2011/8/31

スマートさんではなくイシコロさんだった  音楽

30日、8月もあと1日でおわりというこの日、仕事場の近くのキューバ料理店La Gordaで知り合いのライブがあるということででかけてきました。

トロ姉さんの学生時代のバンド仲間であったグラシャス坂井さんのバンド、スマートさんのライブです。
彼は一流菓子メーカーの職を投げ打って、津軽三味線の師範他、弦楽器のマエストロとして活躍中。学生時代はトロンボーンもやってたんだけど、一時渋さ知ラズにもいたらしい。

で、この日はゲストをまじえ、オリジナルメンバーはスマートさんにあらず、ということで実は「イシコロさん」だったそう。5人だから、という理由だそうで。


それはともかく、和洋折衷、玉石混交というか、ミュージック・アラウンド・ザ・ワールドといった風情の音楽です。
メジャーなところだと上々台風とか、ちょっと前に解散しちゃったけどネオチンドンバンドのかぼちゃ商会なんかちょっと近かったりする?かな。


個人的にはこういう無国籍さが大好き。
都内中心だと思いますが、ライブがあったらぜひチェックしてみてくださいね。

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2011/8/28

歌唱力  音楽

夏休み最後の日曜日、はるばる北本郊外のSCでフリーライブ、無事終了。

この日はボーカルにレミーさんが登板し、マリーン、マライア・キャリー、チャカ・カーン、ランディ・クロフォードなどポップなナンバー中心に見事な歌を披露してくれました。
やっぱりフィリピンの人って歌うまい人多いし、根っからのエンターテイナーというか楽しんで唄うっていうのか、見ていて楽しい。

歌のうまさ、っていうのでふと思い出したのが朱里エイコのこと。



70年代にヒット曲「北国行きで」てブラウン管をにぎわせた(これも死語になるんだなぁ)彼女は「ラスベガス帰りの本格派」という触れ込みで全盛期を迎えていたんだけど、けっこうその前後で苦労している人だったのですね。

歌がうまいからといって、かならずしも受け入れてくれる日本の業界ではなかった。
だけど、当時の洋楽ファンに支持されるようなこともなかったように思う。

アメリカで成功しても、自分のふるさとではけして思うようにいかないフラストレーションが、私生活含めて彼女を蝕んでいってしまったのか、80年代以降にトラブルが重なり、いつのまにか表舞台にはでてこなくなってしまっていました。

結局、本格的なカムバックもできないまま、さびしい死をむかえてしまったのだけど、その彼女が70年代にあのタワーオブパワーからオファーをうけて、彼らと共演していたのは知りませんでした。

今聞いてもかっこいいよ。



才能ある人なのに、ゴシップ好きなマスコミにつぶされたようなところもあるよね、きっと。なんというかオノ・ヨーコや草間弥生とか、海外での評価は必ずしも国内で正当に評価されるわけではない、特に70年代あたりまでね。

リンダ・ルイスも歌っているけど、こちらはTOPのバックではないね。




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2011/8/27

28(日) 埼玉でライブ  音楽

8月最後の日曜日ですが、埼玉は北本市郊外のショッピングセンター「ヘイワールド」でフリーライブでございます。

午後3回ほどステージ予定。

お近くのかたは買い物、お食事かたがたお立ち寄りくださいませ。

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2011/8/25

不幸なペットを生まないために  コーギー

年々その数は減少傾向にあるとはいえ、依然として年間30万頭あまりの犬猫が「殺処分」という凄惨な手段で殺されている日本。
今年は動物愛護法改正に対する5年に一度の機会であったのでした。

5年に一度の動物愛護法改正のパブリックコメントが27日で締め切り


今、声をきちんとあげて、悲惨な運命にあわない犬猫やペットを増やさないためにも、一部の組織票によって握りつぶされないためにもひとりひとりの協力が必要です。
皆でパブリックコメントをだしましょう。


もしこれからペットを飼おうとする方には、現状、不幸な犬猫がどういう運命にあるのかを知るべきです。

そしてドイツのように殺される犬猫がゼロという国にするためにも、飼い主となる人の責任、環境、販売方法などを大きく見なおさなくては。

飼い主のマナーも向上しなくては、ヨーロッパ諸国のようにペットと一緒にレストランや電車に気軽に同席することは夢のまた夢でしょう。
飼う側の意識改革は子供の頃からの教育も大事になってきます。
そして社会全体の変化も。

これからペットを飼おうとする人は、殺処分直前の犬たちの目をぜひ見てほしい。




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2011/8/22

祖父 66年たって  雑記

毎年お盆の時期は、戦争終結のタイミングと重なり、日本中で亡くなった家族へ思いをはせる時期ですね。
いつもそんなことを考えながら、バタバタと時間がすぎ、気がついたらあれからもう66年もたってしまっているという。

しかし、自分がどれだけ当時のこと、なにより家族のことをどれほど知っているかというと、たいへん心もとない。
自分から母や父、祖母に時どきに聞いたといえば聞いたのだけど、あえて突っ込んだ話などしないまま。時間だけが過ぎてきてしまったように思います。

今年103歳になる祖母に、そうした話を聞くにも、今はちょっと難しい。
だったらもっと早く、って後悔もあるけど、実際当時の状況はそれはあんまりな状況で、母や祖母にとって思い出すのも辛いし、それをあえて積極的に話をするのもしんどかったのが正直なところのような気がする。祖母の部屋に飾られていた祖父、叔父の写真を見ながら、そんな気がしました。
父が自分の戦時中の話をしたり、手紙に書いたりしたのも亡くなる直前のことでしたから。


断片だけを聞きかじっても、なんかそれ以上「それでどうしたの?」「なんでそうなったの?」など聞くのを躊躇してしまったり。


こないだ北海道へ帰省して、ひとつわかったことは祖父は徴兵されてすぐに沖縄へ派兵されたわけではなく、第24師団という部隊に入り、最初は満州にいたということ。
ほどなく米軍上陸を控えた沖縄へ転戦となり、それから2ヶ月後くらいに激戦のなか命を落としたらしい。

祖父の最期がどうだったのか、誰か知っている人はいたのだろうか?

でもNHKのドキュメンタリーで証言する生存者の方の話を聞くと、それはそれはあまりに壮絶すぎて、もしかしたら祖父もそうした境遇にあったから、僕らが初めて沖縄を訪ねたとき、天国から電話をかけてきたのかな、とも想像する。

そして大黒柱を失った農家の長男として、重圧を感じながら、現金収入をえるために電気工事の職についていた叔父は仕事中の事故で20歳という若さで命を落としてしまった。治療代にもことかき、大事な馬を売っても、当時のお粗末な治療ではかなわず亡くなってしまったのだけど。
その時の話は以前聞いたことがあり、あまりに悲惨だったので、これ以上ここでは書かないけど。

戦前から戦後を時代背景としたNHKの朝ドラ「おひさま」を見て、母は当時の自分の境遇と重ね合わさることが多く、終戦までの学校でのシーンには毎回涙して見ていたそうだ。

たとえフィクションであっても、庶民ひとりひとりに共通した事象が反映され、演出されたドラマだから、訴える力を持っているのでしょう。常に家族愛を見つめる脚本家、岡田恵和氏の力によるところも大きい。

ま、そんな重い話をほんの少しだけ聞くことができたこの夏は、少しだけいつもと違う夏だったのかもしれないな。

マイミクのかたには祖父、叔父の写真をアップしています。なかなかのイケメンですよ(笑)

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タグ: 日記 家族

2011/8/18

雨にふられた休暇でしたが  温泉・旅

1年ぶりの田舎でしたが、最後まで雨にふられつづけ、歩きまわるにはちょっと辛かった。
気温も例年より低く、少し寒いくらい。
猛暑の横浜からすればうらやましいくらいですけど。

8月13日
今回はピース同行のため、初の列車旅。
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自宅→田園都市線→東京→新幹線→青森→青函トンネル→札幌 というルート。
札幌からはレンタカーを借りて自宅、田舎などをぐるぐると。


初日の移動はどこまでピースが耐えられるか心配でしたが、終始大人しいピース。周りの人も犬がいるのが気がつかないくらい。
乗り換えの時間を使って新青森駅周辺で軽い散歩と水分補給。
やっとの思いでついた札幌の実家では、孫を迎えたかの歓迎ぶりで、新しいおもちゃやおやつに歓喜していました。

8月14日
翌日、おばの家に挨拶にいったあと、お寺のお坊さんが仏壇にお経を唱えに来るというので、一緒に粛々と。
すっかり雨模様でしたが、旧拓銀本店跡にできた新しいオフィスビル1階のスイーツフードコートで町村牛乳アイス&プリンで休憩後、円山周辺を散策。

まず建築家アトリエ跡を改装した小さなショップが集まったモール「円山インディゴ」で昼食。


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好みの自家製パンを選んでデリとコーヒーがついたお得なランチ。
スローな空間をたのしみながら、ゆったりと寛いだあと、雨の中円山裏参道を歩くことに。

カフェ好きなら誰もが知っている「森彦」を目指しましたが、すでに満席。
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ふだんは行列しない我々ですが、雨だし、せっかくここまできたのだからと辛抱して待つこと20分。やっと二階席でくつろげました。

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自家製焙煎のコーヒーは渋みと香りのしっかりとした強めの味。
ストレートで楽しみました。
ここも空間、借景ともすばらしい店ですね。ほどほどのBGMもいい。

そのあと円山公園を散策しながら神宮へ参拝。
中国人観光客がわらわらとお参りしていました。

その夜は中学の同期が20名程集まり、琴似の居酒屋「唐々屋」で飲み会。この店も同級生がやっていることもあり、いろいろサービスしていただきました。
次回同窓会を来年やろう、ということで決定したものの、さてどうしたことやら。。



8月15日
お盆のこの日は実家のある静内へ墓参りと祖母の見舞いへ。
今年103歳を迎える祖母は、春に体調を崩し心配しましたが今はすっかり元気になり、顔色もよさげ。
歯がないのと、喉をつまらせないよう、食事はすりおろして食べています。
人に頼らず自分でスプーンを使って食べているので、まだまだ体力は持ちそう。
ニコニコしていたから、久々の孫の顔をみて喜んでくれていたのかもしれません。
部屋には亡くなった祖父、叔父の写真が飾ってありましたが、どちらも今の僕よりはるかに若いときに亡くなっています。
残された家族も本当に大変だったそうです。

静内市内で有名な食事処「天政」で地元の寿司をたべました。

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母によると昔は小さな定食屋さんだったそうです。
今は宴会場もある、地元でも珍しい大きなお店になっており、この日もお盆客などでほぼ満席状態。
田舎町でも繁盛しているようです。

実家近くのお寺に墓参り。墓標に刻まれた故人の命日をみて、あらためて戦争時の苦しい時代へ思いをはせつつ、途中サラブレッドと戯れながら牧場をぬけて実家へ。

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ちょうどハウスのトマトが最盛期で、アルバイトをいれての収穫真っ最中。
実際にもぎとってたべたトマトのなんとおいしいこと!!
でも規格外のトマトは捨てざるをえないんです。

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今、甥っ子が学校で加工食品を勉強しているらしく、実家の農家をついでこうした余剰野菜などをうまく活用してくれるといいなと思います。
トロ姉さんもこうした野菜を使って、新しい店を作れたらいいな、と考えている様子。
トマトに限らず、市場に出せない野菜は味は問題ないのですからね。

夕食はトロ姉さんが食べたいということで札幌ラーメンの有名店へ。
オーソドックスな味噌味のラーメンに、餃子を添えていただきました。
満腹満腹
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8月16日
本当は登別までと考えていましたが、あまりに雨がひどいので、定山渓に短縮。
でもふと看板をみて今まで近くてもいったことのない小金湯温泉に急遽変更。
日帰り温泉施設ができたここは、評判なのかこの日も沢山の家族連れで賑わっています。
柔らかいあたりの温泉につかって、周りの山々を眺めながらの露天風呂は気持ちよかったね。

お土産も買わねば、ということで中心部に戻り丸井さんにとめて、とりあえず昼食を
やはりトロ姉さんたっての希望からスープカレーの店へ。
ちょうど近くにあった有名店「kanakoの スープカレー 屋さん」で野菜たっぷりのカレーを辛めで食べました。
ま、こんなもんでしょ。

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ひととおり土産を揃え、帰宅まで少し時間があいたので、また円山へ。
森彦の先にもう一件気になっていた「ブラウン・ブックスカフェ」に。

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ここは5坪ほどの古い民家を改造し、自家焙煎コーヒーの販売と、2階部分をカフェとして営業しています。
カフェにはコーヒーやアート、音楽、ファッションなどに関する書籍や雑誌がいっぱい。絵本もたくさんあって、親子できてもゆっくりできる空間です。
ここではフレンチローストをいただきました。
こうしてゆったりしながら、静かに過ごす時間のなんと贅沢なことか。

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ところでこの日の朝方、お寺へお参りにいったとき、すれ違いで小学校の同級生のご両親がひょっこり来られたらしい。お土産に毛ガニをいただきました。
会えなくて残念。昨年、弟さんがトロ姉さんの店に食べに来てくれたんですよね。

8月17日
ということで雨にたたられつづけた北海道もこの日が最終日、といってもただひたすら帰るだけです。
行きの逆ルートで東京へ。
あり変わらずおとなしく、静かなピースはキャリーのなかでひたすら我慢。

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留守番が多かったピースだけど、涼やかな北海道で皆に相手にされて結構楽しめたのではないでしょうか。
それにしても猛暑が続く。。。。
当分、北海道直送の野菜が我が家の食卓を飾ることになりそう。

21日は鶴見でエイサー本番なんだけど、お天気心配です。
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2011/8/12

明日から北国へ  温泉・旅

13日からというお盆の真っ只中、北海道へ帰省。

今回はピースをつれて東北新幹線→函館本線とのりついで札幌からレンタカーで自宅というルート。

ドア・トゥ・ドアで約12時間(汗)
それでも短くはなったな。
八甲田にのって青函連絡船のって22時間かけてたころにくらべれば。


さてどうなりますことやら。。。。


うまいもん食いたいね。でもお墓参りと祖母見舞いがメインなので、粛々といきましょう。
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