唱団
東芝EMI TOCE-9826(TOCE-13289)
2006/10/7
イギリスの音楽といえば何が思い浮かぶでしょうか。
バロック音楽のビッグネーム、ヘンリー・パーセル、
あるいはそれ以前にウィリアム・バードやダウランド、
ドイツ・オーストリアの大家が主導権を持ったロマン派の後期にはエルガーやディーリアス(イギリス生れのドイツ人)、
近代に入り、ベンジャミン・ブリテン、、、
いずれも優れた音楽家たちですが、何か少し地味な作風を感じます。
しかし、この「地味」ということこそ英国人独特の美学なのかもしれません。
華やかで大袈裟なものは、英国人にとってクール(粋)じゃないのです。
アルフレット・デラーの歌う「FOLKSONGS」というアルバムを聴いていると、そう思わずにいられません。
アルフレッド・デラー
1912年イギリス東南部ケント生まれ。11歳で聖歌隊に参加、27歳でカンタベリー寺院のアルト歌手となる。1944年カウンターテナーでロンドンデビュー以来国際的に認められるようになった。1950年声楽アンサンブル「デターコンソート」を結成し、故郷ケントで「ストゥア音楽祭」を主催し、レオンハルト、アルノンクール、ブリュッヘンらが参加。1976イタリア、ボローニャで逝去。
「FOLKSONGS」はアナログ時代に発表され(録音:1971年)、大きな反響を呼んだレコードです。
「Barbara Allen」、「The water is wide」、「Down by the sally gardens」などイギリスやアイルランドの民間に伝わる古謡をリュートやギターの伴奏でじつに味わい深く歌い、イギリス音楽の魅力を世界中に広く知らしめました。
録音された歌の多くは17世紀にトマス・パーシーの編纂した「Reliques of Ancient English Poetry」あたりに起源の見いだせるたいそう古い民謡です。
クラシック、ポピュラーに係わらず、このアルバムから大きな影響を受けたアーティストは数知れず、今日のケルトミュージックブームの草分けともなったレコードです。
歴史的な価値も大きい録音ですが、残念ながら日本ではCD化されていないようです。
素晴らしいアルバムなので、一日も早いCD化を望みます。
(現在はドイツ輸入盤などで入手可能です)
イギリス古謡はどれも美しい旋律と共にたいへん優れた詩を持っています。
ここに一曲だけご紹介したいと思います。
「やなぎの園」
(作者不詳)
やなぎの園のすぐそばで
恋人とわたしは会った
恋人は雪のように白く小さな足でやなぎの園を通りぬけ
木の枝に若葉が繁るように、愛を気軽に考えようといった
だが、若くて愚かなわたしは同意しなかった
野辺の川のほとりに、恋人とわたしはたたずんだ
わたしの肩に、恋人は雪のような白い手をおいて
堰に草のしげるように、人生を気軽に考えようといった
だが若くて愚かだったわたしは、
いまになって涙にくれている
(訳詩:佐藤 章)
[DATA]
Alfred Deller「FOLKSONGS」
Contre-tenors)Alfred Deller
Guit & Lute)Desmond Dupre
独harmonia mundi HMA 195226
2006/9/6
ザ・ビートルズ最後期のアルバム、「ホワイトアルバム」。
確かに一人一人の個性と才能を見極めるための興味は尽きないかも知れません。
けれど、もはや以前のような集中力のあるビートルズサウンドを聴くことは出来ません。
何処かちぐはぐで、まとまっておらず、これは素材の寄せ集めに過ぎないと感じます。
ビートルズは終わったとジョン・レノンはつぶやき、
そして、ビートルズは終わったと世界中の誰もが感じ始めていたのでした、、、
1969年4月、折しも4人は懐かしいロンドンのアビーロードスタジオに集結します。
彼らのラストステージのために。
ジョン、ポール、そしてジョージとリンゴ、4人全員が知っていたのです。これが自分達の最後のアルバムになるであろうことを。
自らの主張をぶつけ合い、いさかいの絶えなかった最後期のビートルズ。
しかし、このときは違っていました。
一人一人が大人になって自分の主張を降ろし、お互いを尊重し、協調し合います。
こうして、全盛期にもなかったほどの完成度と統一性を持つ名作は誕生したのでした。
ザ・ビートルズ「アビーロード」(1969)
1 Come Together
2 Something
3 Maxwell's Silver Hammer
4 Oh! Darling
5 Octopus's Garden
6 I Want You (She's So Heavy)
7 Here Comes the Sun
---------------------------------------
8 Because
9 You Never Give Me Your Money
10 Sun King
11 Mean Mr. Mustard
12 Polythene Pam
13 She Came in Through the Bathroom Window
14 Golden Slumbers
15 Carry That Weight
16 The End
1〜7曲はいずれ劣らぬ完成度を見せるシングルトラック。
8〜15曲は短い曲がアタッカで繋げられたメドレー形式。
後半のメドレーは、表向きは小品の繋ぎ合わせという形でありながら、じつはひとつの大きなテーマと楽想で統一された大作です。
クラシックの合唱曲をも思わせる「Because」に始まり、「Carry That Weight」で感動のピークに上り詰める流れは、賞賛に値する偉大な仕事でした。
これは真の詩魂と並外れた音楽的才能を持つ者たちだけがなし得るもの。
まさにビートルズのラストアルバムに相応しい名作が完成したのでした。
クラシック、ジャズなどに比べ、いつも何か劣ったものであるかのような扱いを受けてきたロックというジャンルに、このようなレベルの高い音楽が残されました。
ザ・ビートルズ「アビーロード」は他のジャンルの名作に劣らない、第一級の芸術作品です。
[DATA]
The Beatles 「Abbey Road」
東芝EMI:TOCP51122
2006/8/20
アナログで録音され、CDで再発され、やがて廃盤になり、
しばらくするとまた再発される、、、
これは名盤がしばしば辿る道筋です。
これらの演奏の持つ魅力は時が経っても決して衰えることがありません。
今日ご紹介するアルバムもそうしたもののひとつです。
「ダイナ・シングス・プレヴィン・プレイズ」
ボーカリスト、ダイナ・ショアが、アンドレ・プレヴィンのピアノをバックに録音した一枚です。
ダイナ・ショア。1917年3月1日テネシー州生まれ。本名はフランセス・ローズ・ショア。
大学時代に地元の放送局に出演。「ダイナ」を好んで歌っていたことから芸名をダイナに。
1937年からはニューヨークで活動。1939年からレコーディング開始。
1941年「夜のブルース」が初のミリオン・セラーヒットとなり、テレビで冠番組も持つ。
ジュークボックスの女王という異名を持つほどの人気を得、ジャズという枠に収まらず、ポップス、ブルースなど幅広いジャンルで名唱を残した。
アンドレ・プレヴィンのその後の活躍に関しては周知のことと思います。
クラシック指揮者への転身を果たし、数々の名門オーケストラとの名演奏を残しました。
さて、「ダイナ・シングス・プレヴィン・プレイズ」は、1960年アナログ初版発売、そして2001年のCD再発でも話題を呼び、更に2007年1月に東芝からの再発が決定しています。
1) ザ・マン・アイ・ラヴ
2) パリの四月
3) ザット・オールド・フィーリング
4) アイヴ・ガット・ユー・アンダー・マイ・スキン
5) ゼン・アイル・ビ・タイアード・オブ・ユー
6) スリーピー・タイム・ギャル
7) マイ・メランコリー・ベイビー
8) マイ・ファニー・ヴァレンタイン
9) イット・ハッド・トゥ・ビー・ユー
10) アイル・ビー・シーイング・ユー
11) イフ・アイ・ハッド・ユー
12) ライク・サムワン・イン・ラヴ
13) アラバマに星落ちて
14) ホワイル・ウィ・アー・ヤング
ダイナ・ショアならではの知的で瑞々しい叙情性、そして円熟した深い味わいを聴くことができます。
彼女自身が一曲一曲を楽しみ、味わい、愛しんでいることが感じ取れるような歌唱です。その気持ちは聴く者の心に深く染みわたり、同じ心情を共有することができるのです。
アンドレ・プレヴィンのピアノは、一切無駄な音は出さず、必要な音はすべて充たし、申し分のない伴奏を聴かせます。サウンド全体への配慮が完璧なまでに行き届いており、後にオーケストラ指揮者となる彼の素質を十分に覗わせるものです。
秋の夜長にでも、静かに味わいたい一枚ですが、
お持ちでない方は来年1月の再発をお待ち頂きたいと思います。
[DATA]
「ダイナ・シングス・プレヴィン・プレイズ」
Vo)ダイナ・ショア
Pf)アンドレ・プレヴィン
他
東芝 TOCJ-6873 (ジャズ決定盤1500シリーズ)
2007年1月24日発売予定
2006/8/2
ドビュッシー、ラヴェルによって開かれた近代音楽の扉。
それではそれ以前のフランス音楽はどうだったのでしょう。
サン=サーンス、ベルリオーズはロマン派の大家。
しかし、ガブリエル・フォーレ(1845-1924)の中には、近代的な和声法をはじめ、すでに近代音楽の芽生えが認められるのではないでしょうか。
今日はフォーレの音楽について触れたいと思います。
多数のピアノ作品、そして室内楽作品に珠玉の名作を残したフォーレ。
しかし、とりわけ人気のあるのは代表作「レクイエム」をはじめとした合唱曲と、美しい歌曲の数々でしょう。
「レクイエム Op48」(1887年)をフォーレの代表作と呼ぶことに異論はありません。
聴き込むほどに、奥の深さを増してくる不思議な音楽だと思います。
「奉献唱」の、まるで「海」のように、生命の根源を感じさせる深い神秘。
「サンクトゥス」には、森の中で聞く、樹木の息吹を感じます。
終曲「楽園にて」で、永遠の安息に向かってフェイドアウトする至福の響きには、思わずため息が漏れます。
フォーレはこの「レクイエム」以外にも幾つかの合唱音楽を残しており、そのどれもが捨て難い名作揃いです。
(「ラシーヌの雅歌 Op11」は特に有名ですね)
今日お奨めしたい曲は、1894年に作曲された二つの教会用合唱曲です。
ガブリエル・フォーレ作曲「2つのオフェリトリウム Op65」(1894年)
なぜ、この作品をご紹介するのかといえば、この二つの曲が本当に映えぬきの美しさだからです。
第一曲「アヴェ・ヴェルム・コルプス Op65-1」
第二曲「タントゥム・エルゴ Op65-2」
ともに合唱(又は重唱)とオルガンのための作品です。
どちらも女声やボーイソプラノを想定した、きわめて純粋で清澄な響きを持っており、
フォーレのエキスのような音楽です。
「レクイエム」にある種の暗さを感じて、稀に好きになれない人もいるようです。
しかし、これら2曲には、天上の輝きと明るさが満ちており、聴く人の心を平安にします。
フォーレの「レクイエム」は大好きだけど、それ以外の作品をあまりご存知ないという方にも、ぜひお聴き頂きたい作品です。
「ピエ・イエズス」に劣らない美しさの極みを聞くことが出来ます。
この作品に関して残念なのは、録音が非常に少ないこと。
また、アナログの名盤ガブリエル・フォーレ少年合唱団の録音がCDで入手できないことです。
CD再発を待つしかなさそうです。
[DATA]
ジョン・オールディス/ラシーヌ雅歌(フォーレ合唱&歌曲集)
ジョン・オールディス指揮
グループ・ヴォーカル・ド・フランス
(東芝EMI TOCE59109)
2006/7/23
今日はギターの音楽について書きたいと思っています。
ギターのルーツは、バロック音楽で使われたリュートと思われがちですが、じつは少し異なるビウエラというスペインの楽器だそうです。
やがてビウエラは進化を遂げながら、スペインの民族楽器ギターとして普及します。
19世紀、ロマン派の巨大な管弦楽曲隆盛の頃は、音量の小さなこの楽器は隅に追いやられ、酒場の音楽で使われる楽器くらいの認識で捉えられてしまいます。
(フランシスコ・タレガのように黙々と佳作を書き残した音楽家もいたのですが)
19世紀末、そして20世紀に入り、近代音楽の幕が開けられると、時代はようやくギターに目を向けるようになりました。
何といってもスペインの名手セゴヴィアの功績が大きかったのです。名だたる作曲家たちがこぞってセゴヴィアのためにギターの名曲を書きました。
今日ご紹介するブラジルの大作曲家エイトル・ヴィラ=ロボス(1887-1959)もその一人でした。
ヴィラ=ロボスに関しては「ブラジル風バッハ」という管弦楽や声楽を用いた大作をご存知の方もおられると思います。
もしも誰かがギター音楽に真正面から向かってみたいというのでしたら、
一度この人の音楽をお聴き頂きたいと思います。
ヴィラ=ロボス作曲
「ギターのための5つの前奏曲集(1940)」、そして
「ギターのための12の練習曲集(1928)」
この2つの曲集は、一枚のCDの中に同時に収められることが多いです。
ギター音楽史上、ヴィラ=ロボスの功績は否定できないものがあります。
ギターの豊かなソノリティを最大限に引き出した作曲家ではないでしょうか。
ギターという小さな楽器から信じられないような音量が出てきます。
これは作曲の才能、技術のみならず、楽器の特質について熟知していなければ出来なかったことだと思います。
メロディを低音弦で取り、同時に中高音の和音が伴奏を付ける「前奏曲第一番」は特に有名です。右手親指がまるでチェロのように量感豊かに、メランコリックなメロディを奏でます。
「前奏曲第三番」は、敬愛するバッハへのオード。
バロック風の模続進行する和声の中に、恍惚としたラテン的響きを盛り込んだ独特の音楽に魅せられない人はいないでしょう。
「12の練習曲」は2つの部分に大別できると思います。
前半はギターの技術練習を目的とした曲が配置され、後半は、音楽表現の練習のために高い芸術性を持つ大曲が配置されています。
「練習曲第11番」は、まさにこれらの曲集を代表する名作。
ギター音楽史上最高の名曲と呼ぶ人もいます。
ここにおいては、ギターはもはや音量の乏しい、脆弱な楽器ではありません。
堂々たる音量、豊かな響き、そしてこの上なくデリケートな表現力を持つ素晴らしい楽器へと昇華されているのです。
これらの曲集はギターに関心をお持ちのすべての人に、
否むしろギターという楽器を余りご存知ない方々にこそお聴き頂きたい名作の数々です。
ギターの持つ表現力と魅力を再確認されることでしょう。
[DATA]
Guit)イエペス
ヴィラ=ロボス「12の練習曲/5つの前奏曲」
(MG-2356)
※格調高いイエペス盤は残念ながら現在廃盤とのこと。
優れた邦人演奏家の盤で入手可能です。