本日6時半起床。
7時半、wordを駆使してロボット清掃の資料作りを始める。しかし、なかなか思うように進まない。お客様との面談時間が迫る中、焦れば焦るほど思うように行かない。途中で諦めて、最後の奥さんの援助で、警察署に免許証の返却のために送ってもらった。
そのまま営業に出かけたいので、不携帯の形でも良いのではとも思ったが、今日まで45日間免停処分期間を絶えてきたのだから、最後までしっかり戒めを受けようと送ってもらった。
10時、漸く45日振りに、一人で営業に出動!新入社員のように初々しく、初めて免許を取って乗り出した時のように緊張して運転しながら遠出した。
昼食もとらずに、駆けずり回りながら、自由に営業できる喜びに浸り、時間まで営業して、17時、もう今日はこれで十分だと満足して帰路に着いた・・・が、副分団長から携帯に電話が入った。
地元の山が燃えているという。その時私は自宅からは約50kmの地点にいた。ナビは帰宅まで1時間半かかると教えている。どうにもならない、焦って交通法規を犯しては運転再開初日で何にもならない。副分団長に任せて、落ち着いて帰ろう!そう決めた。
やがて、小山市の国道50号線の高架橋に登った時、我がふるさとの方向にある山の影から煙が棚引いていた・・・明らかに、そこが我がふるさとの、しかも我が分団が統括している地元の唐沢山であると言うことが認識できた。先週金曜日に夜間林野火災訓練を分団独自で挙行したばかりなのだ。
その瞬間、居ても立ってもおられない心境で、アクセルを踏み込んでいた。今回の免停になったスピード違反を更に上まわるほど速度が超過していた。ハッと我に帰り、気を取り直して安全運転で帰宅した。
山火事だけは焦っては命取りになる。一旦山に入ると、いつ帰宅できるか分からない。防寒対策をはじめ様々な長期戦に十分に装備を整えて火事場に遅れて入った。出掛けに地元の責任として奥さんに炊き出しの指示を出した。
私が付いた時、火勢は小康状態であった。16時半に頃出火後、西風にあおられて、あっという間に山頂まで燃え広がり、尾根を越して向こう側まで到達していた。他の団員と山を登りながら、先週の訓練が生きているなあと感じあった。
21時、山頂で2個分団40名ほどで防寒のために肩を寄せ合い、待機しながら、我が分団のために下から持ち上げたおにぎりや飲み物、チョコレートを他の分団にまで分け合って振舞った。
22時、漸く下山命令が下り、降りるも一番最後に降りた私には、奥さんたちが作ってくれた炊き出しのおにぎりは一個も食べられなかった。「えーっ、俺の指示で作らせたのにーっ、それはないだろうよ!!」と心で叫んだ。皆おいしかったといってくれたことがせめてもの慰めである。
24時、本日の消火活動は停止して、明日早朝より再開することで撤収。冷え切った身体を温めに有志で“母ちゃんラーメン”へ行った。十分な慰労を行い、明日の作業の鋭気を養って午前2時帰宅。そのまま入浴したものの、浴槽の中で寝てしまった。