大学生活も終わりに近づいていますが、特にやっておきたいというようなものが見当たりませんでした。
自然、手はマウスに伸び、ポインタはニコニコ動画へと吸い込まれてしまいます。
けれど、頼みの綱のニコ動でさえも見たいタイトルが枯渇している状態。
そんなとき、以前、友人に勧められた「秒速5センチメートル」という作品が、ぽかりと頭に浮かんできたのです。
当時は、就職活動中であり陰鬱とした状況だったので、切なさ抜群という噂の新海さんの作品に手を出す余裕がありませんでした。
見ておくべきものを見るか、という半ば義務感のようなものに突き動かされる形で、私は初めての新海体験となる「秒速5センチメートル」を観ることにしました。
ご存じの方も多いと思いますが、新海さんは2002年に自作の短編アニメーション「ほしのこえ」でデビューし、以後2005年の「雲のむこう、約束の場所」や各種アニメーション制作、またギャルゲーブランドminoriのOP制作などを手掛けていらっしゃる、アニメーション界の雄です。中でも、有名なのは制作スタッフが非常に少人数であるのにも関わらず(「ほしのこえ」は何とご自身一人で制作されたそうです)、類まれな背景作画を実現しているというその手腕は、国内外を問わず注目されています。
ただ、個人的には、そういったものよりも何よりも、真っ直ぐな物語に強く惹かれました。少年と少女の心の距離が、遅々としたスピードを持って伸縮する様子が真っ直ぐに描かれていました。
それは、自分と少年とを重ね合わせることができないほどに感情移入してしまう引力を伴っていたのです。
一般的に、切なさをテーマとした物語に触れるとき、人は自分の記憶と登場人物の生きている時間を重ね合わせることが多いと思います。私もそうです。けれど、この「秒速5センチメートル」は、少年と少女、男性と女性を対象化させる力を奥底に秘めていたように感じられました。この二人が、秒速5センチというゆっくりとした速さを抱いて、どこへ向かうのか。その終着地点を、ともすれば恐れながら想像し、作品の進行と共に位置づけていく。つまり、この二人にはどうか一緒になって欲しい、どこかで再会して欲しい。そういった強い願いが、喉のあたりにつっかえている状態で、私はこの作品を観ていたのです。
20歳を過ぎたあたりから、すべての物語を自分と重ねてしまうことで、逆に安っぽい感傷しか得られなかったきらいがあるのですが、この作品を見終えた後、皆さんと同じように圧倒的な喪失感がありました。それはたぶん、このような綺麗でいて儚い物語の中にいられる時間が終わってしまったこと、端的に言えば、明里と貴樹がいないこの世界を寂しく思うことからくるものなのではないかと思います。
今、小説版を読んでいますが、終わるのが怖くて、一日に数ページのペースで読んでいます(笑) 新海さんには、これからも是非とも映像制作を続けていって頂きたいと思います。