最近新しい団塊の世代論が出版されました。1946年生まれの江波戸哲夫氏が書いた『団塊世代の二万二千日』(リベラルタイム出版社, 08年2月刊)です。その中で同氏は次のように述べているそうです(注)。
「団塊の世代は、運命の巡り合わせで、過去を全否定しなくてはならなかった敗戦国日本のまっさらなスタートラインから、無垢(むく)・無知のまま飛び出し、その後の日本国の試行錯誤のただなかをいわば生え抜きとして生きることとなった。
このことが後年、理屈っぽいとかロマンチストであるとか、団塊世代に投げかけられる毀誉褒貶(きよほうへん)の根底にある」
なるほど、こうした見方もあるのかな、とは思います。だが、「理屈っぽいとかロマンチスト」といわれてもねぇ。というよりもasktakaは少し違ったイメージを持っています。団塊の世代は次の2点を抜きには語れないと思います。
1.戦前生まれの世代と昭和後半以降に生まれた若い世代の狭間の世代
2.戦後の高度経済成長期ととともに育った世代
最初の点は、換言すると、団塊世代は戦前の文化、慣習、行動様式と新しいそれらを両方理解できるということになります。団塊世代が「気配り」が多く、「優柔不断」だと感じるとしたら、この「両方理解できる」という点に起因するように思います。この点はデメリットかもしれませんが、asktakaは実はメリットであると考えています。
ビジネスであれ何であれ組織である以上時代を経れば多様な世代が属することになります。そうなれば、世代間のカルチャーを理解できる能力は、組織のリーダーとしてとても重要だと思うのです。ただし、この能力をうまく使うには、自分の哲学やビジョンを持つことが前提になりますね。これがなければ、単に「気配りの人」で終わっちゃいますからね。
2番目の点は、団塊世代は右肩上がりの成功体験とともに育ってきたということにつきます。団塊世代に弱点があるとすれば、戦略やビジョンもなく当たり前に仕事をしていれば業績が伸びてきた時代から脱却できない点です。
団塊世代の話だけではないですが、いまだに日本企業の多くは戦略下手だと思います。この背景には日本の従業員の平均的質の高さからくる現場力の強さがあると思います。戦略不在でも右肩上がりの経済の中で多くの企業は業績が伸びてきたのです。
バブル期を経て時代は変わり、「戦略」や「戦略的思考」が問われる時代になりました。限られたパイの中で、ゼロサムゲームを勝ち抜くには、その場対応で現場力を発揮するだけでは限界があると思います。事業を取捨選択して経営資源を集中するなど、会社全体としての方向、戦略がなければ局所戦では勝てるかもしれませんが、大局的勝利はえられません。
団塊の世代が頼りなく感じるとすれば、右肩上がりの時代に育って「戦略下手」から抜けきれない点にあるような気がします。
上記の2点を背景にして、asktakaには上述した「両方理解できる」「戦略下手」が団塊世代の特徴だと思います。これらを逆手に取れば、団塊世代はもっと存在感が出てくると思うのですが、皆さんはどうお考えですか。
注:実はasktakaはまだ江波戸氏の著書を直接読んでいません。引用は下記の岩見隆夫氏のコラムによります。
近聞遠見:「塩じいの喝、「団塊がやれ」(2008年4月5日付け「毎日新聞・東京朝刊」、毎日新聞のWebサイトに同文を掲載)