フューチャリスト宣言
梅田 望夫 著 , 茂木 健一郎 著
http://www.chikumashobo.co.jp/product/9784480063618/
昨日、ナゴヤドームの近くのイオンで昼飯バイキングを腹一杯食べた後に、腹ごなしに本屋さんに入って見つけた本がこれ。
まだざっとしか見てませんけど、ちょっと共感できる部分を発見しました。
茂木 僕はこれからの時代における個人と組織の関係は、所属というメタファーではなくてアフィリエイト(連携)というメタファーでとらえるべきだと思っています。そんなことをある時に思いついて、気が楽になったんですよ。日本人って所属が大事だと考えがちですが、いまは個人として屹立するためのインフラがネット上にちゃんとある。昔であれば、たとえば梅田さんがコンサルティング会社にいるなら、その組織をバックにものを書いていた。どこどこ会社の誰々です、と説明して初めて個人として信用してらえる。ところがいまはURL、ブログがあればいい。ネット上のプレゼンスがその個人を支えるインフラ。それを見てもらえばどういう人かわかるから。僕はいろいろな人に「これからは、個人の信用はネットで保証すれば良い。誰が最初にそれに気づくか。それに気づいた人がこれからは輝くよ」と言っています。つまり、ある組織に所属するということで完結している人は、これからは輝かない。
梅田 同感。一〇〇%同感 (笑)。
茂木 個人が組織に所属しているという考えはもう古い。勤務規定とかがあるとして、人事の人たちの顔をつぶしてはいけないから、積極的に反逆することはしないほうがいい。でもそんなことで自分の行為をがんじがらめに縛ったら、これからのネット時代に輝けない。組織と個人の関係を皆がうまくやらなければ日本は活性化しない。組織が大事だと言うならば、シリコンバレーとは違う、日本的な表現があっても良いのです。七割は会社なんだけど三割は個人、そんな考え方もアリだと僕は思っている。
(フューチャリスト宣言)
この件に関しては、私もずっと考えていました。
所属がどこであってもそれほど大きな問題ではないと。
事実、自分の肩書きとは関係のない部分でWebでの活動を見られて雑誌原稿執筆の依頼などがやってきているのは、所属とは関係ないことだと思っています。
肩書きで来る仕事と、その人個人で来る仕事。
肩書きで来る仕事は、その肩書きがあれば誰でもいいのでしょうけど、その人個人で来る仕事は誰でもいいわけではありません。
どっちも大事ですけど、どっちかというと肩書きに関係のなく舞い込む仕事を重要視したいと思っています。
でもどこかで、個人サイトやブログを続けることにある種のうしろめたさを感じていました(感じています;現在進行形)。
どうやら、個人サイトやブログで個人的なアピールはできているようですが、じゃあ実際の仕事はどうなの?どれくらい貢献している?と問われているように思います。
上の方は、私の個人的なWeb活動をあまり快く思われていないような気がしています。
梅田 たとえば、日本のネットベンチャーでも採用するときに、その人のブログを重視していますよ。面接一時間とか二時間はごまかせても、プログ半年分とか一年分はごまかせないから、そのほうが信頼に足る情報だと。ブログ上にソフトウェアの作品をのせている人の場合は、当然それを見る。ポテンシャルをブログに見る、ネットの時価総額で見る、というのがエントリー・ポイントになるわけです。でもそこから先には、リアルな人間の組織というのがあるから、ネット上のプレゼンスだけすごいからいい、ということにならない。そこからは、リアルとネットの「合わせ技」になる。
(フューチャリスト宣言)
つまりWebではいきいきとしていても、実社会を見ると全然という人もなかにはいるわけです。
そうならないように、お互いのバランスが大事ではないかと、ちょっとWebの世界に入り込んでいる自分としては思うわけです。
ちなみに
2007/3/3「リアルな世界における満足度とインターネットに対する関心は反比例」
http://hello.ap.teacup.com/d-inf/998.html
で取り上げました対話もこの対談集に入っていました。
※茂木さんの講演が掲載されていますが、横浜国立大学にて2006年11月29日に行われたものです。
茂木さんのブログ、クオリア日記から音声ファイルを落とせることをWebでしりました。
http://kenmogi.cocolog-nifty.com/qualia/2006/11/post_f648.html