2005/3/31

24  映画

最近遅まきながらはまってみているテレビドラマのひとつ。
まだシーズン1なのでレンタルは安くすむけど、世の中もうシーズン4なんでちょっと遅すぎか。。。
この主演のキーファー・サザーランドを初めて見たのが「Stand By Me」
あのリバー・フェニックスの悪兄貴役でいい感じをだしていたのが印象的だった。
どっちも個性派俳優として順調に名声をえていったけど、父親同様にアクの強い彼より、純朴そうなリバー・フェニックスのほうがつぶれてしまったのは皮肉なことだった。
ドリフターズのStand By Meを聞くたびにあの映画を思い出すくらい、原作も映画も心に残る作品のひとつ。

さて次のエピソード借りなくちゃ。。。
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2005/3/23

CSN&Y/オハイオ  音楽

中学2年のとき、ひょんなことから友達にバンドに誘われた。
まだエレキギターを手にしてまもない頃、当時はまだエレキをもった奴は珍しかった。
練習場所はK藤君の部屋。すでにドラムやアンプがセットされていた。
なにしろコードもろくに知らない僕が、いったい一緒に演奏なんてできるのか、緊張と興奮でワクワクしていた。
でもって「この曲やろう」といって始めたのがCSN&Yのオハイオだった。
初めて聞く曲のうえ、まともに演奏したことのない僕。
「いいよ、なんか適当にあわせてリード弾いてみてよ」
えー!そんなー。

なんとか最後まで演奏しおわったとき、M上君が「なかなかいいんでないかい」
元祖コーチングである。

なんか自分もバンドやれるんだ、っていう高揚感を感じたのがこのときだ。
それからもう何十年たってしまったろう。
今もそんな感覚を忘れられなくてギターを引き続けているんだろうなと思う。



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2005/3/18

生活の柄/高田 渡  音楽

山乃口獏は生涯名声や裕福というものとはかなり縁遠かった人だった。
もちろん晩年には時の人ともなり、それなりに作品も有名にはなった。
そしてなんといっても高田渡の代表曲でもある「生活の柄」
この曲の元となった詩をはじめ、彼は今でも数多くの獏作品を手がけ続けている。そうした活動を通して僕も含め、遅れて獏さんの世界に魅了される人たちが少なからずいるのだ。

獏さんの詩からは貧乏を絵にしたようなその暮らし、奥さまへの愛情、そして沖縄がおかれている現実や、戦争がもたらす悲劇というようなことが、おかしく、寂しく、明るく、朴訥とした文体のなかから湧き出してくるのだ。
もがきながら、苦しみながらも、懸命に生きる平易な人々、自分を見事に炙り出すような生き生きとした詩なのだ。

世界の大半はずいぶんと貧乏(日本にくらべて)かもしれないし、いろいろ大変なことも多いかもしれない。
アジア各国を旅するとき、いつも思う。何が幸せなのかと。
モノが豊かになっても、なに不便のない生活がおくれたとしても、失ってしまったものは取り返すことはちょっと楽にはいかない。
獏さんの描いてきた世界は、僕に「ちょっと待て。今オマエはどこにいるんだい」と問いかけてくる。

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2005/3/17

ねえ、マリモ/絵・さかざきちはる 文・やまだけいた  映画

話題の映画「いぬのえいが」の原作、というのかラストを飾るモチーフの絵本である。

涙なのだ。

犬を飼うことは、その短い一生をどれだけ愛してあげられるか、
そればかりを飼い主は懸命になっている。
自分より早く旅立ってしまう、ということを痛いほど知っていながら

だからこの絵本には、ほとんどの飼い主たちの感情をストレートに表現しているのだった。
自分達の愛するワンコたち、愛したワンコたちを重ね合わせるとき、やはり涙してしまうのだ。

うるうる。
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2005/3/11

風の谷のナウシカ  映画

21年前の今日、風の谷のナウシカが全国で公開される。
当時、アニメファン以外にこの映画に対してどんな反響があったのか、記憶は定かではいけど、そこそこのヒット作だったと思う。
でも今のような一億総「ジブリ」大絶賛の時代ではないし、興行記録云々というのとはまったく無縁なころのことだった。
あれから21年、反戦というメッセージは今もジブリ作品にうけつがれている。

そうして僕もひとつ年を重ねて。
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2005/3/10

ワタブーショー  音楽

ワタブーショーの祖、沖縄歌謡漫談そして沖縄ポップスの原点を作った照屋林助氏。
何年前だったろう、初めて沖縄を旅したとき、吸い寄せられるようにコザ(沖縄市)を訪ね、林助氏の経営する三線店へ。
当然ご本人に会えるのを期待しつつ、三線を1本買うのが目的ではあったのだが、残念ながら会えずじまい。
でも奥様にお話したところ、実は今晩2階を改造した演劇場「てるりん館」でライブをやる、というではないか。
その晩、妻とふたりで出かけてみると観客は我々を含め4、5名程度。
そんなちょっと寂しい客席だったけど、初めての師匠のショーに皆大満足。
終了後には泡盛を振舞われ、弟子さんを交えての沖縄演芸談義。ほんとに贅沢な沖縄旅行だ!

林助氏は当時こうして毎週末にライブという「講義」をされていたのだが、最近は体調を崩していたのか、めっきり活動の話しを聞かなくなっていたら、突然の訃報が。

林助氏の芸を引き継ぐものはいそうにないけど、沖縄音楽にはあの方のDNAがしっかりと受け継がれている。



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2005/3/8

サンバの日  音楽

3月8日はサンバの日なんだそうだ。
みごとなごろだ。反論のしようがない。
そんな1日を東京ドームで「マツケンサンバ」で踊ろう、というのだからすごい!
あの盛り上がりはなんなんだ。

マツケンサンバはけしてサンバではない、というと語弊があるけど、まーいわゆる日本のラテン的指向のきわみみたいなところなのかとおもう。
サンバっぽいんだけど、日本人にはわかりやすいサンバ歌謡。
作者は著名作曲家の息子、劇団四季での音楽監督など舞台音楽はお手の物。
そうした舞台を意識したのかどうかわかんないけど、見ていて思うのはこの非日常感がみごとにディズニーランドのパレードと似ているのだわ。

ドームで踊っていた人たちもディズニーランドで楽しむ人たちも同じふうに見えてしまった。

マツケンサンバ、恐るべし。
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