2005/9/27

季節の中で  映画

クリックすると元のサイズで表示しますベトナム系アメリカ人の監督トニー・ブイによるふるさとの季節の移ろいのなかで繰り広げられる人間模様を描いた秀作です。
久しぶりにCSで見たこの映画は、今年ホーチミンを旅したあとだけに新しい感動がありました。

主人公の一人であるシクロ乗りと、ハスの花売りの女の子が交わした会話のなかに「世の中便利になることだけがいいことじゃない」というようなせりふがありました。
ベトナムの代表する花でもある蓮に託された心や美と、シクロをはじめとする近代化の中でどんどん失われつつあるものとが重なりあったとき、この監督が描きたかったふるさとへの想いのようなものを感じました。

今年訪ねたホーチミンは確かに豊かになってきたベトナムの象徴でもあり、また貧富の差など経済面での問題が浮き彫りになってきたベトナム社会の問題点でもあり。
そんな一面も現地で感じたことと、映画から感じたことがオーバーラップします。

この映画にでてくる主人公達、ひとりひとりがそうした時代の流れのなかで置き去りにされつつある美しさやはかなさをもった人々であり、ベトナムの古きよき文化であったりする、そんなテーマなんでしょうか。
ラストのシーンはとにかく感動。
娼婦がいちばん美しかったときを取り戻す一瞬が凝縮されています。

しかし、この映画を紹介しているレビューの多くに「舞台は首都ハノイ」と表記しているのが目立ちますが、これは明らかに以下の点で間違いではないのでしょうか。クレジットなど詳細を確認していないのでこれはあくまで私見ですけど。

1.最初のほうにでてくるロータリー(交差点)の風景はホーチミンのはず
2.リバーサイドホテルやアポカリプス・ナウといった映画で使った場所はホーチミンにある
3.主人公のひとり、ハーベイ・カイテル扮するベトナム帰還兵が、離別したベトナム女性を探して町に滞在する、というシチュエーションはハノイ(旧北ベトナムの拠点)では考えられない
4.娼婦がシクロ(主人公の一人・彼女へ想いを寄せている)曳きに、帰宅の際「2区へ」と告げるのだけど、2区というのはホーチミンの庶民が住む下町で、どちらかというと貧乏な家が多い。ハノイにはそういう地区名がないはず。

その他、川の風景やら町の風景がこないだいったばかりのホーチミンにとっても雰囲気が似ているのもその理由。

いい映画です。ほんとに。
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2005/9/21

エディット・ピアフ  音楽



昔からシャンソン音痴。
フレンチポップスならミシェル・ポルナレフとか、シルヴィ・バルタンとか、シャルル・ゲーンズプルとか、そこそこ聞いてはきたものの、実はレコードはもちろん、CDもまったく持っていない。

そんな僕だけど、この人はやっぱり別格。
最近、美輪明宏さんが著書などで頻繁に彼女のことを取り上げるので、また脚光を浴びてきているように思う。

しかし、この人のような、もちろん日本や海外でこうした存在感のある歌い手というのはいっぱいいるんだけど、こうしたカリスマ的というのか、孤高の存在というのか、これほど圧倒的な人って最近ほんとに少ないよね。

このベスト盤を聞けば、年代順に彼女の歌の変遷がわかるし、なにより名曲ばかりということで、初めて彼女の音楽に触れる人にも入門盤としてばっちりな選曲、だと勝手に思う。

パリの街角、酒場、ワインなどなどちょっと想像しながら聞いているとなんだか心もワクワクしてくる。そのうち彼女の生涯や、愛への探究心に思いをはせながら、「人生とは」などと考えてみたりする。シャンソンってそんな気にさせる音楽なのかも。

少なくともおしゃれな、という単純なもんではない。
アメリカはビリー・ホリデーなら、フランスはピアフ。でしょう。
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2005/9/13

ゲイトマウス・ブラウン死去  音楽

また一人伝説のブルーズマンがなくなった。

ガンを患っていたそうだけど、ミシシッピーの家からハリケーンをさけるため故郷のテキサスの兄弟の家に身をよせていた先週末、なくなったのだそうだ。

愛していたミシシッピーの惨状と、自分の家がずたずたになって彼の思い出の数々も無くなってしまったことで「生きる希望をなくしてしまった」というのが、とっても悲しい。

彼の作品を聞いてブルーズといってしまうのは語弊があるし、彼自身もっと幅広いエンターテイナーとして存在していたかったのだと思う。

きっとお客さんを楽しませるのが大好きだったのだ。
それが彼の生きがいだったのじゃないだろうか。

もしもブルーズだけを演奏していたら、BBキングに匹敵する名声を得たかも、というのは彼の本意ではなかったのだから、それはそれでいいのじゃないかな。

合掌


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2005/9/11

日刊あなた  コーギー

日刊あなた」だそうです。


うちのピースと同じコーギー「チャイディーさん」のブログで知りました。

で、さっそくやってみると今日9/11は…


ピース一日ミッキーマウス体験。
先日、人気俳優ピースが一日ミッキーマウスを体験していたことが発覚した。一日婦警などはよく聞くがミッキーマウスとはさすがピースである。かねてから、ディズニー好きがささやかれていたピースだが今回の件で確実にディズニー好きと言っていいだろう。しかし、お忍び一日体験だったが「今日のミッキーのパラパラやけにキレがいいね。」とささやいていたファンに気づかれてしまったようである。めげずにピースは「次はホームテッドマンションの幽霊やります」と意気込んでいた。


ピース余裕の金!
またまた日本に金メダル!下馬評ではイマイチの評価だったピースであるが、三段跳びで、「ホップ・ステップ・バック」と三段目に後ろに戻っても余裕の金!であった。明日から、柔道、水泳、棒高跳びと連続出場のピースであるが、この調子で金メダルをとってくれることであろう。しかし、ここにきて問題発生である。シンクロナイズドスイミングと柔道の時間が微妙にかぶっているのだか、ピースなら水着で柔道でも金メダル確実であろう。


ピース氏の半生が映画に!
探検家として名を馳せたピース氏の半生が、このたび映画化されることとなった。ストーリーはピース氏の幼年期から現在の栄光に至るまでの軌跡をたどっており、まさにピース氏の集大成といった感じだ。注目すべきは内容だけではない。その出演者達にも注目が集まっている。リアリティを出すために、出演者のほとんどがピース氏の身内であるという。幼少期のピース氏を演じるのは、なんと長男の新太郎くん(6才)、青年期のピース氏には19人兄弟の上から16番目の栄太郎さん(20才)というから、楽しみである。なお、上映は今夏の予定。この夏一番の熱い興奮を提供してくれそうだ。


金メダルをとっちゃう探検家ピースっていうのは、けっこうピースらしいかも(笑)
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2005/9/10

選挙と災害  メディア

台風で被害にあった方々には本当に大変なことと思う。この週末は選挙どころではないんじゃないだろうか。

かたやアメリカではハリケーンの惨禍からほとんど抜け出せない状態にある。
この災害はほとんど人災といってもいい状況のようだ。

そこにブッシュの母親、元大統領のファーストレディがとんでもない発言を被災者に向ってしていたそうだ。
曰く「こんなもてなしをしてもらえるなんて、あなたたち(貧民)にとっては前の暮らしよりよっぽどまし」というような発言だ。

まったくもってあきれるとしかいいようのない、この「思いやりの保守主義者」たち。

利権と支配欲にうかれまくってイラクを侵略し、テロという名の報復を世界中に招いてしまった悪しき元凶ジョージ・ブッシュ。

彼の政策をただただ盲目的に後押ししてきたコイズミ政権を選択するのか、否か。首都圏がイスラム原理主義者たちの報復のターゲットになることを覚悟のうえなのか、国民の民度を問われる選挙がいよいよ明日。

「郵政民営化法案」の是非を問う、というべきを政権に配慮し「民営化の是非」と言い換え、憲法抵触の問題をほったらかし、盲目的に追従するだけの大手メディア(特にテレビ)の責任は重いぞ。


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2005/9/8

タカダワタル的  映画

今年の春、急死した高田渡さんの自伝的ともいうべき映画がDVDに。



こりゃ飲まずに観られようか、っていうんでしょうか。

コンサートの模様のあいまあいまに、吉祥寺をねぐらとした高田さんの日常などがはさみこまれております。

下北沢や高円寺、西荻窪とかにいっぱいいそうな人たちもとっても馴染んでいる映像です

僕は大学時代は生田周辺が拠点だったので、中央線沿線の喫茶店やライブハウス、楽器屋さん、レコード店などなど、あこがれでしたね。

高田さんは年はとってしまったけど、なんだかあの当時そのまんまずーっと生きてきた、っていう人なんではないでしょうか。
だから映画のキャッチ「国が認めない人間国宝」っていうのはまさにぴったりです。

一度しかライブを経験してなくってこんなことを言うのもなんですが、なんというかこんなDVDを最後に残して逝かれたというのも、長年のファンや、まだライブを見たことのない人にとって、大変貴重な宝物のようなものを残されたのかな。
そんな気持になった夜、やっぱり一緒にお酒を飲みたくなる映画です。
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2005/9/6

インターネットは「僕ら」を幸せにしたか?―情報化がもたらした「リスクヘッジ社会」の行方  メディア

最近出版された本です。
ネット社会の利便性とその裏で見過ごされがちな問題点を洗い出しています。

森健著「インターネットは「僕ら」を幸せにしたか?―情報化がもたらした「リスクヘッジ社会」の行方 ¥1,680

もう当たり前のように接しているネット。でもそのなかに潜む問題点について、本当に私たちは理解しているのか、ただ受け入れるのではなく、問題意識を持っていくことが大切なのではないか、そんなことを考えさせられる本です。

なぜこの本が気になったのか、というのは最近のメディアのあり方、なかでも選挙報道があまりにとんでもないと思ったからです。
特にテレビについていえば明らかに自民党のメディア戦略に“乗せられて”いるといっていい低太楽。そして完全にコイズミのペースにはまり、これといった突っ込みのないおとなしい政治部記者たち。
オモシロおかしく騒ぎ立て、「刺客」だ「マドンナ」だ「●●●モン」だと追いかけていく彼らに、いったいメディアとはなんぞや、という意識も責任もまったく感じられない。
それを鵜呑みにしていく一般大衆のおろかさといったら。。。。ま、それはおいておくとしても。。。
どうしてあんな候補を突きつけられて怒りがでてこないんだろうか?
料理も政治も一緒よ、というウン百万円の豪華出で立ちで演説するブルジョアお嬢様には、リストラにあえぎ苦しみ、毎日100人もの人が自殺し、家庭崩壊のおきている現状など関係ない、リッチなお方はますますリッチでオッケーなのだろう。
どこぞの車椅子元タレント議員なんて、ぶざまこのうえないったら。
はたして選挙結果はどうなるんでしょう。人をバカにしたとしか思えないこうした候補たちには、どういう判断が下されるんでしょうか。(ま、比例区トップなのでぜったい落ちないというのがもっとムカツク)

それにしてもこの選挙は憲法違反じゃないのか、とかこの4年間で何があったのかとか、イラクの問題、北朝鮮など外交の失策、そしてなにより香田さんはなぜ見殺しにされたのかなど、検証すべきことはいっぱいあるのに、ほとんどのテレビは単なるワイドショーに終始しているようにみえる。

「メディアリテラシー」という言葉は最近ようやく知られてきていることだけれど、自分自身への反省もふくめ、もう遅きに失したということだけにはならないよう、しっかりと世の中を見つめていかねば。
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